昔の映画のポスターが好きなので、iPadで再現して、部屋に貼ったりしています。
この映画のポスターもありましたので、ちょっと紹介。
「紀子三部作」の2作目。
「麦秋」を見ました。
ちなみに、この映画の英語タイトルは、「Early Summer」。
つまり、初夏ですから、ちょうど今頃の季節です。
恥ずかしながら、今の今まで、「実りの秋」のことだと思っておりました。
さて、ヒロインは、「晩春」から引き続いて原節子。
小津監督は、初めから彼女を想定して、脚本を錬ってきたと思われます。
人気絶頂の当時の彼女はフリー契約の女優。
松竹お偉いさんに、彼女のオファーを打診したところ、小津監督はこう言われたそうです。
「原節子は、ギャラが高い。他の女優ではダメか?」
しかし、これに対して小津監督は、こう切り返します。
「セッチャンじゃなければ、僕は監督下りるよ。」
そして、交渉にあたって、これを知った彼女はこう応えます。
「私は小津監督の作品に出たい。ギャラは半分でもいい。」
小津監督にしてみれば、なんとも監督冥利に尽きる話。
彼女にとっては、それくらい、前作「晩春」の紀子役に、女優として、やりがいを感じていたと言う事でしょう。
そんなわけで、本作では、前作よりも、彼女の存在が前面に押し出されています。
「晩春」では、父と娘のふれあいが、物語の中心に据えられていましたが、本作ではそれが家族全体に広がって、登場人物も賑やか。
ヒロインの結婚によって、離別してゆくことになる家族の悲喜交交を、丁寧に描いています。
びっくりするのは、前作でヒロインの父親を演じた笠智衆が、本作では兄役。
小津作品においては、実年齢よりも上の、老け役を演じてきた、笠智衆が、ここではおそらく実年齢よりも若い設定の役を演じます。
原節子の年齢の設定は、28歳ということになっていますが、他の登場人物は特に説明していません。
ちょっと気になったので、演じた役者たちの、映画撮影当時の、実年齢を書き出してみます。
原節子 31歳。
笠智衆(兄役) 47歳。
三宅邦子(兄嫁役) 35歳。
菅井一郎(父役) 44歳。
東山千栄子(母役) 61歳。
高堂国典(叔父役) 67歳。
淡島千景(友人役) 27歳。
佐野周二(上司役) 39歳。
杉村春子(兄の友人の母) 45歳。
というわけで、父親役を演じた菅井一郎よりも、笠智衆の方が実年齢は上という事です。
まあ、映画ですから、そこは、実年齢通りのキャスティングだからいいということもないのでしょうが、小津監督としては、そんなことは無視しても、気心の知れた安心感のある役者を使いたいという事なのでしょう。
とにかく、髪の毛も真っ黒で、ポマードテカテカの若い笠智衆を楽しめるという意味では、珍しい作品です。
笠智衆は、「東京物語」では、再び老け役に戻って、東山千栄子と老夫婦を演じますが、実年齢では、東山の方が14歳も上ということになりますね。
珍しいといえば、この映画では、結構カメラが動きます。
小津監督といえば、ローアングルからの固定カメラというのが定番。
しかし、この作品では、移動撮影も結構出てきます。
固定のカメラが突然動き出すので、何事かと構えたら、そのままズームやパンの映像を重ねて場面変換。
海岸の砂丘を登場人物が並んで歩くシーンでは、明らかなクレーン撮影。
「おっ」と思って調べてみたら、小津全作品の中で、クレーンを使用した撮影は、この一回きりだそうです。
小津監督の作品は、デビュー作を除き、すべてが現代劇。
細かい小物にも、神経が行き届いていますので、当時の風俗や「懐かしい一品」を見つけるのも、楽しみ方の一つ。
この映画が作られた昭和26年は、まだ僕は生まれていませんが、ニヤリとするものも結構出てきます。
和文タイプライター。
壁掛け式電話。
学校の百葉箱。
列車の模型。
その他部屋の調度品の数々。
北鎌倉駅周辺の景色も楽しめます。
大学生の頃、小津作品を見て、北鎌倉まで行ったことがありますが、あの当時はまだほとんど映画のままでした。
今はどうでしょうか。
駅のホームや、横須賀線の踏切、そして車内なども、それなりに楽しめます。
ヒロインが勤める、都内のオフィスビル街(丸の内?)あたりの、看板にも時代を感じてニヤニヤ。
小津作品に限らず、古い映画を見るときの、楽しみ方の一つです。
昭和26年といえば、サンフランシスコ講和条約が結ばれた年とはいえ、まだ戦争の爪痕が色濃く残っていた時代。
しかし、小津作品では、映像としては、おそらく意識的にその部分は、描いていません。
ただ、人物として登場はしませんが、脚本上、戦争に行って戦死した次男の存在があります。
ヒロインの原節子は、最後には、進んでいた縁談の話を断って、その次男の友人であった、子持ちの幼なじみと結婚を決めます。
そして、彼女の結婚を契機に、離別してゆくことになる家族たち。
大和に隠居した老夫婦が、しみじみとこう呟きます。
「でも、あの頃が一番幸せだったかもしれないねえ。」
家の外では、たわわに実った麦が、初夏の風に吹かれて、静かに揺れています。
とにかく、前作にも増して、本作品での、原節子はまばゆいほどに美しい。
当時、この映画に前後して、彼女と小津監督の結婚話が噂されたりしたそうですが、監督も満更悪い気はしなかったんじゃないでしょうか。
というわけで、「紀子三部作」の最後は、いよいよ
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