映画「ドライブ・マイ・カー」
「村上春樹の短編小説で、なにか一本撮ってみないか。」
濱口監督のインタビューによれば、本作のスタートは、プロデューサーのこの一言からだったそうです。
監督がすぐにあげたのが、本作と同名タイトルの50ページ足らずの短編。
これは、村上春樹氏の短編集「女のいない男たち」に収録されています。
しかし、これだけではさすがに二時間以上の商業映画にふくらますのは難しいということで、追加されたのが同短編集にあった「シェエラザード」と「木野」からのプロット。
濱口監督は、なおもこの作品を膨らませようと、原作小説にはサラリと触れられただけの、チェーホフの有名な戯曲「ワーニャ叔父さん」にも注目。
これを、映画では劇中劇として大胆に取り入れて、そのストーリーを映画のテーマともリンクさせていきながら、喪失と再生の物語に、本作を昇華させていきます。
そして、さらに加えられたのが、監督自身の演技メソッドを、そのままストーリーと絡めてしまうという手法。
村上春樹の小説の映画化という軸はぶれさせずに、「ワーニャ叔父さん」という劇中劇の物語をストーリーに絡め、その製作過程をドキュメント・タッチで描きながら、ラストのカタルシスに向かって、役者たちの心の機微を丁寧に積み上げていく。この若き監督の手腕は見事の一言。
そして、このパズルのような多重構造が、有機的に絡み合う脚色がなんとも圧巻です。
最終的には、村上春樹の原作を超えた、濱口監督の作家性が見事に結実した傑作になりました。
ちょっと見たことのない映画に遭遇しましたね。
驚きました。
本作は、2021年度の米アカデミー賞作品賞にもノミネート。カンヌ映画祭では、脚本賞を受賞しています。
2020年の韓国映画「パラサイト半地下の家族」が、米アカデミー賞の作品賞を受賞した時には、映画でも完全に韓国に越されたと、何もかもが落ち目の我が国を憂いたものです。
けれど、どっこい我が日本映画にも、まだまだ世界に通じる作品が作れる底力があるぞと思い直させてくれた功績は大きいと思います。
とにかく、2時間59分の長尺の映画ではありますが、その中には、無駄なセリフや、無駄なシーンが一切ありません。
すべてが、研ぎ澄まされているんですね。
映画的なエモーションを極力排除し、役者にも感情的な演技はさせないという演出で、物語はゆっくりと、静かに淡々と進みます。
そして、いつか気がつけば、見ている方は、監督の術中にハマり、役者のセリフや、映像の中に、実は監督が仕掛けたメタファや伏線(のように見えるもの)を見逃すまいと必死になります。結果、映画に集中してしまうわけです。
最終的には、すべてのものに「意味」があるように見えて来てしまうのが、この映画のすごいところ。
映画鑑賞能力に、多少なりとも自身がある人が本作を見たら、おそらく、自分の見解を、誰かに語りたくてしょうがなくなるでしょう。
それくらい映画的なメタファや、深掘りしたくなるセリフに溢れている作品です。
YouTubeの解説動画もいくつか見ましたが、解説している方々は、皆んな大張りきりでしたね。
この長尺の作品を、すでに3回見たとか、原作小説や「ワーニャ叔父さん」もしっかり読破した上で見直したとか、濱口監督の過去作品ももすべてチェックしたというツワモノ達もチラホラ。
それをしたくなる気持ちもわからないではありませんが、大丈夫です。
そこまでしなくとも、この映画は、十分に楽しめますね。
とにかく、この映画のどこを見るか、どの場面のどのセリフが自分の琴線に触れるか、あるいは、どの登場人物に感情移入するかは、見る人によって違うはずです。
もっと言ってしまえば、見たときの自分の状況によってもその感想は違うはず。
この映画には、「鏡」が重要な小道具として何度か登場してきますが、実はこの映画自体が、観客を映し出す鏡になっていると気がつきました。
この映画にどういう感想を持つかで、この映画を見ていた時の自分自身が見えてくるというようなことがあるかもしれません。その意味では、リトマス試験紙のような映画です。
白状してしてしまいますが、僕などはひどいものです。
映画のアバンタイトルで、主人公の妻が、夫とセックスをしながら、快感の中で頭に浮かんだ物語を語り出すというシーンがあります。彼女の職業は脚本家。
その妻を演じる霧島えりかが魅力的だったということもありますが、これが妙にエロチックだったんですね。
こんな演出のベッドシーンがあるアダルト作品があれば、これはちょっと見てみたいもの。どんなニッチなニーズにも応えてきた日本が世界に誇るアダルト・メーカーの皆様。
是非ともご一考を。
まあその他にも、いろいろと語りたくなることの多い作品ですが、原作の短編小説と、作品を一度見たくらいの百姓が、偉そうに語ることは少々気が引けますので、今回は短く、ここいらまでにしておきます。
村上春樹映画化作品は、「ノルウェーの森」「ドライブ・マイ・カー」と来ましたので、次は「ひとりぼっちのあいつ」か「イン・マイ・ライフ」あたりはどうでしょうか。
ちなみに、ビートルズの楽曲としての「ドライブ・マイ・カー」は、「自分はスターになるから、あなたは運転手にしてあげる」という上昇志向の女の子を歌ったラブ・ソング。
あのイントロは、変拍子でちと難しい・・
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