万引き家族
韓国映画「グエムル 漢江の怪物」で、ちょっと日本映画の将来を憂いてしまったので、はたしてそんなに、日本映画はダメになってしまったのか、実は最近の素晴らしい日本映画を自分がみていないだけではないのか、ちょっとそんな気になってしまって、評判の高い直近の日本映画を一本鑑賞しました。
2018年のカンヌ映画でパルムドールを受賞し、国内の映画賞も総なめにした、是枝裕和監督の「万引き家族」です。
見よう見ようと思って、見れていない作品でした。
是枝監督の作品でこれまでに見ているのは、「そして父になる」「海街diary」「三度目の殺人」の三本。
奇しくも、どの作品も「疑似家族」の存在が、映画のテーマとして、静かに横たわっている作品でした。
ドキュメンタリー出身の監督らしく、極力ドラマ性を排除したリアリズムを追及しているのが是枝演出の真骨頂。
往年の小津作品のように、血縁家族の細やかな日常を淡々と描く、日本伝統のホームドラマのテイストは継承しつつも、実はその家族はみんなバラバラで、本当の血のつながりはないという「爆弾」を仕込むことで、現代の家族関係の脆弱さを浮き彫りにしようという逆転の「仕掛け」が、疑似家族映画にはあります。
僕は3歳の時に、母親を亡くしています。
その後、父が再婚して、新しい母親がやってきます。
その女性を「おばさん」から「おかあさん」と、自分の意志で呼び変える時の心のささやかな葛藤と、はじめてそう呼んだ時の母親の嬉しそうな顔は、今でもかすかに脳裏に刻まれています。
その母親も、すでに他界しています。
では最終的には自分にとっての母親はどちらだったか。
実母には申し訳ないですが、やはり血のつながりはないという理屈は充分に飲み込んだ上でも、この継母が、自分にとっては母親だったというのが、今の僕の結論です。
幸い僕の場合は、実母との記憶がわずかしかない幼少の頃の出来事でしたので、割と早い時期にこの結論に至りましたが、離婚再婚の多い現代の家庭事情を考えると、その現場にいる子供たちの混乱は想像に難くありません。
ましてや、そこにDVやネグレクトが加わるとすれば、彼らのストレスは尋常ではないでしょう。
犯罪でしか繋がることのできない家族たちの、貧しいけれど愛情にあふれた平和かつスリリングな日常を、映画はたっぷり描きます。
そして、ラスト30分。
その中心にいた祖母初枝の突然の死から、脆くもボロボロと崩壊していく家族たち。
この一人一人の顛末を、映画は、静かに克明に捉えていきます。
もう二度とつながることが出来なくなってしまった、この一家に訪れる結末は。
よかった。評判通りのいい映画でした。
さて、この映画の中で、主演の安藤サクラの泣くシーンが二回出てくるのですが、これが両方ともに見事でした。
一回目は、家庭内暴力を受けてきた娘りんを背後からギュッと抱きしめるシーン。
彼女はこう言います。
「あなたを愛しているからぶつのよなんてのはウソ。
本当に愛しているんだったら、こうするんだよ。」
血のつながっていない二人が、母娘としてつながった瞬間でした。
そして、もうひとつ。
すべての罪を一人で被って刑務所に入った信代。
取調室で、彼女は女性刑務官にこう言われます。
「こどもたち二人はあなたのこと、何て呼んでいました? ママ?お母さん?」
しかし、大きな愛情を注いだ二人からは、もうこの先そう呼ばれることはないと察した彼女の目からは涙が。
それを見られたくない彼女は、必死にこらえようとして、髪をやみくもにかき上げますが、どうしてもその涙は止まりません。
大泣きして崩れ落ちる演技なら、逆に簡単だったかもしれません。
そうではなくて彼女が表現したのは、自分の中の心の葛藤です。
非常に繊細な感情の機微を、実に絶妙に表現した、見事な「泣き」の演技でした。
このシーンを見せられた時に、ハタと膝を叩いてしまいました。
いやいや、この「泣き」は、ちょっと韓国映画では表現できないのではないか。
そう思ったときに、ちょっと嬉しくなってしまいました。
かつての韓流ドラマ「冬のソナタ」を見たときにも思いました。
確かに、韓国女優は、よく泣きます。
泣きの演技も上手い。
それによってこちらの感情は、確かに大きくゆすぶられ、ドラマに吸い込まれます。
しかし、どこかその喜怒哀楽の振幅が大きくて直線的なんですね。
お国柄といえばそれまでですが、良くも悪くもわかりやすい。
熱演ではあるのですが、名演とはいえないところがあります。
これは、エンターテイメント性の高い映画には映えますが、たぶん、この「万引き家族」のような映画だと浮き上がります。
いってみれば、繊細な映画向きではないということ。
ですから、韓国が作る家族の映画は、どうしても「パラサイト 半地下の家族」のようなエンタメ性の高い娯楽映画になってしまうわけです。
もちろん、それが世界水準として認められたからこそ、この映画は、アカデミー賞作品賞をゲットしました。
逆を言えば、日本映画は、まだこういう映画でなら世界で戦える懐の深さを持っているということでしょう。
ホッとしました。
しかし、この先ずっとこういう映画だけで評価されるのもツライところ。
是枝監督以外の監督にも、是非頑張ってもらいましょう。
いずれにしても、日本映画を救った、安藤サクラはエライ。
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