三日間、山形県の飯豊町に行ってきました。
短期農業研修です。
毎月、月の初めの「マイナビ就農フェスタ」には、顔を出すようにしているのですが、そこにブースを出していたのが飯豊町。
ちなみに、飯豊町と書いて、イイデマチと読ませます。
まず、ゆかりのある人以外は、読めないと思われますので、念のため。
就農フェスタは、すでに定年退職後、4回参加しておりますが、60歳過ぎた老人には、なかなか肩身が狭いところ。
それでも、なんとか農業で仕事を見つけないといけない身なので、セッセと通い、いまや常連。
飯豊町も、先月そこにブースを出していました。
10月にお邪魔した、長井市は、実は飯豊町の直ぐ隣。
別に狙ったわけではなく、話を聞いたら、たまたま隣だったんですね。
よほど、山形県に縁があるのでしょうか。
ブースで待ち構えていたのは、飯豊町の農林振興課のお二人。
大谷部さんと佐藤さん。
当日は、ブースに3人しか来なかったと、後で聞きましたが、新規就農しても補助の対象にはなりにくい老人でも、快く農業研修を承知してくれましたので、今回出かけることにしました。
スケジュールは、3日から5日まで。
しかし、若い佐藤さんは、新婚旅行で不在でしたので、室長の大谷部さん自ら、お忙しい中、3日間案内してくれました。
飯豊村には、鉄道であれば、米沢から、米坂線で向かいますが、本数がないということで、わざわざ新幹線の「赤湯」駅まで、お出迎え。
昼食後、まずは飯豊村が一望できる「ふるさと展望台」に登りました。
ご覧のように、眼下に広がる農地のほとんどは水田。
ここ飯豊は、お米の産地です。
ブランド米は、「つや姫」。
その広い農地の間に点在する民家、そしてその周りを囲む屋敷林。
これが「散居集落」という飯豊町独特の景色です。
豪雪地帯の飯豊町。
日本海から吹きつけてくる地吹雪のような季節風が、収穫を終え、吹きさらしになった田んぼにやってきます。
そこにポツンと立つ家を守るために植えられたのが屋敷林。
秋に稲刈りが終わると、長く伸びたススキを切り取って、屋敷林を補強した木材にくくりつけ、強風から家を守る風除けにします。
「かざらい」というのだそうです。
もう、この時期は、どの家も、冬の準備は万全でした。
そして、この人間の手作りの自然に、いろいろな生き物たちも集まってきます。
狸もくるそうです。
自然と人の暮らしが、そのまま絶景になっている飯豊町の里山の原風景。
「日本で一番美しい村」を、しばし、高台から眺めて、農業研修先へ。
こちらは、昭和50年に建てられたという飯豊町の役場。
古い割には、なかなかモダンな建物です。
途中、「道の駅めざみの里」にも寄ってもらいました。
商店の少ない飯豊町では、ショッピングセンター代わりにもなっています。
野菜の直売所もあり、まずは地元の野菜のチェック。
ちなみに、「めざみ」というのは、地元の方言かと思いきや、そうではないそうです。
語源は、フランス語のMESAMIESで、親しい友達・仲間達の意味。
この「めざみ」というタイトルの、地元イメージソングがあるとのこと。
山形県南西部に位置する飯豊町は、南北に長い村です。
人口が多いのは、北部。
南へ行くほど、山間部の過疎村落になっていきます。
その「秘境」中津川地区にあるのが、(有)中津川エフエフ。
中津川というと、僕らの世代は、すぐに中津川フォークジャンボリーを思い出してしまいますが、その中津川とは違う中津川だそうです。
あちらの中津川は、岐阜県でした。
(有)中津川エフエフは、この地区で、苺やジャガイモ、米、わさび菜などを栽培している農家法人。
この日は、収穫したジャガイモの選別作業のお手伝いをさせていただきました。
去年収穫のジャガイモの後片付けをしたのは、「雪室」と言われる雪国ならではの天然の冷蔵倉庫。
ここに米や野菜を貯蔵しておくと、でんぷんの糖化で、甘くなるのだそうです。
去年収穫のジャガイモには、芽が生えてきていました。
廃棄とおっしゃっていましたが、選別すれば、種芋に使えるものもあるそうです。
さて、選別作業は、また違う倉庫。
廃業していく農家が、残していったものを有効利用しているとのこと。
林道になにやら人影と思ったら、野生の猿が普通に散歩していました。
さて、選別作業。
選別作業は、機械化されています。
こういう作業は、素人農家ではやることのない作業でしたので、勉強させていただきました。
写真が、ピンポケで申し訳ない。
会社で、ジャガイモ担当は鈴木さん。女性の方です。
彼女が傷や不良をチェックした、ジャガイモがベルトコンベアに乗ります。
そのジャガイモの土がブラシで落とされた後に、選別機へ。
センサーには、重量が設定されていて、一個一個の重さによって仕分けされ、それぞれの箱の中に流れる仕組みです。
サイズは、S,M,ML,L,2Lそして、規格外に分けられていました。
ちなみに、大きいサイズが高く売れるのかと思いきや、実は、Mサイズが一番高く売れるとのこと。
ジャガイモの品種といえば、「メイクイーン」「きたあかり」などありますが、どの品種も栽培しているのこと。
今回選別したのは、「男爵いも」でした。
他のメンバーが担当しているのは、「わさび菜」だそうです。
この野菜は、聞いたことがありませんでした。
ギザギザのプリーツ状の葉っぱで、食べると爽やかな辛みが特徴的とのこと。
ちょうど今が旬だそうです。
さて、午後いっぱい手伝わせていただいて、この日宿泊の農家民宿「ごえもん」へ。
前回の長井市の研修での宿泊は、県営の定住促進用アパートでしたが、今回は、地元の方の生の話がお聞きしたかったため、役場の方には、「農家民宿」を希望していました。
「ごえもん」は、中津川地区にある農家民宿。
このあたりには、農家民宿が点在していて、日本の農村文化に触れたいという観光客には評判のエリア。
外国人観光客も多いそうです。
びっくりしたのは、このあたりの農家民宿が、LINEのグループでつながっていること。
70歳を過ぎたお婆ちゃんたちが、iPadを駆使して、コミュニケーションしているんですね。
この日、「ごえもん」に宿泊した、埼玉県から来た怪しげな新規就農希望者の情報は、その夜のうちに、グループで共有されていました。
支払いの方も、PayPayなどに対応。
限界集落になろうかという地域を、元気な老人たちが支えていました。
「ごえもん」は、バリアフリーにも対応した民宿。
二階に上がるためのエレベーターまで完備されています。
ご主人は、暖房用の木材チップ「ペレット」を作る会社の社長さん。
民宿の方は、元気で明るいお母さんが切り盛り。
民宿を始めてから10年ということでしたが、「農村留学」のホスト農家として、埼玉県からの子供達などを受け入れていたそうです。
リビングには、子供たちからの手紙が、大切そうに飾られていました。
夕食は、お母さんの手作り田舎料理。
農家民宿のいいところは、ご夫婦と一緒に食事ができること。
食後は、デザートをいただきながら、いろいろと貴重なお話を聞かせていただきました。
そのうち、二人がそれぞれ自分のiPadを取り出してなにやら。
お母さんが、LINEで、近所の五十嵐さんと「おしゃべり」を始めたその横で、ご主人は、囲碁のゲーム。
時々、Google のアレクサに向かって「明日の天気は?」などと聞いています。
購入はもちろんAmazonでしょう。
近くには、郵便局以外はないような集落ですが、通信販売の宅配は、よほどの雪でもない限り、町同様、2〜3日で届くのだそうです。
ちなみに、中津川地区に向かう一本道は、冬季は完全除雪。
道の両側は、2mを越す雪の壁ができるそうですが、むしろ街中よりも走りやすいとのこと。
もちろん民宿内は、Wi-Fiも完備。
話は盛り上がり、先日行ったばかりのブータンの話になると、勉強熱心なお母さんは、しっかりとメモを始めます。
これがまた、明日からのLINEのコミュニケーションのネタになるのかもしれません。
飯豊町の秘境といわれている地域ですが、老人たちは皆んな元気です。
お母さんとは、しっかりとLINE友達になってきました。
さて、夜にはみぞれでしたが、朝起きてみると窓から見えるのは一面の雪景色。
今シーズン初めてみる雪です。
ニコニコしながらおりていくと、ご夫婦は顔色一つ変えず、「まだ序の口。これは、雪のうちに入らない。」とのこと。
朝食には、昨日お世話になった鈴木さんが届けてくれた「わさび菜」と「雪室じゃがいも」を、お母さんが、天ぷらと蒸し芋にして、メニューに加えてくれました。
一緒に朝食をとった後、のんきな関東人は、雪がうれしくてあたりを散歩。
豪華な食事で、カロリーは完全にオーバーしていたので、せっせと歩きました。
過疎化が進行する中津川地区。
人が住んでいる気配のない空き家もチラホラ。
人が住んでいる家では、家の周辺の木に「雪囲い」をして、冬の準備を終えています。
外に面しているサッシのガラスは、雪の重さで割れてしまうので、しっかりと補強木材でガード。
ひっそりとした中津川集落。
通勤時間帯ではありましたが、小一時間散歩した間に、動いている車を見たのは3台。
でも、移住希望者としては、中途半端な田舎よりも、自然に囲まれたこの「田舎の田舎」くらいの環境は、むしろ魅力的です。
但し、まだ年金をもらえるまでには3年あるので、就農もふくめて、暮らしが成立するかどうか。
野菜を作っても、それを売る直売所は、このあたりにはありません。
これが悩ましいところ。
小高い丘に登ればお社がひとつ。
目の前を流れる最上川の源流・白川のせせらぎが聞こえるだけの静かな朝。
雪はゆっくりと降り積もっていきます。
さて、二日目の農業研修は、街中に戻ります。
街中と言っても、広がるのは、稲刈りが終わった田んぼ。
中津川地区では、雪が降り始めていましたが、こちらはまだ雪はありません。
その田園風景の一角に、六棟のハウスを建てて、いろいろな野菜を栽培しているのが、八王子から移住してきて15年目という厚母さん。
今ちょうど、このハウスには、昨日の(有)中津川エフエフでも見かけた「わさび菜」がビッシリと栽培されています。
今がちょうど旬な野菜です。
この規模のハウス6棟を、厚母さんと、ツッチー青年の二人でやりくり。
わさび菜は、なかなか栽培効率が良い野菜で、この状態のわさび菜を、まだ短いものを2〜3本ずつ残しながら収穫。
すると、そこからまた茎が伸びてきて、1〜2ヶ月で、また収穫できるまでに育つのだそうです。
これが、4月くらいまで、4回転
100gで袋詰めされたものは、袋詰め、箱詰めされて出荷され、昨日の(有)中津川エフエフのわさび菜などと、一緒に積まれ、山形のわさび菜として出荷されます。
荷姿やパッケージは一緒ですが、箱に生産者コードが打たれているので、不良品があった場合には、生産者は特定されてクレームが伝えられる仕組み。
この日手伝わせてもらったのは、収穫したわさび菜の袋詰めと、箱詰め作業。
一袋100gのわさび菜を、20個入れて箱詰め。
この時期は、この作業をもくもくとやって、二人でできるのが40箱程度。
わさび菜一袋は、市場には単価50円程度で買い取ってもらえるということですので、一箱の値段は1000円。
つまり、一日の売り上げは、二人作業でざっくり40000円。
ここから経費、人件費など、諸々のコストが引かれたものが、一日の純利益ということになります。
やはり、農業で食っていくためには、このくらいの規模でやらないとビジネスにはならないといことはどうやら見えてきます。
わさび菜の季節が終わったら、次にハウスに植えられるのは、おかひじき。
これも名前しか聞いたことのない野菜ですが、すでに仕込みは進行中。
籾殻に入った状態のおかひじきの種が、フレコン一杯に入っていました。
厚母さんは、花卉栽培もやっていて、今仕込んであるのはペチュニア。
プロの農家となれば、自分の施設を遊ばせるわけにはいきません。
コストパフォーマンスや、市場の動向にアンテナを貼りながら、如何に商売になる農産物をチョイスするか。
好きな野菜を、好きなように栽培している家庭菜園の延長では、到底商売になりません。
ただ、地域の動向に合わせて、みんなと同じ野菜を作っていても、同時期に大量に収穫して出回れば、当然単価は値崩れします。
厚母さんではありませんが、ある農家の方が言っていました。
「野菜が、品薄になるタイミングに合わせて、如何に出荷できるか。それがプロの農家の腕の見せ所。」
確かに、儲かる農業を考えれば、その理屈は正解。
しかしそれでは、明らかに、野菜の旬を無視した作り方になります。
「おいしい野菜」を作るというのとは、また違う次元の話。
このあたりも、また悩ましいところです。
しかし、それでは、人間のコントロールをしない(というか単純に行き届かない)、我が畑の野菜たちはは、結果自然栽培的に好きなように育ってはいますが、果たして、本当に、市場に出回っているコントロールされた野菜よりも美味しいのか。
自分の作る野菜が美味しいと言いたいところですが、僕の舌では、そのあたりもかなり怪しい。
自然に近い状態で作られた野菜は美味しいと言われますが、考えてみれば、野菜の成り立ち自体が、そもそも自然ではありません。
自然の植物の中から、食べられるものを人間が選び出して、それをさらに食べやすいように改良してきたものが野菜です。
いってみれば、自然の中からみれば、野菜は植物の奇形児。
そもそもが、人が管理していなければ、自然の中では生きられない植物が野菜です。
それを考えれば、一概に人によるコントロールを否定できるものではありません。
これから、農業をしようというものとしては、このあたりの落とし所は、かなり悩ましいところ。
野菜に対して、有機野菜がよくて、慣行農法がよくないなどと単純に線を引いてしまうと、大事なところが見えなくなってくる恐れがあります。
野菜ソムリエの講師が言っていました。
「野菜に対する安全と、生活者の安心は本質的に違う次元の話。」
このあたりも、いろいろな農家の話を聞きながら、徐々に自分のスタイルを決めていきたいところです。
さて、二日目の夜は、ホテル。
ちょっと外観は、ホテルに見えないホテルでしたが、入ってみれば立派なホテルでした。
HOTEL SLOW VILLAGE。
中津川地区で降り出した雪は、こちらの街中では一日遅れ。
夕食は、是非米沢牛をということで、役場の大谷部さんと一緒に焼肉。
終わってからまだ仕事とのことでしたので、ビールで乾杯はできませんでしたが、とても美味しい肉をいただきました。
ご馳走様。
三日目は、飯豊町企画課・移住定住コンシェルジュの家財さんに、空き家バンクに登録されている空き家を見学させてもらいました。
女性の方です。
彼女は、「地域おこし協力隊」で、飯豊村に来ている方。
出身は熊本で、都内で教師をされていたそうです。
この飯豊町に来で、まだ半年。
3年間は役場で働いて、飯豊町に定住するとのこと。
前回、空き家見学ツアーでお邪魔した福島県の湯川村もそうでしたが、水稲農業が盛んな地域の空き家は、総じて皆大邸宅。
離れや蔵もあるようなお屋敷。
どう考えても、独り身では、管理の手が回りきりません。
値段をお聞きしても、貧乏老人にはちょっと届かない金額。
リフォームのことも考えれば、残念ながら、なかなかしっくりくる感じではありませんでした。
中津川地区で見かけた空き家の方が、サイズ的にはしっくりくるのですが、果たして、また人が住めるようにするのに、どれくらいの予算が必要か。
このあたりもまた悩ましいところです。
さて、三日間お世話になった飯豊町。
帰りは、米沢で会議があるという大谷部さんに、米沢駅まで送っていただきました。
本当にいろいろとお世話になりました。
そして、とても勉強になりました。
関東はカラッと乾燥した天気のようでしたが、山形では、すでにあちらこちらで雪。
初日にお邪魔した中津川地区では、もう相当積もっているようです。
気がつけば、駅のホームで、この雪を見ながら牛が吠えていました。
「もおおっ!」
農家民宿「ごえもん」のお母さんが、この地方の、こんな方言を教えてくれました。
「オショウシナ。」
(ありがとうございました)