高峰秀子は大好きな女優です。
今のところ日本の映画界ではマイ・ベスト・アクトレスです。
この先も映画は見ていくつもりですが、そろそろこの順位は終生ひっくり返りそうにないなと思い始めています。
それくらいこの人は女優としても、人としても魅力的ですね。(文筆家としても)
そんなわけで、彼女の出演作品で鑑賞可能なものは、死ぬまでに是非全作見ておきたいと思っております。
本作は、Amazonプライムで見つけました。
彼女が25歳の時の作品です。
デコちゃんが、最も溌溂として、キラキラしていた頃ではないでしょうか。
女優生涯にわたって、どんな役でも、その時の年齢に応じて達者にこなしていた彼女ですが、本作のコメディエンヌ及びミュージカル女優ぶりもなかなか堂にいったもの。
個人的には、彼女の魅力に浸れればそれで文句はないのですが、この作品は他にもいろいろと見どころ満載でした。
まずは共演女優が旬の人でした。
彼女の部屋の居候役で親友のお春を演じていたのがブギの女王笠置シズ子です。
現在放送中のNHK連続テレビ小説「ブギウギ」のヒロインのモデルともなった伝説の歌手が彼女。
本作においても、同名の主題歌や「ジャングル・ブギ」を披露してくれています。
この曲は黒澤明監督の「酔いどれ天使」でも歌っていましたね。
「うわーお、わおー」と歌うあの曲です。
もちろん同名主題歌を、高峰秀子とも歌っています。
そして、それだけではありません。
個人的には、それよりももっと貴重だと思ったのは、二人が居候を決め込む家の主人を演じている、五代目古今亭志ん生の落語が見れることです。
落語家協会理事を引退した元理事長新笑という落語家の役を、120%地のまま演じていました。
映画のラストでは、この志ん生師匠の名人芸がたっぷり見れるんですね。
YouTube動画で、録音モノはよく聞いていたのですが、この当時ですから、なかなか動画の志ん生師匠の記録は残っていません。
動く志ん生師匠は、彼の落語のファンにとってはたまりません。
口の中で、舌を回しながらのあの独特の名調子。
ラストでそれはたっぷり観れるのですが、個人的にはそれよりも面白かったのが、志ん生師匠が一人稽古をするシーンです。
演目は「疝気の虫」。
これはなかなか貴重です。思わずニンマリしてしまいました。
『銀座カンカン娘』は、1949年に公開されています。
同名の主題歌も、戦後最大のヒット曲になっています。
この映画は、東宝が配給し、新東宝が製作したもので、監督は島耕二。
脚本は中田晴康と、黒澤明の師匠でもある山本嘉次郎。
物語は、落語家新笑が引退し、妻のおだい(浦辺粂子)と子供たちとささやかな生活を送っているところから始まります。
そして新笑の恩人である娘のお秋(高峰)と、お秋の親友であるお春(笠置)がこの家の二階に居候。
新笑の甥の武助(灰田勝彦)は会社の合唱隊を組織し、お春は声楽家志望、お秋は画家として芸術家になることを目指しています。
しかし、現実は厳しく、文無しの彼女たちは絵の具もピアノも買うことができません。
お秋はある日、犬のポチを連れて散歩をしているとひょんなことから映画の撮影に参加することになります。
ところが主演女優が噴水の中に落ちるシーンを拒否し、急遽代役を探すことに。
しかし女優のスタントが見つからない状況を見て、お秋は一計を案じます。
彼女は急遽お春を呼び寄せスタントに推薦。
お春は主演女優の代わりに、池にドボンというスタントを演じて、出演料をゲット。
二人は一緒にエキストラ参加していた白井(岸井明)に誘われて、一緒に銀座のバーで歌って稼ぐことになります。
三人による銀座の流しは次第に客を増やしていきます。
この調子なら欲しいものが買えると希望に胸を膨らませていた矢先、新笑が立ち退きを要求されるという事態が発生。
そこで、「カンカン娘」を歌って、10万円を稼ぎ出すことを決意します。
そこに合唱隊を解散させられてしょげていた武助も加わり、四人は銀座で稼いだお金を新笑に差し出します。
そして同時に、お秋と武助の交際も進展し、お秋は武助との結婚を決意。
その報告の席で、二人の門出を祝い、新笑が一席披露して、めでたしめでたし。
今まで色々な日本映画を見てきましたが、落語で終わる映画なんて、ちょっと見たことがありません。
ミュージカル映画のような冒頭でしたから、これは最後もみんなで歌って踊って大円団になるものだとばかり思っていましたね。
しかしそれが、そうではなく名人古今亭志ん生の名調子の後で、エンドマークとなるわけですから、ちょっとビックリしてしまいました
映画では高峰秀子、笠置シズ子ばかりでなく、当時の人気歌手灰田勝彦も得意の喉を披露。
ストーリーよりも、徹底的にエンタメに舵を切った、歌謡曲と落語のハイブリット娯楽映画と言えるかもしれません。
同名主題歌「銀座カンカン娘」も大ヒット。
作曲は服部良一。
この人は笠置シズ子に数多くブギの名曲を提供した人です。
作詞は佐伯孝夫。
映画では出演者3人で歌っていますが、高峰秀子単独のシングルとしても発売され、当時のレコード売上は50万枚を記録。
この楽曲は後年、多くの歌手によってカバーされ、その名は日本中に広まりました。
「銀座カンカン娘」の「カンカン」とはなにか。
当時流行っていたカンカン帽から取っているとも言われていますが、映画の中で出演者は特にこの帽子をかぶってはいません。
Wiki によれば、これは脚本を担当した山本嘉次郎による造語とのこと。
当時、進駐軍を相手にしていた女性たちはパンパンと呼ばれていましたが、これに対する抗議がこめられているようです。
昭和24年といえば、僕の生まれる10年も前のことです。
クラシック映画オタクとしては、いにしえの庶民の文化にはどうしても目がいってしまいます。
東京近郊の丘の上から見下ろす二両編成の電車。
武助の勤め先のビルの屋上から見る終戦から四年経った東京の街並み。
そして商店街の八百屋の店先。
野菜の値段などは、思わず気になって、画面を止めて確認してしまいました。
新笑の家で気になってしまったのは、夫婦が揃って吸っているきざみ煙草ですね。
今時これを吸っている人はいないでしょうが、実は母方の祖父がこれの愛好家でした。
きざみ煙草に不可欠なのはキセルと火鉢です。
火鉢は、エアコンも電気ストーブもなかった頃の昭和中期までの家庭にはどこにもあったと思います。
中に灰を入れ、平らにならし、その中央に五徳を置きます。
暖房の元になるのは炭ですね。
これにコンロや七輪で火をつけます。
炭に火がしっかりついたら、火箸を使って火鉢に移動。
五徳の上には、やかんが乗ったり、餅焼き網が乗ったりしますが、その横にはきざみ煙草が入った箱が置いてありましたね。
祖父の吸っていた銘柄は「桔梗」でした。
これをキセルの先っぽに詰めて、マッチで火をつけて吸い込むというスタイル。
そして、灰になったら、火鉢の中にポイと捨てるのですが、子供心にはくわえ煙草よりもその風情が粋だと思ったものです。
映画の中では、四角い火鉢でしたが、実は祖父の住んでいた離れには、火鉢ではなくて、囲炉裏が掘ってありました。
天井や柱は、長年囲炉裏から上がる煙と煤で黒光りしていたのを覚えています。
囲炉裏は今では、よほど田舎の山奥にでも行かない限りお目にかかれないかもしれません。
懐かしい昭和の風情にホッコリしてしまいました。
そんなわけで、わずか69分たらずの映画なのですが、結構楽しませてもらいました。
そうそう、これだけは言っておかないといけないかもしれません。
高峰秀子も笠置シズ子も、もちろんよかったのですが、この映画の中で、名だたる俳優陣を差し置いて、もっとも名演を披露したのは、実は飼い犬のポチです。
その名演ぶりは、是非映画をご覧になってご確認ください。
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