本作は、2024年に発表されたばかり。クリスティン・ぺリンの本格ミステリー小説デビュー作です。
原題は、"How to Solve Your Own Murder / The Castle Knoll Files"
クリスティン・ペリンは、アメリカ・シアトル出身のミステリー作家。
書店員として数年間働いた後、イギリスに渡り修士号と博士号を取得。
元本屋の息子としては、シンパシーを感じます。
現在は家族とともにイングランド南東部サリー州に在住。
ミステリーを執筆するのなら、やはり本場イギリスということなのでしょうか。
本作は日本でも好評。「おすすめ文庫王国2025」海外ミステリーベストテン第4位、「ハヤカワ・ミステリマガジン」2025年版「ミステリが読みたい!」海外篇第10位にランクイン。
日本では「クリスティの後継者」とも評され、ホロヴィッツと並ぶ存在として一躍脚光を浴びている作家です。
本格ミステリ、青春小説、コージーミステリの要素が融合した「てんこもりのパフェ」のような作品と評されています。
本作は、16歳のときに「殺される」と予言された大叔母が、約60年後に実際に殺害されるという事件を、ミステリ作家志望の主人公アニーが追う「フーダニット」ミステリ。
物語は過去と現在を行き来し、1966年の青春時代の出来事と2020年代の老境が交錯する構成となっています。
アガサ・クリスティー作品に通じる「記憶の中の殺人」プロットや、日記を通じて過去の事件が明かされていく構造が特徴的。
過去の事件と現在の事件が複雑に絡み合い、読者を驚かせる巧妙なストーリー展開になっています。
もちろん今時のミステリーでは、トリックの出来だけでは合格点はもらえません。
物語の展開に絡めて、主人公アニーの成長や家族のドラマとしても秀逸、1960年代のイギリスの片田舎の雰囲気など、多層的な物語構造がリリックに、サスペンスフルに展開されていきます。
舞台となるのは、イギリスの架空の小村キャッスルノール。
アニーはある日、資産家である大叔母フランシスから村に招かれます。フランシスは16歳のとき、占い師に「いつか殺される」と予言されて以来、その言葉を狂信的に信じ続けるパラノイアな老婦人として村でも知られていました。彼女には、夫が残した莫大な財産があります。
しかし、アニーが大叔母の大邸宅を訪れると、フランシスは図書室で血まみれで倒れて亡くなっており、その傍らには白薔薇が落ちていました。60年前の予言が的中してしまったところから物語はスタート。
しかし、この予言を確信していたフランシスは、その場合に備えてあらかじめ遺言を、弁護士のウォルターに預けていました。
亡くなったフランシスの元には、彼女の夫の甥であるサクソン夫婦も駆け付けていましたが、この遺言が前代未聞の内容。
なんと、アニーとサクソンに対し、自分を殺した犯人を突き止めた方に、遺産を全額与えるという遺言が残されていたのです。
そして、もしどちらにもその解明ができなかった場合には、遺産は全額土地開発公団に寄贈。
これにより、二人の真相解明バトルに、警察も加わるという三つ巴の推理合戦が勃発します。
その期限は一週間。最終的にこの戦いをジャッジするのはウォルター弁護士。
果たして、アニーは犯人にたどり着けるのか。
しかも、フランシスは自分が殺された場合に備え、約60年にわたって親族や村人たちを独自に調査した膨大な記録や、当時の日記を残していました。
上手だと思ったのは、作者はこの膨大なファイルを読者に紹介することはしません。
その代わりに、フランシスたちが、まだティーンエイジャーだった、1965年から1966年にかけての、キャッスルノールでの青春群像を、現在と交互に展開していきます。
そこには、今はもう70代の老人になった登場人物たちの若き日の姿が。もちろん事件を解くことになる重要なカギも。
読み手としては、本書冒頭の「登場人物紹介」の一覧とにらめっこしながら、二つの時間軸の誰と誰が繋がるのかをチェックしながら読むことになります。
そして、本作においては、フランシスの殺人事件に加え、彼らの若き日、彼らの仲間であったエミリーが失踪した事件が、フランシスの事件に大きな影を落としていることがわかってきます。
60年という時間をまたいで、複雑に絡み合う二つの事件。
やがて、フランシスの別邸から、白骨化したエミリーの死体が発見されると、キャッスルノールの住人たちを巻き込みながら二つの時代が一気に交錯。
エミリーと、フランシスを殺した犯人は果たして同一人物なのか、それとも別人か。
アニーは、村に暮らす親族や知人たちの中から真犯人を突き止めるため、奔走します。
冒頭に登場する予言は、本作の中で何度か登場します。
「おまえの未来には乾いた骨がある。おまえのゆるやかな終焉は、クイーンを片手のひらに握ったとたんにはじまる。鳥に気をつけるがいい、なぜならおまえを裏切るから。そしてそこからはけっして引き返せない。だが、娘たちが正義の鎖となる。正しい娘を見つけ、彼女を手放すな。すべての印はおまえが殺されることを示している。」
見立て殺人や、予言や予告をテーマにした殺人事件を扱ったミステリーの場合、たいていは犯人の意志が反映されているもの。
もしくは、それを犯人が意識的に利用していることがほとんどです。
しかし、本作における予言を狂信的に信じているのは、被害者であるフランシスのみ。
このことから、フランシスは盲目的なパラノイア老人として、村の人からは煙たがられています。
そんな彼女の前に、突如60年前の「乾いた骨」が現れたことから、事件はリアルに動き出します。
フランシスを裏切る「鳥」とは誰か。正しい娘とは誰か。
予言により、本作には次第にミステリアスな様相を呈してきます。
本作には何人もの「怪しき」容疑者が登場することで「フーダニット」の面白さが際立つようにプロットが構築されています。
登場人物の中から誰が犯人なのか、読者自身も推理を楽しめるように作られており、最後の真犯人の登場を読者が「なるほど」と納得できるように、いくつもの伏線が散りばめられています。
特に、過去と現在をつなぐ手がかりが巧妙に配置されている点が秀逸。
主人公のアーニーが、頭脳明晰な名探偵ではなく、等身大の視点を持ったヒロインだということも本作の魅力の一つなっています。
アニーはよく失神をします。血が苦手だったり注射を怖がったりと、読者に近い等身大のキャラクターです。
そのため、彼女と一緒に謎を追う過程で自然と物語に没入でき、彼女の陥るピンチに手に汗握り、彼女の視点から事件の真相に迫る楽しさを味わえるのも魅力。
これらの仕掛けによって、『白薔薇殺人事件』は本格ミステリとしての推理の面白さと、過去と現在が交錯する人間ドラマの深みを両立させている点で、多くの読者の共感を得られることになったのでしょう。
二つの時間軸を、カットバックで描いていく手法は、実に映画的です。
最近読んだ海外ミステリーでは「ザリガニの鳴くところ」がそうでした。これはデイジー・エドガー=ジョーンズ主演で映画化されています。
本作についても、ハリウッドのプロデューサーが、すでに映画化を検討しているかもしれません。
本作の本筋とは関係ないのですが、読んでいてどうしても気になってしまった登場人物が二人。
それは、フランシス邸の庭師アーチー・フォイルの孫娘ベス・タカガ・フォイル。
街でキッチンデリを経営している女性なのですが、もう一人彼女と婚姻関係にある妻が、ミユキ・タカガ・フォイル。なんとこちらも女性なんですね。
つまりこの二人は同性結婚をしているということになります。
何度読み返しても、そういうことのようです。
イギリスでは、2014年から同性婚が合法化されているのは知っていました。
エルトン・ジョンが、同性婚をしたのも知っています。
しかし、驚くことは、この二人の同性婚について、本編中では登場人物の誰一人として、それに触れていないこと。
二人は、いずれもフランシス殺害の容疑者になっている重要な役であるにも関わらずです。
父親であるアーチーは、片田舎の農場に住む70代の老人という設定ですから、昔気質のはず。
でも、二人をアニーに紹介するくだりでも、これについて一言も触れません。
もちろん、アーニーも、事件に関すること以外、二人の関係については二人にも、周囲の人にも言及しません。
伝統の国イギリスにおいては、同性婚に対する国民の認知は、ここまで成熟しているのかと感心した次第。
大したもんです。
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