WOWOWで録画した映画を見ました。
2004年ハリウッド製作の「デイ・アフター・トゥモロー」。
監督は、ローランド・エメリッヒ。
最新VFXとセットの融合が作りだす迫力満点のスペクタクル映像が、説得力を持って迫ってきます。
ニューヨークをザバーンと襲う巨大津波。
ビルを飲み込み、車を吹き飛ばすハリケーン。
ニューヨークをミシミシ覆い隠す氷河。
言葉で説明してしまえば、あまりに簡単で、それまでですが、それをきっちり映像にすると、かくもインパクトがあるのかのというのが本作の見どころ。
特撮オタクの僕は、日本の誇る特撮映画は、ほとんど見てまいりましたが、その中で表現されるスペクタクル・シーンは、子供心に、スゴイとは思いつつも、やはりどこかで「造り物」なんだという覚めた目で見ていました。
日本映画の特撮は、その一つ一つのカットが、セットとミニチュアによる「手作り」なわけですから、それはまさにそうでしょう。
しかし、それに、最新VFX技術と、確かな科学考証が加わると、そのリアリティは、かくも跳ね上がるのかというのがこの映画の映像。
映画の中には、この手の映画では設定しがちな、ありえないほどストイックで自己犠牲的なヒーローや、「死ぬしかないだろう」といわんばかりのエゴ露出オーバーの権力者といったステレオタイプのキャラクターがまずもって登場いたしません。
大自然の猛威の前には、右往左往するしかない等身大の人たちの健気なサバイバルを、静かに俯瞰で見守るというのがこの映画の基本的なスタンス。
この作り方が、この映画の主役である「スペクタクル映像」を、より効果的に引き立たせたといっていいでしょう。
そこで思い出すのが、1972年の元祖パニック映画「ポセイドン・アドベンチャー」
あの映画では、そこに留まらず、船底に向かって、積極的に移動した人たちが、最終的には「神の加護」を獲得できますが、この映画では、それがまったくの逆。
雪と氷に閉ざされたた図書館に留まって、暖をとりながら「待つ」選択をした人たちが助かり、果敢に移動していった人たちが、全員凍死というシナリオを用意しました。
「深読み」はあえて避けますが、ここには、30年の時代の流れをかんじますね。
この大パニックの犯人を、映画では「地球温暖化」にしています。
地球温暖化といえば、京都議定書。
製作サイドが、これに配慮したのか、映画の中には、唐突に、日本でのパニックシーンが登場。
同様に、スウェーデンのパニックシーンも挿入されていましたので、これは「温暖化」に対する意識が高い国としてリスペクトされたものかもしれません。
しかし、これにはちょっとニヤリ。
ニューヨークのシーンでは、宣伝スチールにもあるように、「自由の女神」を効果的に画面に取り入れていたました。
「自由の女神」とくれば、思い出すのが、あのSF映画のクラシック「猿の惑星」のラスト。
エメリッヒ監督の描いたイメージの中には、おそらく、「猿の惑星」が強烈にあったと想像いたします。
人間様の傲慢とエゴが、そろそろ、おしおきを食らってもおかしくはないぞと誰もが思い始めている昨今。
21世紀最初のパニック映画は、それを見事に映像にしてくれたといってよいのでしょう。
地球温暖化。天変地異。何が起こってもおかしくない地球。
ふと外をみれば、満開を過ぎて、緑もチラホラと混じりだした桜の花弁の上に、昨夜から降り出した雪が静かに積もっています・・・
4月半ばですよ。
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