「仮説」というと、偉そうですが、言いたいことは以下の2つです。
① 音楽創作の、才能的ピークは二十代である。
② 十代の頃にインプットされた音楽的嗜好が、その人の人生の音楽的嗜好を支配する。
まずひとつめ。
恥ずかしながら申し上げますと、僕もオリジナルの楽曲は、数十曲ほどもっています。
すべて、二十代後半までに作った曲です。
それ以降も、ギターを弾いてボロボロやったり、歌詞のフレーズを思いついたらメモしたりはしていましたが、曲として完成に至ったものはありません。
三十代前半までは、バンド活動もしていたのですが、演奏していたのは、いっちょまえに、すべて自分のオリジナル曲でした。
しかし、素人バンドの哀しさ。メンバーみんな、仕事の方も忙しくなってくるとバンドは自然消滅。
「また時間ができたらやろう」などと話してはいましたが、今は連絡もつかない状況。
さてそんな僕がいよいよ今年定年退職です。
さあ、老境にさしかかった今の自分に若い頃のようなあの楽曲を創作するエネルギーあるのか。
それではと、ギターを引っ張り出してきて、再び曲作りに挑戦しようなどとも思いましたが、アイデアやフレーズのピースはバラバラにあるものの、それを曲として編み上けでいくエネルギーがすでにありません。
予想はしていたものの、やはりショック。
ちょっとエンジンがかかっても、気がつけば、アレ?どこかで聞いたことのある曲だこりゃ、という感じです。
パクリと言われては心外ですので、やはりそこでストップ。
何度か、ジタバタしましたがその挑戦は、すぐに諦めました。
出来ないものはしょうがない。
60代以降になっても、音楽を創作している方はたくさんいらっしゃいますが、改めてたいしたものです。
敬意を表するとともに、こちらは素直にギブアップ。
さてそこで、ひとつめの仮説です。
「音楽の才能のピークは、二十代である。」
もちろん、三十代以降になったら、もう楽曲を作りは出来なくなると言っているのではありません。
あくまでもピークの話です。
音楽を生業にしている人たちの中には、もちろん、年齢に関係なく音楽を作り出している方はたくさんいます。
中には、二十代の頃よりも、三十代以降にいいものを作れるようになった人もいるかもしれない。
ただ、音楽を生業にしてきた人たちには、「経験値」というものが蓄積していきます。
いい楽曲を作り出すためのテクニックというものも、この経験値によって磨かれていきます。
もちろん、インプットされる音楽の総量も増えてくるでしょう。
でも、それは、いってみれば学習効果。
ここでいう「才能的ピーク」とはちょいと違う。
学習効果が、そのまま創作クォリティにつながるのなら、年を取ればとるほど良い曲が作れるという理屈になりますがそれは、残念ながら違う。
それから歌唱となると、これも話が違ってきます。
歌の表現力は、年を重ねることで、味が増すということがあります。
フランク・シナトラの「マイ・ウェイ」は、彼が60代になってから歌ったから、あれだけ深みがあります。
これを20代のアーチストが、どんなに上手に歌っても、やはり薄っぺらい。
ですから、表現の才能やスキルは、ここではちょっと別の話。
僕がここで言いたいのは、あくまで、創作に関する才能です。
一番わかりやすいのは、オリジナル楽曲中心のアーチストで、長いキャリアを持つアーティストの作品のクウォリティを、追いかけて見てみることでしょう。
僕の知っている限りの例をあげていきます。
まずは、ご存知ビートルズ。
彼らは、その全キャリアを、ほぼメンバーすべて20代の頃に駆け抜けていったバンドです。
彼らの創作能力の頂点と評されるのが、ご存知「SGT.PEPPER’S LONELY HEARTS CLUB BAND」
ロック史上燦然と輝く金字塔と誰もが口をそろえるこのアルバムは、メンバーが26歳から27歳頃の作品です。
メンバーは、解散後ソロになっても活躍していきますが、メンバーの誰をとっても、ビートルズ時代以上の輝きを放つまでには、残念ながら至りません。
僕の好みだけで申し訳ありませんが、サイモンとガーファンクルも同じ。
コンビのキャリアは、ビートルズ同様彼らの二十代に被ります。
ザ・ローリング・ストーンズ。
ロック界の大御所。今でもまだまだ元気で現役の彼ら。
ヒット曲も、ヒット・アルバムも目白押しの彼らですが、そのキャリアはどうか。
彼らの二十代最後のアルバムは、1973年の「山羊の頭のスープ」
あの名曲「アンジー」の入っているアルバムです。
翌年製作の「IT’S ONLY ROCKN ROLL」から、ミックもキースも三十代に突入していきますが、ライブ・パフォーマンスは考えないとして、楽曲のクォリティは、やはり二十代の頃の彼らのアルバムに軍配が上がると思いますが、いかがでしょう。
彼らの代表曲「サディスファクション」「ジャンピング・ジャック・フラッシュ」「ホンキートンク・ウィメン」すべて、二十代の頃の作品です。
ボヴ・ディランも、エルトン・ジョンも、ビリー・ジョエルも然り。
やはり、一番その才能が輝いていたピークは、二十代でした。
日本にいきましょう。
僕の好きなアーティストでは、佐野元春。
僕個人の見解では、彼の音楽的才能が開花したのは、第4作目の「VISITORS」まで。
それ以降も、彼は全キャリアを通じて、新作を発表し続けていますが、正直申して、商業的にも、最初の4作を超えられるものはありません。
もちろん、その4作はすべて、彼が20代までの作品。
さだまさし。
この人もキャリアは長い。
1972年デビューの、グレープ時代からです。デビュー曲は「精霊流し」。
今はもう60代になった彼は、今でも新作アルバムを発表しています。
音楽以外でも、いろいろな才能を発揮している彼ですが、僕がいちばんの傑作だと思っている
アルバムは、1980年発表の「印象派」。
彼は28歳でした。
そして、今でも傑作との評価が高い彼のアルバムは、やはりそれ以前のものが多い。
もちろん、この仮説にあてはまらないケースもあるよという人もいるでしょう。
楽曲に命を吹き込むのは、作詞家、作曲家、編曲家、歌手のそれぞれの力量もあります。
そこに、時代の空気も加わります。
わかりやすいように、ここで挙げた例は、みんな自作自演のアーティストたちですが、職業としての音楽家たちの力量は、添付の才能ももちろん必要ですが、それよりも経験の蓄積がものをいう世界。
いろいろな人の才能が複合的に混じり合って、化学反応を起こすが如く、突如名曲が産み落とされることもあります。
ですから、共同作業で生み出される楽曲を出してくると、話がややこしくなるので、ここでは省きます。
ただ、作詞、作曲、編曲といったそれぞれの創作に関する才能には、ピークというものが存在するような気がするわけです。
それを上手に救い上げて、楽曲にできるアーティストもいれば、それがない代わりに、経験とデータで、上手に創作活動を続けていけるアーティストもいます。
もちろん、年齢以外の要素が、楽曲に命を吹き込むこともあるでしょう。
そして、聴く人と楽曲の相性というものもあります。
ファン気質になっていくと、これはまたややこしくて、人が聞いて良くない曲にも愛情が注がれてしまうもの。
いい曲の定義は、聴く人それぞれにあっていいと思います。
もちろん、それを否定する気は毛頭ありません。
ただ、比較的に複合要素が入りにくい、長いキャリアのアーティストの作品群で見る限り、この仮説は、それほどはずれたものではないような気がします。
例えば、ユーミンや、中島みゆきはどうよなんていう声も聞こえてきそうです。
ユーミンは、僕の個人的見解では、やはり彼女が20代の頃のアルバムが、今でもしっくりきます。
もちろん、最新作まで、すべて聴いています。
今回の紅白でも歌われていた「糸」という曲を作ったのは中島みゆき。
胸に染み入るいい曲でした。
この曲を作った彼女はすでに60代。
彼女に関しては、全アルバムを聴いたわけではありませんが、彼女のファンの方の意見はいかがでしよう。
音楽的才能のピークが二十代なら、やはり音楽を志望する人たちは、これを無駄にするべきではないでしょう。
音楽を作る感性は、年齢とともに劣化する。
ならば、音楽で生きていこうという人は、若いうちに、そのみずみずしい感性で、たくさん曲を作っておくのが懸命。
音楽はまずは聞いて楽しむ。その次に、歌ったり演奏したりして楽しむ。そして最後は作って楽しむ。
このステップで、楽しみ方の満足度が上がってくるものだと思います。
一度完成させてさえおけば、後でそれを引っ張り出してくるのには、年齢は関係ありません。
定年退職をして、久々に昔の創作ノートを広げてみました。
作りかけの曲の断片がいくつか出てきましたが、もうすでに、それを作った頃の感性がこちらにありません。
結局お手上げでした。
60代になってしまったこちらは、せいぜいカラオケで、音楽的アウトプットをさせていただいて、モヤモヤの憂さを晴らすしかなさそうです。
ああ、もったいなかった。
長くなりそうなので、もう一つの仮説は後半で。
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