この人の悪口を言う人って、ちょっと聞いたことがありません。
あの毒舌のビートたけしでさえ、この人にはツッコミません。
彼と共演した人は、みんな彼の魅力に心酔してしまうようです。
小林稔侍然り。
石倉三郎然り。
武田鉄矢然り。
草彅剛然り。
よほどの人間力が、この人にはあるのでしょう。
ちょっと、うかつに悪態をつけないオーラを放つ人って何人かいます。
例えば、長嶋茂雄。
巨人、大鵬、卵焼き。
高度成長期の日本のシンボリックな、ヒーロー像を体現したスーパースターでした。
亡くなった野村監督が、ぼやいていたくらいでしょうか。
この人をもしも非難すれば、非難した人が非難されるような空気になる。
それくらい日本中の人から愛された人です。
俳優で言えば、渥美清。
「男はつらいよ」シリーズで、どこにもいそうでいない超日本的な主人公を、映画50本分演じ続けた人。
日本人の多くの人の心に涙と笑いを届けた。
彼もそんなスーパースターでしょう。
そういえば同シリーズで、帝釈天の御膳様としてレギュラー出演していた笠智衆もそう。
とにかく、その姿を見ているだけで、心が洗われるような清潔感がありました。
女性でも、思いつく人がひとり。
吉永小百合も、ほぼアンチがいない、団塊の世代の男たちの女神と言ってもいい人。
あのタモリでさえ、彼女の前に出ると、普通のサユリストになってしまいますからたいしたものです。
ミュージシャンでいえば、サザン・オールスターズの桑田佳祐がそうでしようか。
この人の作る曲の歌詞は、かなり過激なところもあるのですが、まず、それをツッこむ人はいない。
何をしても憎まれることがないのは、この人のキャラクターゆえ。
押しも押されぬロックスターなのに、怪しいのは楽曲だけで、彼自身はきわめて健全です。
誰にも愛されるロックスターも、そうはいません。
まだまだ探せばいるかもしれません。
ざっと挙げてみて、みなさんに共通していることを発見しました。
それは、その生涯を通じで、ほぼスキャンダルがないこと。
そして、プライバシーを、ほとんど公開していないこと。
この二つですね。
誘惑の多い芸能界に(長嶋茂雄はスポーツ界)あって、どちら様も身綺麗にしていらっしゃるところは立派です。
お金のスキャンダル。
下半身のスキャンダル。
薬関係。
警察沙汰。
自覚の甘い芸能人なら、すぐに陥る罠が、芸能界にはゴロゴロしています。
これで、消えていった芸能人は数知れず。
芸能レポータではありませんから細かいことは知りませんが、少なくとも彼らに関する怪しげな噂は、僕の耳には届いてきません。
彼らは、大スターになってもけっして奢ることなく、ストイックに自らを律しています。
それは、生馬の目を抜く芸能界を生きていく上で、彼らが身につけた保身術であるのかも知れませんが、それ以上に大きいもの。
それは、自分自身がスーパースターであるということの自覚と、社会的責任感を、しっかりと引き受けているということかもしれません。
つまり、それは言い方を変えれば、スクリーンで演じた多くの役柄を演じている自分自身さえも、きっちり演じプロデュース出来ているということ。
これが出来ているからこそ、彼らは犯しがたいオーラを放てるのでしょう。
であるが故に、彼らはその鎧を脱ぎ捨てるプライベートは、決して公開しません。
今の芸能界を見ていると、たいした芸のないタレントたちが、プライベートも芸のうちとばかり、プライベートを垂れ流して、芸能界にしがみついているような輩がわんさか。
そして、こちら側も、ともすれば、芸そのものよりも、芸能人のプライベートの方を、面白がってしまう。
最近はけっこう面白い国会中継。
でもそんな記事もスルーして、芸能三面記事しか読まないという人は、まだまだ結構多いでしょう。
プライベートが謎というのは、ある意味では、こちらの好奇心をそそります。
それも、確かにスーパースターの、プロデュース術の一つなのかもしれませんが、それよりも僕が思うのは、プライベートを明かさないことで、彼らが、職業としてのスーパースターと、一人の人間としての自分のバランスを上手くとっているのだろうということ。
渥美清が、あるインタビューに答えてこういってました。
「スーパーマンを演じる役者は、空は飛べないといっちゃいけないんだろうね。
ピアノ線で釣っているなんて、いっちゃいけないんだろうね。
でも、本当は飛べないもんね。ご苦労さんなこったね。」
国民に広く愛されるスーパースターには、スーパースターなりの苦悩があることは想像に難くありません。
本書を読んでいると、スーパースターとしての自分をきっちりと自らの文章でプロデュースしているという側面と、本来の自分をもっとさらけ出そうという側面が、折り混ざっていてとても興味深いですね。
沢山出てくる、人物のエピソードも、芸能界の人よりは、旅先で出会った普通の人たちとの触れ合いが圧倒的に多い。
田舎のレストランのオーナー。イタリアのパスタ職人。ダイビングの先生、僧侶などなど。
高倉健という人が、プライベートでは、出来る限り芸能界には背を向けて、そういう普通の人たちとの触れ合いを通じて、正気を保ってきたということがよくわかります。
「網走番外地」の橘真一。
「昭和残侠伝」の花田秀次郎。
「幸福の黄色いハンカチ」の島勇作。
「遥かなる山の呼び声」の田島耕作。
高倉健がスクリーンで演じたヒーローは数知れず。
しかし、そのどの役よりも、その生涯を通じて、スーパースター高倉健を演じ切った功労に対して、主演男優賞を差し上げたいと思います。
この本を昨夜読み終わって、そのままブログを書いて寝たら、健さんが夢に出てきました。
彼が、僕の前で正座してこういうんですよ。
「あなたのこの文章を、居住まいを正して拝読させていただきました。
一文一文を、心に深く刻み込んでおります。ありがとうございました。」
ああ、もうだめ。
頭をあげてください。
そんなことされたら、一生あなたについていっちゃいますよ!
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