1973年に制作された東映作品。
主演は、やくざ映画の2枚看板である、高倉健と菅原文太。
この映画は、高倉健の映画としては記録的な大ヒットとなりました。
僕は、実はリアルタイムで見たやくざ映画といえば、「仁義なき戦い」シリーズのみ。
この映画は、そのシリーズに続く、東映実録シリーズのスタートになった作品。
モデルになったのは、実存の暴力団組織「山口組」の田岡組長。
そして、この映画を語るうえで、絶対に外せないのが当時の東映の社長であった岡田茂という人物。
いろいろリサーチしてみると、とにかくこの社長がちょっとすごい人物でした。
凄いというのは、この人まるで映画の中の田岡組長のキャラクターと思い切りかぶってくる強烈な親分肌の人なんですね。
まずは、この映画の製作が決まったのが、この人のツルの一声。
「よっしゃ、日本でも『ゴッドファザー』みたいな映画を作ろう、モデルにするなら山口組しかないな。」
こんな威勢のいい言葉が出たのも、実はこの岡田社長と田岡組長が、旧知の中だったからに他ならない。
芸術性もモラルも、へったくれもない。
我々活動屋は、お客が入る映画を作ってなんぼ。
とにかく観客を動員できる映画作りがモットーという根っからの活動屋。
早速、田岡組長と話をつけ、この映画の製作が決まった。
原作はもちろん、田岡組長自身の自伝。
もちろん、山口組の全面協力のもとに、迫力ある実録やくざ映画は制作され、記録的な大ヒットになった。
「宣伝らしいことはなにもしないで、あんなにバカ当たりした映画は初めて」
これは岡田社長の言葉。
さあ、そしてここからがさらに面白い。
この映画の大当たりに苦虫を潰したていたのが実は、警察当局。
当然ヤクザ礼賛の映画がこれだけヒットすることを、警察が快く思ったはずがない。
警察は、東映に次第にプレッシャーをかけてゆき、しまいに、それは岡田社長の事情徴収にまで発展する。
しかし、警察当局を相手に回しても、この岡田社長という人は、けしてひるまない。
かくして、映画さながらの、警察隊東映の戦いが始まるわけである。
ところがである。
警察と戦っていても、この人の活動屋魂はなりを潜めない。
この警察のプレッシャーに、怒り心頭に達した岡田社長は、プロデューサーを呼び出してこう言い放つ。
それは・・・
次回へ続く。
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