近松物語
この名作も未見で、マイDVD在庫にもない作品。
Amazon プライムで、チョイスする時は、どうしてもそういう作品が中心になります。
「近松物語」は、黄金期の日本映画ですね。
1954年の作品。
監督は、溝口健二。
思えば、この年の日本映画は、傑作の揃い踏みでした。
黒澤明監督の「七人の侍」
本多猪四郎監督の「ゴジラ」
木下恵介監督の「二十四の瞳」
溝口監督は、この年に「山椒大夫」も撮っています。
そして、この年の二本の溝口作品に出演しているのが、この時23歳の香川京子
彼女は、黒澤作品の常連でもありますが、その黒澤監督がこう言ってます。
「僕は、演出の時には香川君をほとんど見ていないんだよ。ミゾサンのところで、鍛えられてきた女優さんは、基本的に信頼しちゃっている。」
香川京子が、黒澤作品に初めて出演したのは、1957年の「どん底」ですから、それ以前の溝口作品となると、ちょうどこの辺りでしょうか。
憎まれ役のスペシャリスト進藤英太郎演じる大経師(江戸時代の暦屋)に、お金がらみで嫁いできた30歳以上も年下の若妻おさんが彼女の役。
ちょっとしたアクシデントで、手代の茂兵衛との不義密通を疑われ、二人の逃避行が始まるという、近松門左衛門の人形浄瑠璃をベースにした物語です。
この手代を演じるのが、当時の押しも押されぬイケメン大スター長谷川一夫。
溝口監督といえば、とにかく女優をしごくことでは有名な人。
その溝口映画のスタイルとは、とにかく粘ること。
女優に対して、演技指導は一切しないそうです。
自分のイメージしている演技を引き出すまで、ひたすら何度も「違います」を繰り返すだけ。
女優は、やり直す度に、演技を自分で考えなければいけないわけです。
あの田中絹代も、これでみっちりと鍛えられた女優。
しかし、さすがの溝口監督も、天下の大スター・長谷川一夫に対しては、それは出来なかったと思われます。
おそらくは、当時若手女優だった香川京子が、その分も集中的にしごかれたことは想像に固くありません。
その成果があってか、本作は、僕が今まで見た香川京子の作品の中では、ベスト・パフォーマンスでした。
結果的には、彼女の迫真の演技が、大スター長谷川一夫を、完全に食っていましたね。
大映の作品ですから、カメラマンはあの宮川一夫。
「カメラだって、演技をするんだ。」といった人です。
川に浮かぶ小舟での告白シーンも、モノクロ映画ならではの美しさ。
他にも見るべきシーンはたくさんありましたが、その中でも、さすが! と唸ったカットが一つ。
逃避行の途中で、二人が身を寄せた山小屋。
不義密通はお家取り潰しの重罪ですが、自分が一緒にいなければおさんは保護されるはずだと、茂兵衛は一人山の中へ駆け出します。
それに気がつき、山小屋から飛び出てくるおさん。
彼女が、茂兵衛を追って走り出すと、クレーンに乗った宮川一夫のカメラは、スルスルと上昇。
追う彼女を捕らえたまま、同じ画面に、はるか遠くの山中を走っていく茂兵衛も同時にカメラに捕らえる見事なワンカット撮影。
二人の心の動きと運命を、一つの画面の中に象徴的に焼きつける見事なカメラワークでした。
ラストは、馬上に括り付けられ市中を引き回される二人。
大経師の家はお取り潰し。
しかし、馬上の二人の手はしっかり握られ、その顔には微笑みが・・
でも、もしかしたら、あの微笑みは、溝口演出に応え切った、女優としての彼女の安堵の笑みだったかもしれません。
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