ミステリー作家のキャラも変われば変わるものです。
例えば、古今東西の有名推理作家の写真を並べたときに、横溝正史、松本清張などの苦虫をつぶしたようないかにもミステリー作家然とした顔の横に、雨穴氏の写真が並んだとしたら、その違和感たるや、単なるギャグを通り越して、むしろホラーかもしれません。
しかし、この方が一流の推理小説作家であることは間違いのないところ。
ご自分で演じているこのキャラも十分に計算した上で、彼がその作品世界を構築していることは明白です。
ドキュメンタリー手法を巧みに活用されてはいますが、雨穴氏は純然たるフィクション作家。
だとすれば、各メディアをフル活用した、雨穴氏の戦略は見事です。
外国人記者クラブの記者会見にも堂々とあの姿で登場。
フリップを使って自己紹介した自身の職業紹介は以下の通りでした。
YouTuber 、web ライター、Photo Booth プロデューサー、画家、小説家。
一つのアイデアを、これらのメディアを通して、一つの作品にしていくという彼独特のスタイルは、原稿用紙に向かって万年筆を握り、頭をガリガリと描きながらミステリー世界を構築していた一世代前の推理作家たちと比べれば、今昔の感に堪えません。
雨穴氏の小説家としてのデビュー作「変な家」は、去年読ませていただきました。
読書レビューは本ブログにも書かせていただきましたので、是非お読みになってください。
本作は氏による2作目のメディア・ミックス・ミステリー。
家の設計図に続いて、氏が目を付けたのはスケッチです。
一見なんの変哲もないように見えるスケッチを、よくよく見ると・・・
このあたり、「家」が「絵」に代わっているだけで、雨穴氏の着眼点は同じように、日常のさりげない視点からスタートしており、この点は変わりません。
『変な絵』は、大学生の佐々木修平とオカルトサークルの後輩・栗原が、不穏なブログ「七篠レン 心の日記」に投稿された絵を手掛かりに謎を追うところから始まります。
この冒頭部分は、そのまま雨穴氏のYouTube動画で配信されていますね。
栗原は、この日記のどこに不穏なものを感じ取ったのか?
このブログは、レンとその妻ユキちゃんとの新婚日記の体でつづられていきます。
やがてユキちゃんは妊娠。二人は喜びの絶頂です。
それから、子供が生まれるまでに、元イラストレーターだったというユキちゃんの描いた5枚のスケッチが登場します。
そして、そのスケッチには、不思議なナンバリングが・・
いよいよ出産が近づいたある日、突然ブログの更新は途絶えます。
そして、それから一か月後に、突然更新されたブログの内容は驚くべきものでした。
逆子であったため出産は難産となり、子供は何とか無事に生まれたもののユキちゃんは死亡。
そして、その三年後、ユキちゃんの残したスケッチの謎を理解したレンの驚くべき告白で、ブログは終了します。
このスケッチに託された謎というのは、本書を読むか、動画を見てもらうしかないのですが、これは物語のほんの序章にしか過ぎません。
雨穴氏は、絵を描く際に「最後に読者に衝撃を与える仕掛け」をまず考えていますね。
そして、それを実現するためのプロセスを逆算してこの謎を構築していると思われます。
最終的な驚きのシーンを念頭に置きながら、どのような絵を仕込むか試行錯誤しながらトリックを組み立てています。
紙に下書きをしながらアイデアを練り、物語内では、登場人物たちが描いた絵や写真を巧みに加工させて、現実感を持たせるための工夫も巧みに取り入れられています。
その為の伏線として、ユキちゃんが元イラストレーターだったという設定も心憎いばかり。
本作の基本プロットは、自身が創作した動画が出発点になっているようです。
雨穴氏はYouTubeで「消えていくカナの日記」という動画を制作し、その反響を受けて本作のアイデアを膨らませたようです。
この動画では、女性が描いた絵や図形に隠された意味がテーマとなっており、それが『変な絵』にも反映されています。
この動画は、まだYouTube動画にアップされているので是非確認されたし。
物語は、「ケント」という男性が「カナ」という女性との日常を綴るブログを中心に展開します。
ブログにはカナが描いた絵や二人の生活が記録されていきますが、次第に不穏な要素が浮かび上がります。
カナの絵は最初は美しいものでしたが、徐々に崩れたものになってゆき、読む者に、彼女の精神が崩壊していく過程を想起させます。
しかし、そこにはカナからの驚くべきメッセージが・・
このフィクションを構築するために、引き合いに出される架空の事件や、架空のテキストもまた超リアル。
見るものは、完全に雨穴氏のサイコホラー的なミステリー・ワールドへ引きずり込まれてしまいます。
彼が視聴者に与えるショックは、いわゆるジャンプスケアではありません。
何気ないものが、その真相を知ることで、全く別のものに見えてくるというかなり技巧的なホラーです。
「キャーッ!」ではなく「ゾゾゾ」という恐怖ですね。
彼をホラー作家と紹介する方もいるようですが、少なくとも僕が見た範囲では、著作でも動画でも、彼の作品に心霊現象を扱ったものはありません。
彼の動画は「意味が分かると怖い話(意味怖)」の要素を多く含み、あくまでも日常生活に潜む不気味さや違和感をテーマにしています。
そして、動画にはフィクションでありながら、練り上げられたドキュメンタリー風の演出がされています。
これにより、現実と虚構の境界が曖昧になり、視聴者にさらなる不安感を与えるという仕掛けになっています。
その意味では、「呪いのビデオ」や「心霊写真」のように、異次元のモンスターたちの手を借りて怖がらせるというレベルの作品群とは明らかに一線を画します。
彼の作品の恐怖を生み出すのは、明らかに雨穴氏のストーリーテラーとしての才能でしょう。
本作は、一章ごとに完結する短編形式で構成されており、読者が途中で飽きずに読み進められるように工夫されています。
また、一見無関係なチャプター同士が全体としてつながるフラクタル構造になっており、最後に全体像が明らかになる仕組みが実にテクニカル。
章ごとに主人公が変わっていくのですが、それがグルリと一周して、ちゃんと振出しに戻るという構成が実に鮮やかでした。
前作「変な家」を世界初の不動産ミステリーと呼ぶのだとしたら、本作は世界初のスケッチ・ミステリーというところでしょうか。
本作に紹介される9枚のスケッチは、どれも挿絵ではありませんので、心してご鑑賞ください。
どの一枚も登場人物たちと肩を並べるべき存在で、あくまでもミステリー構築のための小道具として使用されます。
こういうミステリー小説を読ませてもらうと、ミステリーにはまだまだいろいろな可能性があるもんだと嬉しくなってしまいますね。
これだけ本格的なミステリーを書くのに、雨穴氏自身は、あの奇抜なキャラクター造形を嬉々として楽しんでいるかのよう。
オールド・ミステリー・ファンとしては、どうにも煙に巻かれてしまいます。
でも彼の作品をギャグだという意見は、ウケツけません。
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