「泰子姉さんは、綺麗だったわよ。とにかく、高峰秀子みたいだったからね。」
これは、僕の叔母の証言。
まだ小学生の頃の話ですね。
僕が、高峰秀子という女優の名前を聴いたのは、おそらくその時がはじめてだったでしょう。
もちろん、小学生でしたから、当時の僕は、この銀幕の大スターのことは、まるで知識なし。
その大スターに似ていたと、兄弟たちに言わせしめたその泰子オバサンの容姿は、
当然ながら、僕にはまるでイメージできませんでした
泰子オバサンというのは、我が父親の姉です。
父親は、7人兄弟で、長男。
その上にお姉さんが二人いて、泰子オバサンというのは、一番上。
つまり僕にとって見れば、一番上のオバサンということになります。
しかし、この泰子オバサンは、実は昭和37年に亡くなっています。
僕は、昭和34年生まれですから、その時3才。
彼女は、僕がものごころついた頃には、すでにこの世にはいませんでした。
父親の兄弟は、けっこう仲が良くて、盆暮れ正月ともなると、常に兄弟とその家族が
集まっていましたが、そんな折に、必ず出るのが、泰子おばさんの話。
まだ、顔も知らぬ、泰子オバサンの顔は、僕の中で、「女優のように綺麗なオバサン」として、
次第に膨れ上がっていきました。
さて、その後、僕も怪獣映画を卒業して、いっぱしの映画青年へとなっていきます。
映画のとっつきは、やはりいちばんわかりやすいハリウッド映画からでしたが、
そのうち、名画座にも足を向けるようになり、古い日本の映画も、次第に見るようになっていきました。
そして、僕がスクリーンの中で、いちばん初めて、高峰秀子という女優を意識したのは、
野村芳太郎監督の「張り込み」という映画。
この映画の中で、高峰秀子は、殺人犯の昔の恋人役。
二人の刑事に、ずっと張り込まれる人妻を演じています。
彼女のシーンは、ずっと刑事たちの張り込んでいる部屋からのカットのみで、
最後に、殺人犯が会いに来るまで、セリフらしいセリフはないのですが、
なぜか強烈に引き込まれてしまいましたね。
そして、映画を見終わってから、「あっ、あれが高峰秀子だ。」と、そこではじめて
泰子オバサンと、高峰秀子がリンクしたわけです。
さあ、そこからは、怒涛のように、高峰秀子の作品を見まくりましたね。
当時は、まだインターネットはありませんでしたから、情報源はタウン誌「ぴあ」。
「二十四の瞳」
「カルメン故郷に帰る」
「宗方姉妹」
「無法松の一生」
「乱れる」
「稲妻」
彼女の作品を探しては、関東一円とごまでも観に行きました。
作品順は、バラバラでしたが、彼女の代表作といわれるものは、ほとんど大学生の頃に見ています。
そして、そんな彼女の作品の中でも一番シビレたのは、やはり「浮雲」。
成瀬巳喜男監督で、原作は林芙美子。
あの小津安二郎に、あの映画は「僕には撮れないね」といわせしめた、恋愛映画の傑作です。
この映画での彼女の演技は見事でしたね。
別れようとしても別れられない男と女の揺れる心の繊細な機微を
これしかないという演技で表現して圧巻でした。
それから、ビデオの時代になり、DVDの時代になっても、この名作は、
その度に追っかけて見ていました。
そして、この銀幕の大スターは、実は文才もなかなかのもの。
女優引退後、幾つものエッセイが出版されておりますが、特に僕がお気に入りなのは「私の渡世日記」
これは、彼女の自叙伝と言っていい内容ですが、もちろん登場してくるのは、
著名な映画人や文化人ばかり。
ここでも、彼女の気負わない、肩の力を抜いた文章にやられてしまい、
その後、に追いかけるように読み漁りましたね。
そんなわけで、泰子オバサンの顔は、僕の中では、いつしか、高峰秀子そのものに
なってしまっておりました。
そんな折、泰子オバサンの長男(つまり僕のいとこ)の家に訪れる機会があり、
そこで僕は、はじめて、泰子オバサンの写真を見せてもらうことができたんですね。
しまい込まれていた古いアルバムから出てきた泰子オバサンは、
確かに叔母さん達の言うとおり透き通るような白い肌の美人でした。
その時、従兄弟にお願いして貰ってきた写真がこの一枚です。
三十七歳でなくなった泰子オバサンは、大正15年生まれ。
生きていれば、八十八才。
女優の高峰秀子は、大正13年生まれですから、彼女とは2歳違い。
こうやって、僕の拙いイラストと並べてみても、我が叔母の美しさは、確かに遜色ないですね。
まだまだ未見の高峰秀子の映画は、たくさんありますが、そんな映画を見る度に、
いまでは、映画の中の彼女が、泰子オバサンとオーパーラップするようになっています。
このイラストは、彼女の昭和23年の映画「虹を抱く処女」のスチールから。
相手役は、上原謙。
これも、まだ未見です。
高峰秀子は、このずっと後で、上原謙の息子である加山雄三とも「乱れる」という
共演して、その時は、しっとりとした人妻役を演じています。
さて、このカットは、図書館から借りてきた「日本映画スチール集 新東宝女優編」という
写真集に載っていたもの。
この映画を、Wikipedia の「高峰秀子」で検索したところ、彼女の「出演作品」には、
載っていませんでした。
確かに、数多くの名作映画に出演してきた彼女ですが、なんといっても映画全盛の頃の
看板女優です。出ていたのは、名監督の名作映画だけではありません。
まだまだ、見ていない作品がたくさんあるというのは、僕にとっては嬉しい事。
これからも、名作映画ではない作品に出演している彼女にも、どんどん会いに行きたいと思っています。
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