昭和24年の映画「晩春」を見ました。
監督は、小津安二郎。
彼が、初めて、原節子をヒロインに起用した作品です。
彼女の役名が、紀子。
以降、彼女と組んだ作品で、この役名が3回続けて使われるので、一般的には「紀子3部作」と言われていますね。
ただし、3作とも、原節子が演じている女性は別の人物です。
戦争のために、婚期が遅れた娘を嫁がせるまでの、父娘の心の触れ合いを、叙情的に描いた作品。
このモチーフは、この後の小津作品の、重要なテーマになっていきます。
いわゆる、小津スタイルと言われる独特の映画話法が、確立した最初の作品として、映画史に刻まれている作品。
日本映画における、小津安二郎の名声は、若かりし頃、彼の作品を見始める前から、映画ファンとして、ある程度は学習はしていました。
小津作品に関しては、まずは、知識が先行していたわけです。
なるほど、独特のローアングルとは、こういうことか。
構図の美しさとはこういうことか。
頭に入れたことを、確かめるような映画の見方をしておりました。
順番は忘れましたが、大学生になって、名画座に通うようになってから、彼の作品の主だったものは、ほとんど見ていると思います。
ただ、同じようなテーマ、そして同じような作風で作られているので、正直頭の中ではこんがらがっています。
まず、最初に白状しておきますが、小津安二郎の作品は、最初はどの作品を見ても、面白いとは思えませんでした。
父親も映画好きでしたので、正直にそう話したところ、言われましたね。
「20代では、まだ小津の作品の良さは、わからないだろうね。」
そう言われてしまうと、さすがに悔しいので、こちらとしては、あちこちで仕入れた解説を分かったように受け売りするわけです。
「あの、旅館のシーンの壺のカットは、父娘相姦のメタファだよ。」
なんて、ろくに分かってもいないくせに、知ったかぶりをしていた記憶があります。
しかし、時は流れ、いつのまにこちらも老境です。
気がつけば、そんな会話をした父親よりも年齢は上になっております。
ちょうど還暦の誕生日に亡くなった、小津監督の年齢もこえてしまいました。
映画の中で、父親を演じる笠智衆のセリフがあります。
「お父さんも、もう56才だよ。」
あらまあ。
いつの間にか、僕も小津監督作品を賞味する適齢期になっていたではありませんか。
少々遅きに失した感はありますが、もう一度小津作品を吟味してみようかと言う気になりました。
そんなわけで、まずは、このDVDを手に取った次第。
結論から申し上げますが、その味わいは、若い頃に見た印象とは、まるで違いましたね。
僕はここまで、独身で来てしまいましたが、それでも娘を嫁がせる父親の気持ちは、それなりに理解できるようになっていたようです。
娘の式を終えて自宅に帰った笠智衆が、静かに椅子に腰掛けて、りんごの皮を剥きます。
そして、そのりんごの皮がパサッと落ちたと同時に、首をガクンと落とすラスト・シーン。
ほとんど、目はウルウルでした。
このラストで、笠智衆は、嗚咽する演技を、小津監督に指示された時に、生涯でただ一度だけ、抵抗したそうです。
しかし、小津監督もそこに迷いはあったようで、最終的には笠智衆の意見を受け入れて撮影。
このラスト・シーンになったようです。
笠智衆の嗚咽演技というのもちょっと見たかった気はしますが、見終った後の余韻が、かなり違う印象になったかもしれません。
たぶん、これで正解です。
さて、いろいろと論議されている、あの「壺」はどうか。
名だたる映画評論家たちが、あのカットには、様々な「意味合い」を推察していますが、改めて鑑賞した、僕の個人的感想。
結婚を前に、最後の親子旅行となった京都の旅館で、枕を並べる二人。
語り合いながら、いつか寝息を立てている父親。
その寝顔を、静かに見つめる娘。
そして、その合間に、床の間に飾ってある壺のカットが、2回揷入されます。
1度だけでなく、2度ということになると、これは確かに、何かしらの意味付けがありそうです。
いわゆる確信犯的「意味ありげ」演出。
まあ、確かにエロティックな想像も、無理からぬところです。
でも、ここは作り手としては、「答え」を用意してはいなかった気がしますね。
それは、見ている方の想像にお任せでいい。
どう取られても、一切お構いまし。
というよりも、そんな論議が起こる事自体を狙った演出だったのではないでしょうか。
茅ヶ崎旅館の小津部屋と呼ばれる202号室で、脚本家の野田高梧と膝を突き合わせて、ほぼ一年かけて練りに練った脚本です。
もちろん、この壺のカットの挿入も、二人の間では、きちんと論議になった事でしょう。
「ここで、壺のカットなんて、入れてみたら面白いんじゃないか?
観客が、いろいろな想像を膨らませてくれそうだ。」
おそらくは、交わされていたのは、そんな会話ではなかったでしょうか。
ちょっとそんな気がします。
もともと、小津監督は、物語のフックとして、よく事物のカットを、印象的に挿入するモンタージュ手法を多用することが多かった監督。
この映画でも、原節子と、笠智衆の助手の青年が、自転車で海岸沿いをサイクリングするシーンに、コカコーラの看板を印象的にカットインしたりしていました。
若い二人の象徴みたいな事なのでしょう。
これなどは、ロケハン時点で見つけたものを、「面白そう」なので、そのまま使ったものかもしれません。
わざわざ、その看板を建てたとは思えません。
その理由は、おそらく直感的な「面白そう」。
「壺」の演出も、案外その辺りのことかもしれません。
小津監督は、ある意味では、映画表現の危うさを熟知しています。
それが証拠に、どの作品を見ても、あからさまに観客を、自分の連れて行きたい方に誘導するという演出をしません。
「どちらの意味にも取れる」「振り切らないグレーゾーンを多用する」
そういう演出の多かった監督です。
当然、役者たちの演技にも、それを求めます。
だから、小津作品の役者たちは、みんな淡々と演技をしますね。
感情の起伏の大きい、大芝居を役者たちには、ほとんどさせません。
怒っている? 泣いている? 笑ってる?
それが、どれも、振り切らずに、こじんまりとまとまっている。
日常の、ほんのたわいないようなやりとりを淡々と積み重ねるだけのシナリオ。
つまり、観客には、それを通して、その奥にある登場人物たちの心象を想像させるわけです。
実は、その辺りの、不確かさこそ、人間のリアリズムの本質であると言うことを、この老獪な監督は熟知しているんですね。
人間は、そんなに単純なものではないよ。
だから、悲しいシーンでも、空は青空。音楽は軽快。
そんな、言ってしまえば「わかりにくい」対位的演出を多用した人です。
だから、彼の作品には、明快な回答というよりも、「意味深」な想像喚起的な演出が多くなる。
つまり、色々な人生経験をして来た人が、この映画を真剣に受け止めれば受け止めるほど、作品の色合いは変わり、その味わいは深くなる。
どうも、そんな仕掛けがあるように思います。
黒澤明監督の不朽の名作「七人の侍」を見た後で、小津安二郎監督は、ニヤリと笑ってこう言ったそうです。
「クロチャんは、若いねえ。」
おそらくそれは、多少の皮肉も込めて、その単純明快な娯楽映画としてのわかりやすさを指摘したのでしょう。
そんな黒澤映画は、日本国内よりも、むしろアメリカでの評価が非常に高い。
そして、かくゆう小津安二郎の映画の評価が高いのは、実はフランスだそうです。
何事も、振り切らない中庸をよしとするフランスの国民性。
これは、確かに小津映画に合い通じることかもしれません。
フランス映画から匂う、あの独特の大人の雰囲気は、小津映画の「枯れた」味わいとも相通じます。
先日亡くなった大林宣彦監督が、こう言っていました。
「映画監督は、今ウケる映画ではなく、100年後に残る映画を作れてナンボ。」
それを、小津監督が意識していたかどうかは、定かではありませんが、晩年の彼がたどり着いた「家族の崩壊」というテーマは、時代がどう移り変わろうと、変わることのない人間社会の不変のテーマであることは明白。
そしてそれを、何も事件らしい事件の起きない日常の中に淡々と描く事で表現していく小津スタイルは、確かに、時が経っても色あせない作品性を持っているといえます。
そして、鑑賞するこちらの方も、いろいろな経験を積んで来たことによって、その味わいも深みを増してくる。
心憎いばかりの小津演出は、初めからそうなるような仕掛けが施され、作り込まれているという事でしょう。
あの「壺」のシーンも、そんな「仕掛け」のひとつ。
「はて、あの壺の意味は?」
この映画を見た人が、ふとそう思ってしまうだけで、小津監督は、鎌倉の墓の下で、ニヤリとほくそ笑んでいるかもしれません。
さて、前回この映画を見た時に、杉村春子の演技おける所作の見事さに惚れ惚れとしたことを、このブログで書いた記憶があります。
セリフの途中で、落ちている紙屑をさりげなく拾うシーン。
笠智衆の部屋着に付いている糸くずをさりげなく取るシーン。
そのさりげない所作の自然さに、唸りました。
もちろん、それは今回も改めて、感心した次第。
晩年の小津作品に起用され、コミカルな演技を見せた、岡田茉莉子が、小津監督にこう尋ねたそうです。
「監督の使われてきた女優の中で、四番バッターは誰ですか?」
この問いに対して、小津監督は躊躇する事なくこう答えたそうです。
「杉村春子ですね。」
確かに、それは、言われてみれば異論なし。
しかし、そうは思いながらも、もしかしてそれは、ヒロインとしてのダントツの輝きを放った、原節子ではなかったの?
ちょっとそんな気もしました。
さて、今回改めて「晩春」を鑑賞し直して、確認できたことが一つ。
これは、先日見た黒澤明監督の「わが生涯に悔いなし」を見比べて、はっきりわかった事です。
もちろん、こちらも主演は、原節子でした。
黒澤監督のあの映画で彼女が演じたのは、変わりゆく日本社会の中で、成長していく女性のたくましさ。
確かに、それはそれで魅力的ではありました。
しかし、この「晩春」の原節子とは、明らかに違う。
とにかく、小津監督がキャメラに収めた、この「晩春」の彼女は美しい。
これは、黒澤監督には、表現できない事でした。
ほほう、なるほど。
つまり、それはどういうことか。
大島渚監督作品にうける小山明子。
篠田正浩監督作品における岩下志麻。
周防正行監督作品における草刈民代。
そして、もしかしたら溝口健二監督作品における田中絹代。
みんなそうでした。
つまり、監督がキャメラの向こうの女優に惚れていると、女優は、みんな美しく撮られる。
これは、映画界の古今東西を見る限り、ほぼ間違いありません。
小津監督にしても然り。
小津監督は、生涯独身を通した方ですが、この作品で出会った原節子に対しては、監督としてでははなく、一人の男性として、特別な感情があったのでは。
二人は、この後タッグを組んで、続々と名作を生み出していきますが、二人が監督と女優という一線を超えることはありませんでした。
この映画の後で、二人の結婚話が持ち上がったことが、一度あったそうです。
しかし、監督は黙して語らず。
小津監督が亡くなった後、そのまま映画界を引退した彼女。
引退後は、一切公式な場に出る事はなく、小津監督の墓のある鎌倉に移り住んで、95歳で亡くなったのは、2015年の事。
二人の間に、濃密な「何か」があったことは、想像に難くありません。
二人の年齢差は、17歳。
小津監督の、彼女に対する「秘めた恋心」が、晩年の彼の作品群を、原節子を使うことによって、輝いたことは、どうやら疑う余地のないところ。
ちょっと、それを確かめてみたくなりました。
そんなわけで、お次は、紀子三部作の2作目。
「麦秋」を見てみることにします。
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