なるほど、ミステリーに、こんなアイデアもあるんだなと感心した次第です。
まさに着眼点の勝利。
作者は、小川哲氏。1986年生まれといいますから、今年で38歳。
作家デビューは、2015年といいますから、新進気鋭とはいかないまでも、この世界ならまだ若手でしょう。
本作は、2022年に刊行された小説で、翌年の本屋大賞にもノミネートされ、同年の日本推理作家協会賞も受賞していますので、同業者たちからは、文句なしにミステリーと認められている作品というわけです。
しかし、このミステリーには、血なまぐさい殺人事件はおろか、犯罪そのものが発生しません。
そこにあるのは、純粋な謎だけ。しかも、これがかなり極上の謎です。
名探偵役も、犯人役も最初のページから、すでに素性が知れています。
従って本作には最初からフーダニットは存在せず、展開されるのは、ハウダニットのみ。
これでグイグイとラストまで引きずり込まれてしまいましたから、その筆力はあざやかなもの。
気がつけば一気読みでしたね。
『君のクイズ』に描かれるのは、生放送のクイズ番組「Q-1グランプリ」の決勝戦を舞台に、問題が一文字も読まれないうちに正解するという「ゼロ文字正答」をめぐる謎解きです。
物語の中心となるのは以下の2人。
三島玲央は、本作の探偵役でもあり、本作の語り手でもあるクイズプレイヤー。
「クイズとは人生そのもの」という生粋のクイズマニアです。
そして、本庄絆。彼は「Q-1グランプリ」の決勝戦における三島の対戦相手であり、「ゼロ文字正答」を成功させた人物。いってしまえば本作における犯人役です。
クイズ・バラエティのブームに乗って、タレント的活躍をする野心家で、クイズを目的ではなく成功のための手段と考える青年。
そして、このミステリーのカギを握る人物として描かれるのが同番組プロデューサーの坂田泰彦。
しかし彼は、三島の回想の中だけに現れるのみで、実際に三島とはメールのやりとりしか交わしていません。
とにかく、本作において圧倒的に魅力的なのは、この謎の提示です。
はたして、クイズ番組において、問題の文章が、アナウンサーによって読まれる直前に解答が分かるなどということがあり得るのか。
あるとするなら、それは番組側と回答者の間に不正があったからではないのか。
これに対して、この決勝戦で敗者となった三島青年は、決して感情的にはならずに、真摯に真相の究明と向かい合っていきます。
そして、彼がラストでたどり着いた真実とは・・
知識量を測るだけならテストでいいわけですが、これをクイズにした場合、解答者には、そこにどんな対応力が付加されてくるのか。
このあたりが、本作を読み進めていくうえでの肝になってきます。
クイズ問題は、基本的に作問者によって作られるものです。その意図や背景から出題傾向を読むことは、解答者にとって必須の能力ということになります。
単なる知識量ではなく、「相手(作問者)の思考を読む洞察力」や「文脈を理解する力」がクイズへの対応力として重要であること。
大学入試の問題集に「傾向と対策」というのがありますが、まさにクイズにもそれがあるということですね。
クイズ番組では、早押しや制限時間内で答える必要があるため、瞬時に判断する力や直感も求められます。
解答がすぐには判らなくとも、とりあえずボタンを押し、解答権を獲得した上で、そこからの短い解答制限時間内で自分の記憶が解答にたどり着けるかを判断するギャンブル性は、まさに競技としてのクイズならでは。
本作でも、三島玲央は知識量には自信があったものの、本庄絆との対決では彼女の直感的な対応力に圧倒されるというシーンが、幾度となく描かれます。
これにより、「知識を引き出すスピード」や「状況に応じて柔軟に対応する力」も、クイズにおいては重要であることが描かれています。
本作では、知識量だけではなく、「記憶と経験」「作問者の意図」「直感」「人生観」「他者との関係性」といった多面的な要素がクイズへの対応力として描かれていきます。
この作品では、クイズという競技を通じて「人間とは何か」「知ることとは何か」という深いテーマまで掘り下げているのが圧巻で、クイズというゲームが、いつのまにやら、知的エンターテイメントを越えて、広くファンたちの間に浸透していたんだなあと痛感。
世の中、いつの間にかそんなことになっていたのだなと驚いてしまいました。
個人的には、なぞなぞの本からたくさんのネタを仕入れて、友人たちに出題しては悦に入っていた小学生時代を思い出してしまった次第。
そもそも、クイズというものが、いつからエンターテイメントとして、これほどまでに、市民権を得るようになったのか。
ちょっと記憶を遡ってみます。このあたりは、AI に活躍してもらいましょう。
昭和時代のクイズ番組の歴史は以下のように展開されました。
黎明期 (1946年〜1950年代)において活躍したのはラジオです。
日本初のクイズ番組は1946年にNHKラジオで放送された「話の泉」で、これはクイズというより、知識を語り合う形式でした。
1953年にはテレビ放送が開始され、NHKで「私の仕事はなんでしょう」が登場し、これがテレビ初のクイズ番組となりました。
1960年代〜1970年代になると、クイズ番組が多様化し、「アップダウンクイズ」(1963年〜1985年)や「クイズタイムショック」(1969年〜)などが人気を集めました。
これは、リアルタイムの記憶があります。
「アップダウンクイズ」は、一問一答形式で、正解すると「アップ」と呼ばれる昇降装置でゴンドラが一段上に上がり、不正解の場合はその場に留まるというのが基本ルール。
10段のステップを登り切ると優勝となり、豪華賞品(海外旅行など)が贈られるというのが番組の売りでした。
3回間違えると失格となるというルールは、クイズルールの定番で、本作にも活かされています。
「クイズタイムショック」の司会は、田宮二郎。
解答者は「タイムショックチェア」と呼ばれる専用の椅子に座り、60秒間で10問のクイズに挑戦。
問題は雑学知識を問う内容で、多岐にわたるジャンルから出題されました。
10問全問正解すると賞金や豪華賞品が贈られ、正解が3問以下(たしかそう)だと、椅子が回るという演出も斬新でした。
解答者として椅子に座ったあるお笑い芸人が、解答そっちのけで、全10問をボケ倒すという愚挙に及んだことがあったのですが、これには「クイズを冒涜する行為」として子供心に怒り狂った記憶があります。
また、1977年にはクイズ番組には、大規模な製作費をかけた「アメリカ横断ウルトラクイズ」が始まり、クイズブームを牽引しました。
「アメリカ横断ウルトラクイズ」は、参加者が実際にアメリカを横断しながらクイズに挑戦するというスケールの大きさと、体力・知力・戦略を総動員するサバイバル形式が特徴。現地の風景や参加者の苦闘をドキュメンタリー・タッチで映すことで、クイズを「体験」として伝える手法が定着。
一般公募の参加者が「普通人の英雄」になるストーリーは、視聴者の共感を呼びました。
その影響は、現代のバラエティ番組やリアリティショー、さらにはSNS時代の参加型コンテンツにも継承されています。視聴者に「自分も挑戦したい」と思わせる「夢の装置」としてのテレビの可能性を示した点が、最大の功績と言えるかもしれません。
特に解答者のタレント化は、本作にも色濃く反映されていていますね。
1980年代になると、「全国高等学校クイズ選手権(高校生クイズ)」がスタートし、視聴者参加型の形式がさらに強調されてくるようになりました。
高校野球なら甲子園があり、陸上競技なら各種選手権やインターハイがあり、注目を浴びるステージがあったわけですが、肩身の狭い思いをしていた勉強オタクの秀才たちにも、ついにスポットライトを浴びるステージ登場したというわけです。
クイズ番組が個人の能力に焦点を当てるようになったきっかけは、1990年代前半の「クイズ王ブーム」にあったとのこと。
この辺りになってくると、個人的にはテレビ離れが著しくなり、この時期の『カルトQ』や『TVチャンピオン』などの有名クイズ番組は、実際には見ておらず、かろうじてその名を知るのみ。
但し、マニアックな知識や専門性を問う番組が登場し、解答者の個人の知識や能力が注目されるようになっているのは肌で感じており、いよいよクイズの世界もオタクたちの進出が始まったと感じておりました。
さらに、2000年代後半から2010年代にかけては、『Qさま!!』や『東大王』など、学歴や知力を強調する番組が増加し、有名大学出身者やクイズ研究会のメンバーが出演するようになりました。この流れにより、芸能人だけでなく文化人や一般参加者の知識や能力が評価される傾向が強まってきます。
気がついてみれば、クイズは今や、国民的エンターテイメントのひとつ。
YouTubeにも、「クイズ」というワードで検索してみると、実にバラエティに富んだ動画がヒットします。
本作のようなミステリーがいつ誕生しても、まったく不思議ではない状況になっていたことだけは事実のようです。
着眼点だけを磨いて置けば、まだまだミステリーのネタは尽きないということでしょう。
ちなみに、クイズ番組は嫌いではありませんでした。
僕の知識は非常に偏っていましたが、テレビでクイズ番組を見ていると、自分のわかる問題は、解答者よりも先に答えを言って、一人悦に入っていました。
ですから、一緒にテレビを見ているものがいたりすると、嫌がられましたね。
「悪いけど、黙ってて」というわけです。
しかし、心のどこかで思っていたことは、試験前の教科書の勉強ではまるで覚えられなかったことが、クイズ番組の解答としてなら、案外覚えていられたということ。
日本の学校教育にも、もっとクイズのゲーム性や競技性を取り込んだら、生徒たちの平均学力は案外グッと上がるのではないでしょうか。
まさか、全問正解者には豪華プレゼントというわけにはいかないでしょうが、クイズ王の賞状くらいは出してあげてもいいかもしれません。
なにかいいアイデアのある方は、すぐにお手元のボタンを。
コメント