政治家の覚悟 菅義偉
雨になりましたので、畑仕事は諦めて読書デーにしました。
買うほどのこともないけれど、あればあれで読んでみてもいいかなという本というのがあります。
サラリーマン現役時代なら、そんな本でも、Amazon で躊躇なくぽちぽち買っていましたが、実入りの少ない百姓業をやっているとそうもいかなくなります。
そんな一冊をくれた方がいたので、早速広げてみました。
菅義偉現内閣総理大臣が書いた唯一の著書「政治家の覚悟」。
本書はもともと、2012年に、自民党が野党だった時代に書かれたもの。
この初版の第二章以降は、特に当時の与党だった民主党政権への批判にページが割かれていたそうですが、その部分はごっそり削除して、その代わりに官房長官時代に行われたインタビュー記事と差し替えられたのが、去年発売されたこの新書版。
この削除した部分に、公文書隠蔽に対する厳しい指摘があったことで、何かと物議を読んだのは記憶にありましたが、読んでみるとそれほどの作為は感じられませんでした。
8年前の野党時代に書かれた本を、内閣総理大臣に就任するタイミングで、加筆修正をして、再発売するわけですから、そこに「民主党批判」がまだ残っているのは確かに違和感があります。
それをインタビュー記事と差し替えたのは、本を売るための常識的判断の範囲という気がします。
そこに、ことさら突っ込むのも正直いかがなものかというのが感想。
最も、このスポットライトが当たるタイミングで出版するなら、そんな古い時代の本を引っ張り出してこないで、ちゃんと書き下ろせば、そんなつまらないケチもつけられなかったろうにとも思います。
本書も、本人が書いたものか、ゴーストライターが書いたものかは定かではありませんが、元々、この方は、政策や自らのビジョンを雄弁に語るタイプの政治家ではないので、せっかくの「売れるチャンス」を逃す手はないとばかり、今回の旧作焼き直し出版ということになったのでしょう。
ただ、読了してみると、自分が「あれしたこれした」という自慢話があまりに多かったので、少々辟易しました。
政治家の本ですから、多少はやむを得ないのかなという気もしますが、田中角栄の「日本列島改造論」などに比べたら、主張することのスケールがやたら小さくて苦笑い。
人というものは、その成功体験に人生を大きく左右されると言います。
菅氏も、その例にもれないようです。
現在の彼の政策に大きく影響を与えた彼の成功体験は二つ。
一つは、東京湾アクアラインETC割引の実現。
その莫大な工事費用を捻出するため、当初このアクアラインの通行料は4000円程度に設定されていました。
しかし、この高額通行料のため利用者がいません。
そこで、彼は国交相に、料金値下げを掛け合います。
ETCでのテストを経て、その通行料が、現行の2000円程度になると、利用者が一気に急増。
結果、東京湾アクアラインの売り上げは、大きく跳ね上がりました。
この庶民の金銭感覚をくすぐる政策の成功に味をしめた菅氏は、後の総務大臣時代に、NHKの基本料金値下げにも手をつけ、メデイア統制のスキルも身につけつつ、この「値下げポピュリズム」を操る技を磨いていきます。
彼が推し進めた「ふるさと納税」も、庶民のお得感を上手にくすぐるという意味では、この路線に通じる政策でしょう。
そして、これが内閣総理大臣になってから打ち出した携帯料金値下げ政策へとつながってくるわけです。
そして、もう一つが、「天下の宝刀人事権」。
本書の第一部のタイトルが、そのものズバリの「官僚を動かせ」ということからもわかるように、ある意味では、この人の政治家として身につけてきたことの、かなり大きな部分を占めるのがこれなのでしょう。
人事権は、大臣に与えられた大きな権限です。
その人事によって、大臣の目指す政治的ベクトルが、多くを説明しなくても、組織内にメッセージとして伝わるとした上で、菅氏はこう言い切っています。
「とりわけ官僚は、人事に敏感で、そこから大臣の意思を鋭く察知します。」
要するに、その人事により、官僚たちを「勘繰らせる」ことによって、こちらの手は汚さずに、政治の流れを作っていくという賢い手法です。
官僚たちの優秀さを逆手に取ったこの忖度システムに、菅氏は絶対の自信を持っているようです。
それが証拠に、彼は本書で、その手口を惜しげもなく、自信満々に披露しています。
簡単に言えば、政治家としての彼の手の内を堂々と明かしているわけです。
かつての民主党政権は、政治主導という御旗を掲げて政権運営に乗り出しましたが、これに反発する官僚たちのサボタージュにあってあえなく3年間で撃沈したのは、記憶に新しいところ。
これを横目でニヤニヤ見ていた菅氏は、政権を取り戻してからは、着実に内閣人事局を設立。
それをしっかり掌握することで、忖度政治を軌道に乗せ、官僚たちを自らのコントロール下に置くことに成功したのは今や周知の事実。
これが、安倍政権から、菅政権に連綿とつながる、政権運営の基盤になっています。
この成功体験こそ、政治家・菅義偉のまさに本質を形成することになっていると言える気がします。
この人は、どうやら政治家としての大きなビジョンや、イデオロギーには、興味がなさそうです。
一応「とりあえず」のことは発言していますが、その軸足に体重は乗っていません。
あくまで、「行政」を牛耳ることこそが、この人にとっての政治の全てなのだということは本書からも十分に伝わってきます。
しかし、この忖度政治によって、この人の政権の周囲には、「まともな進言」をする常識的で優秀な官僚は消え失せ、いつの間にかイエスマンしかいなくなりました。
この官僚の劣化こそ、今の日本にとっては致命的な大問題です。
経済、文化、教育、政治の全てにおいて、日本が国際社会の中で際限なく低迷していく最大の原因になっていることを考えると、この人にとっての「天下の宝刀」は、日本の将来にとっては何のプラスにもなっていないことを痛感します。
いよいよ7月に入りました。
コロナ・パンデミック下での無謀なオリンピック開催まで、あと20日あまり。
日本国民も、閣僚たちも、天皇陛下も「中止」を進言している中で、一切の聞く耳を持たず、ただひたすら一人、この暴挙に向かって猛進している菅総理。
何を考えているのか理解に苦しむだけですが、もちろん「覚悟」はできているんですよね?
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