霞ヶ関の官僚たちの中にも、極めて正気の人がいたということで、妙に嬉しくなってしまいました。
前川喜平氏は、2017年の1月に当時の文部科学省次官というポストを退任しています。
その経緯は当時、文部省内で処分者が大量に発生していた「天下り」問題の責任を取るという形での辞任。
しかし、前川氏を「時の人」にしてしまったのは、なんといっても、いまだに巷を騒がせている「加計学園獣医学部新設問題」に対して、重要な証言をするために、国会の証人喚問に応えたこと。
彼は、国会の場で、安倍内閣による「行政の私物化」の事実とその所見を淡々と証言しました。
明らかに、無理のある、見苦しい答弁を繰り返すばかりの政府に対して、たった一人で巨悪に立ち向かった感のある前川氏の毅然とした姿には溜飲。
以降、普段は国会中継など見たこともなかった僕が、この加計学園問題(もしくは森友問題も含め)の国会審議だけは、YouTube で、漁るように鑑賞するようになりました。
そしてその後、全国の講演会に引っ張りだこになってしまった前川氏の講演も、ネットでかたっぱしから聴講。
前川氏の講演を聞いていて、ひたすら感心したことは、とにかくその暗記力のすごさ。
憲法の条文はもちろん、長い法律の名前も、今はもう使われていない教育勅語の序文も、果ては、「ひょっこりひょうたん島」でサンデー先生の歌う挿入歌「勉強の歌」まで。
まあ、普通ならメモを読み上げても、文句は言われないようなことを、正確に覚えていて、淀みなくスラスラと語られる。
脱帽しました。
本当に頭のいい人はこうなんだなと思った次第。
しゃべるネタはすべて、頭の引き出しに入ってるから、当然目線は下に落ちない。
これが、なんともかっこいい。
国会では、常に両手に資料を持って、それを機械的に読み上げるだけの答弁が多い議員や霞ヶ関の官僚たち。
彼らと比べるとその差は歴然。言っていることの「伝わり方」が、これでまるで違いましたね。
そこで、今回は、その前川氏が著された本書を、手に取ったという次第。
「面従腹背」
辞書にはこうあります。
「表面だけは服従するように見せかけて、内心では反対すること。」
彼の前職が官僚だったことを考えると、これは実にニヤリとさせる痛快なタイトル。
僕自身も、決して褒められたサラリーマンではなかったので、まずはこのタイトルにやられました。
彼が、38年間の文部行政官として経験したことが縷々語られていますが、なるほど面従腹背。
本音とタテマエに、上手に折り合いをつけて、賢く、したたかに、「正気」を保ち続けてきたノウハウは参考になりました。
組織という枠の中で、「個」を殺さなければいけない局面はあります。
それでも、自分に許された権限の中で、面従しながら、組織が本来あるべき方向に可能な限りの軌道修正をする。
これもまたまた本来の官僚の大事な仕事のはずです。
それを忘れてしまっている、官僚達のいかに多いことよ。
国会中継を見ていると、悲しくなってきます。
巻末に、彼が現役行政官でいながら、精神の均衡を保つために、あくまで一私人として発信し続けてきた「ツイッター」。
これがなかなか興味深い。
「時の人」になると、とにかく人々に関心を持たれているうちに、あることないこと飾りつけて、本にでもして稼いでおこうという輩も少なくない昨今。
本書の内容が、けして作り物ではないことを、時系列に整理されて並べられた当時のリアルタイムそのままのツイッターが雄弁に物語っていました。
現在彼が「右傾化を深く憂慮する一市民」というハンドル名でつぶやいていたツイッターは非公開。
(その理由は、本書で解説されています)
確かにこれだって、穿った見方をすれば、「つくりもの」でやれないこともない。
彼に突っ込もうと思えば、現役時代、出会い系のバーに出入りしていたという彼の行動をバッシングする人もいるでしょう。
その上で、そんな人の言うことは信用しないという意見だってあってもいい。
一私人になった元文科相次官の言い分に、耳を傾けるか傾けないかは、もちろんそれぞれの自由です。
ですので、僕個人としては、「欽どこ」の見栄晴くんが、しっかり勉強して立派な大人になったようなこの飄々とした元官僚の言動は、嘘に嘘を重ねる負のスパイラルから抜け出せない役人達の姿を鑑み、至極真っ当で、全面的に信頼するに値するものと判断する次第。
とにかくこの方、一切言い訳をしない。それが、想定問答集を握って右往左往しているあちら側の皆様方と決定的に違うところ。
これが、潔いわけです。
さて、一私人になった、現在の前川喜平氏の座右の銘は当然ながら「面従腹背」ではなくなっています。
本書の中で、彼が言っている第二の人生のための座右の銘は、「眼横鼻直」だそうです。
これ、「がんのうびちょく」と読むらしいのですが、残念ながら、予測変換のオプションには出てきません。よかったら、調べてみてください。
でも前川さんも、このタイトルで本を書くことは、さすがにないだろうなあ。
この騒動の渦中の中、巷では、「正義のヒーロー」扱いの前川氏。
本人自身は、この事態を、苦笑いしながらも憂慮しているご様子。
ご本人がどこかの講演でこうおっしゃっていました。
「私にお声がかかるのも、安倍さんが政権を取っている間だけ。安倍政権が終われば、私はアベと共に去ぬ。」
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