「お昼休みはウキウキウォッチン♪」
1982年からスタートした「笑っていいとも」が。3月31日で、グランドフィナーレを迎えた。
司会は、もちろんタモリ。
「生放送バラエティー番組 単独司会最多記録」は、ギネス認定だそうだ。
1982年といえば、僕がちょうど大学を卒業した年であるから、
やはり時の流れを感じる。
グランドフィナーレには、歴代のレギュラーメンバーが一同に介して、
さながら同窓会の様相を呈していた。
さて、この番組がなんで、32年間も続けられてきたのか。
ちょっと、ここで考察してみることにする。
話が飛んで申し訳ありませんが、フランスの哲学者ロラン・バルトという人が、
1970年に発表した「表徴の帝国」という、日本文化を論じた著書の中で、
こういうことを言っています。
「日本は中心に穴が空いている社会だ。」
つまり、日本の社会には、その統合の中心に、空虚で底の抜けた人物がいる。
こうおっしゃるわけです。
ある種の組織を動かすしていこうと思うなら、その中心にいる人物は、基本的に
欲を持つことは許されない。
私利私欲を持つのは、人間として当たり前だとはわかってはいるが、
中核を担うものが私利私欲を持つと、集団は機能しない。
集団の中心にいるものは、他の人々と、外部を仲介したり、
人々同士を、繋ぎ合わせることだけを任務とする。
まったくの無欲で、意識して自我を持たないと決めている。
バルトは、その象徴として、天皇制を上げているわけですが、これが、この長寿番組
「笑っていいとも」にそのまま当てはまる気がするのである。
つまり、この番組の中心に、タモリは、32年間いつづけたわけだが、
徹底的に、彼は中心の「穴」に徹していたなという気がするのである。
この番組でのタモリは、まずもってほとんど無欲だった。
番組の視聴率をアップさせようだとか、自分の芸をもっと見てもらいたいとか、
もっと売れたいだとか、もっと稼ぎたいだとか、
タモリからは、そんな「欲」は一切感じられなかった。
それが、中心の「穴」となる人物の絶対条件だ。
むしろ、「欲」を感じたのは、この番組のレギュラー陣たち。
タモリは、そんな彼等の間にいて、まるで空気のように、かれらを「繋げる」ことだけに
徹していた。
そこにはあるのは、ある種のたおやかさ、優しさ、そして、とびきりの包容力。
それを徹底して持った人の周囲にいる人は、ほとんど無条件でなびいてしまう。
これが、32年間続いた「笑っていいとも」のコアの部分にあったという気がする。
タモリがいたおかげで、この番組のレギュラー陣が、共通の意識を共有して、
タモリを中核にした、「笑っていいとも」ワールドを形成してきたわけだ。
つまり、タモリは、いろいろとバラエティに富んだタレントたちのすべてを
統合する「繋ぎ目」だったということになる。
長く続く番組ほど、司会者は、自分の「欲」を殺し、徹底的に、周囲をたてる。
イケイケドンドンが多い芸能界の中に入って、タモリのスタンスは、完全にウケ。
彼は、番組の中心にいて、その周囲にいるタレントたちが、ぶつかり合わないように
クッションの役目を果たしていた。
それがタモリの真骨頂だといえよう。
32年間、お疲れ様でした !
そして、これが最後の「明日も見てくれるかな!!」 「いいとも~」
コメント