年上の人妻と浮気をしたとしましょう。
人妻は、亭主にはすでに愛情は感じておらず、青年との道ならぬ恋におち、すでに戻れないところまできています。
でも、女は家庭を捨てられない。
男は、この女を愛しています。
しかし、男は女のすべてを知らない。
女は、自分の素性を明かせば、男のもとを去らねばならなくなることを知っている。
女は、男の将来を、自分との不倫で、壊したくはない。
でも、男に対する自分の気持ちにウソ偽りはない。
とまあ、こういった設定の二人を主人公に据えたドラマの、冒頭のシーンをどうするかというお話です。
映画は、松本清張原作の「波の塔」
1959年の松竹映画です。
主演は、このときまさに「いい女」盛りの有馬稲子。
相手役の青年には、今はもういいおじいちゃんになっている津川雅彦。
ミステリー本職の松本清張にしては珍しい、メロドラマですね。
さて問題の冒頭のシーン。
タイトルロールが終わると、いきなり主演二人の濃厚なキスシーンです。
まあ、これ自体はさほど驚かないのですが、「どきり」としたのは、このキス直後の、有馬稲子の繰り出した小技でした。
キスをした後の、男の唇についた自分の口紅を、そっとハンカチで拭くんですね。
もちろん、女の切なさを体現していた有馬稲子の演技もありますが、これで、冒頭に述べた二人の関係が、一瞬にして見ているものにスッと伝わりました。
監督の演出なのか。
女優の演技か。
なんでもないカットですが、お上手でした。
コメント