「地震発生から本日で1週間が経過をいたしました。
亡くなられた皆さん、そして御家族の皆さんに心からのお悔やみを申し上げます。
また、被災され家族が行方不明である皆さんに対しても、本当に御心配のことと心からのお見舞いを申し上げます。」
共同記者関係での管総理大臣のメッセージ。
震災発生以来、管総理大臣をはじめ、政府関係者は多忙を極めていた。
管総理は、記者会見を終えると、首相官邸に戻った。
但し、ここにいられるのも小1時間。
防衛大学校でのスピーチの確認をした後は、被災地である宮城県石巻市の視察に向かわなければならない。
この未曾有の災害が、自分の総理在職時に発生したということは何かの運命だ。
今ここでの自分の対応は、よきにつけ悪しきにつけ、後々まで語られることになる。
自分が、歴史に名を残す総理大臣になれるかどうか。
これは試練でもあり、チャンスでもあった。
総理のテンションは、いやが上でもあがる。
しかし、震災以来の疲労は、極度に達していた。
内閣総理大臣執務室は、静かだった。
机に座って原稿のチェックをしている総理。
部屋には、若手の秘書以外、誰もいない。
「総理。お疲れではないですか。」
「大丈夫だ。」
原稿から、目を離さずに総理が答えた。
「今、コーヒーをお入れします。」
「ありがとう。」
総理のデスクの横に、コーヒーを置きながら秘書がいった。
「しかし、報道関係はあいかわらず、勝手なことばかり言ってますよね。
そりゃ、今の日本では、震災対策は、最優先事項ですから、それはわかりますが、政府がやらなければいけない仕事はそれだけじゃないですからね。」
総理は、一瞬秘書を見たが、すぐに視線を原稿に戻す。
「大連立のことか。」
「はい。もう震災以外のことをちょっとでも言おうものなら、すぐに空気をわかっていないみたいな言い方をしてきます。野党も報道関係も。」
「・・・・」
「自民党の連中なんて、こんなに時でも、総理のアラを探して、あわよくば、政権を取り戻すことしか考えてない。
まったく、空気を読んでいないのは、どっちだという話ですよ。」
総理は、原稿を置き、ゆっくりとコーヒーを飲みながら、秘書の言うことを聞いていた。
「外国のメディアなんかひどいものですよ。
まるで、枝野官房長官だけが、奮闘していて、総理は、バタバタしているだけなんて、失礼極まることを書いています。
日本の総理大臣は、枝野官房長官だと勘違いしている人もいるなんて、とんでもない話です。
ひどいもんですよ。まったく。
対応の甘い東電に怒鳴ったのは総理じゃないですか。
それを、総理の品格がどうとかこうとか。
まったく好きなこと言ってますよ。
わかってるんですかね。
確かに、枝野さんは、睡眠時間も削って、記者会見に対応していますが、ずっと永田町です。総理は、日本全国飛び回っているのに。
それに、ほとんど寝ていないのは総理も一緒です。
総理だけじゃない。みんなそうです。
こんな時に、ノンビリと胡坐をかいて、ボーッとしている政治家なんていやしませんよ。」
秘書は、いつのまにか、熱くなっている自分に気がついてハッとした。
「あ、すいません。お仕事のお邪魔をしてしまいまして。」
総理は、そんな秘書の話を聞きながら、コーヒー片手に、机を離れ、官邸の庭から見える、桜の木の蕾をながめている。
「マスコミの連中は、こういう時でも、自分たちが書きたいようにしか書きません。
政府がこれだけ不眠不休でがんばっていても、疲れて、移動中にコックリしているような写真ばかり撮りたがるんですよ。総理もお気をつけにならないと。
まったく、油断もスキもあったもんじゃない。
こんなに働く政府なんて、世界中のどこの国へ行ったって、いやしませんよ。
それに・・・」
話が止まらなくなっている秘書を総理が制した。
総理は、このエラく饒舌な秘書の顔を、しばらくじっと見てこういった。
「すまないが・・」
「はい。」
「ちょっと5分。一人にしてくれないかね。ちょっと家に電話もしたいのだが・・」
「あ、はい。わかりました。
離れるなと言われているのですが、では、隣の部屋で待機しておりますので、お呼び下さい。」
秘書はそういうと、総理の飲み終えたコーヒーカップを持って隣室に下がった。
管総理は、秘書が離れたのを確認すると、桜の木の見える窓のカーテンをゆっくりと閉め、再び机に戻る。
そして、スピーチの原稿を横に置くと、両手をおもいきり広げ、続けて二度大アクビ。
誰もいないのはわかっていても、思わずあたりを見渡してしまった。
総理はゆっくり席を立つと、扉の向こうにいる秘書に向かっていった。
「よし、戻ってきてくれ。」
震災発生から、一週間が過ぎていた。
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