北陸の景勝地に国定公園「能登金剛」があります。
この公園内にある名物スポット「ヤセの断崖」が、先日の能登半島地震で崩落してしまったそうです。
日本海の荒波に削られた「ヤセの断崖」は、海面からの高さが35メートルの絶景。
この場所、実は1999年に、北陸へ旅行した際に訪れたことがあります。
当時、断崖には、柵がしてあり、崖の下は、のぞき込むことができませんでした。
注意書きにも「てすりを飛び越えての事故については、一切の責任は、負いかねます。」なんて書かれていましたね。
ここは、知る人ぞ知る知る自殺の名所。
立て札の中には、自殺を思いとどませるような俳句がいくつもありました。
「思い出せあの日あの時親のこと」
「遊歩道引き返すこともまた人生」
なんかこれですと、この場所が「自殺の名所」であることを、面白がって宣伝しているようにも読めてしまって、本当にその気で来ている人の自殺を思いとどませる効果はないように思いましたね。
もっと事務的に、「転落者多し。県条例○○により、立入り禁止」見たいな方が、案外効果があるかもしれません。
さて、このヤセの断崖で、映画のクライマックスシーンをロケした映画が「ゼロの焦点」(1961年、野村芳太郎監督)です。
原作は、もちろん松本 清張 。
映画化にあたっては、橋本忍と、当時彼に師事していた山田洋次が脚本を執筆。
撮影は、川又昴。
後に『砂の器』(1974年)を作ることになる強力スタッフが集結して製作されました。
この作品、「社会派ミステリー」というカテゴリーでくくられるのでしょうが、本質的には「女性映画」といえましょう。
演技を競ったのは、三人の女優。
久我美子は、初々しさと芯の強さを同居させたヒロインを好演して、与えられた役をきっちりとこなしていました。
それから、東映ではお姫さま女優であった高千穂ひづるが、演技開眼し本作でブルーリボン主演女優賞を受賞。
この映画では確かに、熱演しておりましたが、それが裏目に出た感があり。
ストーリーとは関係なく、「犯人」だと予想がついてしまいました。
そしてもう一人。女の愛らしさと悲しさを秘めた役柄を好演した有馬稲子。
映画が、冒頭で述べたヤセの断崖でのクライマックスシーンまでは、彼女の出番、ほんの数カットしかなく、これだけの大女優をもったいない使い方するんだなあと思っていたら、その後の殺人犯の告白の回想シーンに、ちゃんと見せ場が用意されていました。
これが、なかなか泣かせる名演技。結局、主演の久我美子をくってしまいました。
この三人の女優の対決は、僕の判定では、有馬稲子に軍配ですね。
しかし、なんといっても、この映画の「真」の主役は、やはり、川又昴のすばらしいカメラワークといっていいでしょう。
暗い北陸の垂れ込めた空と、うねる日本海、能登の断崖を背景に過去を背負って生きる人間の業を、鮮やかにモノクロームのフレームの中に切り取り、松本 清張の世界を、見事に映像化しています。
そして、この映像ときっちりペアリングした芥川也寸志の重い音楽も、またすばらしく、随所で効果を上げています。
この映画を観て、「ヤセの断崖」から飛び降りた女性がいたことに心を痛めた、松本 清張は、自費でこの地に「歌碑」を立てました。
そこにはこんな歌が刻まれています。
「雲たれて ひとりたけれる荒波を かなしと思へり能登の初旅」
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