2004年公開の映画。
ですから、東日本大震災での、福島原発事故の7年前の映画です。
あの事故の前に見たか、後で見たかで、この映画はだいぶ印象は違ってくるんじゃないでしょうか。
東京に原発を誘致するなんてことは普通に考えれば狂気の沙汰。
でも、よくよく考えてみれば、それは都市のエゴに他なりません。
この地震大国日本で、都市への電力供給のためのリスクを負っているのが、地方というのは確かに理不尽。
都市で使うための電力供給のためのリスクは都市が負うべき。
確かに正論です。
だから、東京原発というわけです。
しかし、福島の原発事故前では、このスッタモンダのドタバタは、悲しいかなコメディにしないと、エンターテイメントとして成立しない。
ただ、震災後の数年たった今になってこの映画を見ると、この作品は、かなりブラックな味わいのコメディになってきますね。
ちょうど、スタンリー・キューブリックの「博士の異常な愛情」に通じる冷や汗タラリのブラックなテイストです。
原子力安全委員会の怪しげな役人が、隠密にモックス燃料をお台場から原発まで陸送しようとします。
知事の役所広司が男に詰め寄ります。
「責任者は誰だ。」
益岡徹演じる役人は、知事にしれっとこんなことを言います。
「何言ってるんですか。国のやることに、責任者なんているわけないでしょう。」
あの震災以降で身に染みたことが、なるほど、すでにこの時点でギャグになっていました。
まずはニヤリ。
そして、運搬するトレーラーの車番が「1818」(イヤイヤ)になっていたり、「4949」(シクシク)になっていたりで、またニヤリ。
なかなか芸が細かい。
ラスト。
爆発物オタクの少年が、「絶対に爆発する」といっていたトレーラーに仕込んだ爆弾は不発。
知事はこう言い放ちます。
「この世に、絶対なんてことがあってたまるか」
まったくもってその通り。
この世に、絶対なんてことはありません。
もごもごと口を濁しながら、結局は原発を推進するステイクホルダーの皆様、そして、その利権にしがみついて、根拠のない安全神話を連呼する霞が関の官僚たち。
どうかそのことを、お忘れなく。
それでも、原発は安全とおっしゃるなら、せめて責任くらいはとりましょうね。
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