「ロッキー・ザ・ファイナル」は、ご存知「ロッキー」シリーズの正真正銘の最終作(おそらく)。
還暦を迎えようというシルベスター・スタローンが、自身のあたり役「ロッキー」に対して、くすぶっていた未練を、完全に燃焼しつくした一本でした。
ボクシングを引退したロッキーは、愛妻エイドリアンも亡くし、今はフィラデルフィアで小さなイタリア料理店を営んでいます。
ずっと父の栄光と比べられて生きてきた息子からも避けられ、いまや客相手に昔話を繰り返すだけの日々。
そんなある日、無敵の現役チャンピオン(アントニオ・ターヴァー)と全盛期の自分のシミュレーション対戦をテレビで見た彼は、くすぶる情熱を抑えきれず、ついに現役復帰を決行。
対戦相手を演じたアントニオ・ターヴァーは、96年のアトランタ五輪銀メダリストであり、撮影当時、現役のライトヘビー級の世界チャンピオン。
役者にボクシングを教えるより、現役ボクサーに演技を覚えてもらう方が、映画にリアルさが出るという、スタローンの狙いは当たりでした。
脚本は、60歳になろうという、とうが立ちすぎた元チャンピオンが、自分自身の「生きる証」の為に、無理を承知で、現役チャンピオンに挑むという展開なら、およそこんなものだろうという、こちらの想定内。
もともと、この設定自体が「無理を承知」なわけですから、このあたりは、まあまあ無難にまとめたといってよいでしょう。
サプライズとしては、第一作で、ロッキーが説教をした街の不良少女が成長して、母親になり、癌で死んだ設定のエイドリアンに代わって、彼の相手役になっていること。
この当たりで、1作目から30年になる「時の流れ」をうまく出していました。
そして、時の流れといえば、もう一人。ポーリー役のバート・ヤング。
彼があのままのかんじで、年だけは食いましたという感じを実によく出していて、涙モノ。
これで、ミッキー役の、バージェス・メレディスが見れたら文句なかったのですが、彼は10年前に他界されてますからこれは無理。ご存命ならちょうど100歳でした。
さて、このファイナルは、そんなことよりもなによりも、スタローンです。
彼にとって、ロッキーはやはり特別なもの。
無名時代に書き上げた脚本を、自身の主演と共に売り込んでアメリカンドリームを達成した彼にとって、シリーズは自分の役者人生そのもの。
その彼がこういっています。
「第5作目。あれは完全な失敗作。だからこれを作った」
人気隆盛と凋落を繰り返し、やがて行き着いた最後の一本に対して、いいかげんな気持ちで挑むわけにはいかないという彼の決意のほどがひしひしと感じられるわけです。
役者スタローンと、ロッキーの人生が、完全にシンクロしていて、これがこの映画の最大のウリになっていますね。
とにかく、彼のビルドアップされた肉体は、お見事の一言。
ロッキー・バルボアという彼の分身ともいえるこの役に対して、このシリーズ最高の役作りに、スタローンは成功しています。
ちなみに彼は公開直前、オーストラリアの空港で禁止薬物(HGH)所持で捕まっています。
この薬物は、通常インスリン(これ糖尿病に効くホルモンです)と組み合わせて使われるのですが、この2種だけを使用することはまずありえないとのこと。
つまり、スタローンは、それ以外にも相当大量の薬物を(おそらく長期にわたり)使っていたと推測できます。
そして、副作用の王様でもある成長ホルモンを使用していたということは、人類が現在採用できるほぼ最強、かつハイリスクのドーピングを彼が行っていたということ。
これを犯罪というなかれ。スポーツ選手ではなく、役者である彼が、このドーピングを決行していたということに大きな意味があるわけです
もちろん、寿命は確実に、そして大幅に縮みます。
しかし、彼はこれをあえて決行。
今の映画技術なら、CGやボディダブルを多用して、いくらでもそれらしく作れるハリウッド映画の頂点にいる彼がです。
彼はすでに成功者であり、金のために無理をする必要もないのにです。
そんな彼が、そんな、バカな行為に命をかけているからこそ、この映画は感動的といえましょう。
『ロッキー・ザ・ファイナル』は、まったく文字通り、スタローンが命をかけて作り上げた渾身の一本。
「ターミネーター3」のシュワルツネッガーの肉体が、完全に映画のマジックでつくられたものだったことを考えると、スタローンの「意気込み」は、やはり特筆されるべきでしょう。
僕たちに、最後にもう一度だけ、自分の納得のいく「ロッキー」を見せたかった。そのために、還暦のスタローンがここまでがんばった。
その意味で、この映画は、最終的な感想としては予想以上の出来。
少なくとも、「ロッキー2」から「ロッキー5」までの続編とは、明らかに一線を画します。
彼の視線は、今作との間に製作された続編は完全に無視して、自身の原点でもある「ロッキー」第1作目だけに、向けられていましたね。
第一作目からのカットバックが、多用されていました。
さあ、あの「ロッキーのテーマ」ファンファーレが、頭の中で鳴り出しました。
軽やかなステップで腕を差し上げて、エレベーターのないわがマンションの五階から飛び出すと、本日は雨。
寒いから、もう一枚着ていこうっと。
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