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映画「深夜の告白」1944年アメリカ

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映画「深夜の告白」1944年アメリカ

 

ビリー・ワイルダーの作品は、死ぬまでには、見れるものは全部見ておこうとは思っています。

映画道楽は長いので、すでに有名どころはだいぶ見ていますが、本作は、未見のワイルダー作品のうちの一本。Amazonプライムで見つけました。

1944年の製作で彼の長編3作目です。

 

ワイルダーというと、コメディ映画の達人というイメージが強いですが、本作はフィルム・ノワール。

コメディ要素はグッと抑えたシリアスなサスペンス映画です。

 

深夜の街を蛇行しながら走る車が一台。

肩を拳銃で撃ち抜かれた男が、保険会社のオフィスのあるビルの前に車を停め、よろめきながら上司のオフィスに入っていきます。

 

ディスクの上に置いてあるのは、この時代としては最先端だったディクタフォン。口述筆記などのために使用する録音機です。

録音機というと、テープレコーダーがすぐに頭に浮かんでしまいますが、この時代の録音機は、ラッパ状のマイクから音声を拾い、電気信号に変換。

その電気信号を、ロウ管と呼ばれる円筒形の容器に塗布されたワックスに刻み込むというシロモノ。

刻み込まれたワックスに針を当て、針の振動を電気信号に変換したものをスピーカーから音声として出力します。テープというよりも、むしろレコードに近いですね。

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お馴染みの磁気テープが登場するのは1950年代になってからです。

 

男はこの会社の保険営業マン、ウォルター・ネフ。演じるのは、フレッド・マクマレー。

ネフは、自分が撃たれた顛末を、上司であるバートン・キーズ(エドワード・G・ロビンソン)の録音機に向かって「告白」を始めます。

そして、この告白に沿って映画が進行すると言う構成。

 

思い出しますね。

 

後に作られるワイルダーの大傑作「サンセット大通り」の冒頭です。

プールに浮かんで死んでいるウイリアム・ワイルダーが、事件の顛末をモノローグで語り始めるという展開に通じるものがあります。

 

どちらも秀逸。

 

保険の営業に訪れた先で、美しい人妻に惹かれた主人公が、彼女の誘惑に負け、保険金詐欺に協力。

女と共謀して、その亭主を亡き者にして、保険金を奪取しようという計画を実行します。

 

サスペンスは嫌いではありませんので、これまでにも、映画だけではなく、テレビの「サスペンス劇場」もかなり見てきましたが、思い返せば、この設定の作品が如何に多かったことよ。

 

なので、そんな作品を見慣れている今の人たちが、この作品を見ても、対して驚かないのかもしれません。

 

しかし、そんな見栄えのするサスペンス映画の先駆けになったのがこの作品だったと言うことは、本作を語る上では押さえておかなければいかないポイント。

 

なぜ見栄えがいいのかといえばその理由は一つ。

 

それは、すこぶる美人の悪女が登場するからです。

いわゆるファン・ファタールです。

 

本作で登場するのは、バーバラ・スタンウイックが演じる美しき後妻フィリス。

 

当時のハリウッドは、ヘイズ・コードによる映画界の自主規制が幅を利かせていた時代で、映画の中で不倫を描くなどはもってのほか。

こんな絵に描いたような悪女の役を引き受けてくれる女優は、当時のハリウッドには、なかなかいなかったようです。

 

ヨーロッパでは、ヘイズ・コード規制はなかったので、この映画の前年に、イタリアのルキノ・ビスコンティが「郵便配達は二度ベルを鳴らす」で、不倫カップルが女の亭主を殺すという作品で映画監督デビューしています。

ジョルジュ・クルーゾー監督の、身の毛もよだつ傑作ホラー「悪魔のような女」も妻と愛人が共謀して亭主を殺すという作品がありましたが、こちらはフランス映画。

 

しかし、品行方正を義務付けられた当時のハリウッドでは、彼女がこの役で、アカデミー賞の主演女優賞にノミネートされたことをきっかけに、悪女役は美人女優の登竜門として広く認知されていくことになるわけです。

その先鞭をつけたと言う意味でも、バーバラ・スタンウイックの本作のおける功績は大きいと言って良いでしょう。

 

主人公の人生を狂わせる謎の美女は、「ギルダ」のリタ・ヘイワースも、「三つ数えろ」のローレン・バコールも、「殺人者」のエヴァ・ガードナーも、そのモデルとなっているのは本作のバーバラ・スタンウィックということになります。

 

ワイルダー監督は、映画の良し悪しを決める8割の要因は脚本だと言っています。

映画監督デビューまでのビリー・ワイルダーは、脚本家として修行を積んできましたが、ドイツ移民のユダヤ人として、英語の辞書一冊だけを持ってアメリカに渡った彼は、生涯英語には苦労をすることになります。

そのため、彼の多くの脚本は、そのハンデを埋めるために色々な脚本家との共作になっています。

 

本作で、ワイルダーが組んだのは、ハードボイルド小説で名を馳せたあのレイモンド・チャンドラー。

なるほど、映画の中にはいかにも、彼らしいハードボイルドチックなクールなセリフが度々登場します。

しかし、執筆作業中のワイルダーとの関係は最悪だったようです。

のちに彼は、「チャンドラー氏は、映画と言うものをわかっていない」とバッサリ。

 

ネフ役も、女に唆されて殺人をしてしまうという悪人なわけですから、当時のハリウッド男優たちは、イメージダウン必至なこの役をオファーされても、みんな首を横に振ったようです。

フレッド・マクマレーは、当時はB級コメディ作品専門の役者でしたが、ワイルダー監督に懇々と口説かれてこの役を受けたとのこと。

ずっと後のワイルダー作品「アパートの鍵貸します」でも、若いエレベーター・ガールと不倫をする中年部長の役をやっていましたから、映画俳優としては不倫俳優のイメージが強くなってしまいましたが、個人的には「パパ大好き」というドラマをよく覚えていますね。

彼本来のキャラクターを活かした、「典型的アメリカの良き父」役は、かなりハマっていました。

 

原題のDouble Indemnity”は、「倍額保険」の意味。

電車からの転落事故死は、その他の交通機関での事故よりも、死亡する確率が低くなるので、支払われる保険金はその倍額になるという保険契約の設定のことです。

この保険金を手にするために、ネフとフィリスは、亭主を殺した後で、わざわざその列車転落事故を装う偽装工作をするわけですが、これは普通に考えてかなりリスキーではないのかと思ってしまいます。

しかし、これを実行した保険金詐欺事件が、本作以前にアメリカでは実際に起こっているそうです。

 

我が国では有名人の不倫騒動に、何の関係もない外野がとかくヒートアップしがちですが、不倫カップルが、もしもこれくらいのことまでしでかしたら、外野は案外静かなのかもしれません。

 


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