「あのさあ。なんとか、満タンにしてくれないかなあ。」
柳川信二は、震災一週間後の、埼玉県内のガソリンスタンドの給油渋滞に5時間も並び、やっと給油ができた。
一人一回20ℓまでという、スタンドの店員に食い下がっていた。
「ちょっと、これ見てよ。マスクやトイレットペーパーや紙ナプキン。
これ、なんとか今日中に、茨城の被災地に届けなきゃいけないんだよ。
向こうじゃ待ってんだよ。わかるでしょ
20ℓじゃ、行ったって帰ってこれないでしょ。
あっちいったって、ガソリンスタンドなんかやってないんだからさあ。
こっちで満タンにしていくしかないでしょ。
なんとか入れてよ。満タン。」
年配のスタンド店員は、柳川のけんまくに困惑した顔を隠せないが、その後ろに並んでいる行列の運転手の顔をチラリとみて、首を横に振る。
「申し訳ありませんが。」
その横の列では、別の若い定員が、四葉マーク(高齢者運転標識)をつけた軽自動車に給油している。
「すいません。4リットルしかはいりませんね。」
顔を出して、店員にカードを渡す老婦人。
「あらそう。じゃあ、それでいいわ。」
呆れ顔で、レシートを取りに来た店員が、年配の店員にぼやいた。
「あの、おばあちゃん、昨日も今日も、それから一昨日もこの行列に並んでるんですよ。
燃料なんか全然減ってないのに。
よく、これっぽっち給油するために、この行列に並びますよね。
よほど、ヒマなんですかね。
それに、あれ見てくださいよ。あれも毎日ですよ。
あれは、どこへいくんですかね。」
若い店員の指差した先の、老婦人の軽自動車の後部座席には、カップラーメンやトイレットペーパーが、ぎゅうぎゅうに押し込まれていた。
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