2021年居酒屋事情
ここ数年、中学時代の同級生たちと、定期的に「飲み会」(僕が飲むのは烏龍茶ですが)をしていたのですが、ちょうど去年丸々1年間は、世の中の事情を鑑みて自粛していました。
それが先週突然の電話。
「いつまで自粛していもキリがなさそうだから、そろそろ集まろう。」
この「飲み会」は、とりあえず野菜だけは豊富に提供できる我が家などでも開催していたのですが、今回はその電話の主が通っている居酒屋がピンチなので、応援してあげたいという申し出で、川越在住の僕は東大宮まで出かけて参りました。
ガースーと自称される現総理に、自粛要請されているのは5人以上の集い。
今回の総勢は4人ですので、これはギリギリセーフ。
正月以来、やや太り気味になっていましたので、チャリンコ漕いでおよそ1時間。
寒風吹き荒ぶ上江橋を渡って、久しぶりのメンツに会いに行ってきました。
ご存知のように、自分たちの都合しか考えないお偉方による、アリバイ作りのような緊急事態宣言が再び発令されていますので、土曜日というのに東大宮駅前も人影はまばら。
現在は、ご承知のように、飲食店は時短営業を余儀なくされている状況です。
今回お邪魔した居酒屋も、通常営業は、夕方5時から深夜11時まで。
しかし、発令後は午後4時から8時までになっています。
幹事も、仲間を呼ぶ以上は新型コロナには配慮してくれたようで、お店に交渉の上、営業時間を1時間早めてもらって3時の集合。
僕は少々遅れてしまいましたが、当然ながら店内は貸切状態です。
6人がけの大テーブルを4人で使わせてもらい、可能な限りのソーシャル・デスタンス。
鍋に火が入った後は、いつものように、中学時代のよもやま裏話でヒートアップ。
いつもと違い、今回はお互いの距離が離れているので、気がつけば店内に響き渡る大声になっています。
しかし、僕も含め4人は、「飲み会」の間中きちんとマスクを着用していましたよ。
菅総理のお守りのようにいつも隣に立っている尾美感染症対策分科会長のご言いつけ通りに、マスクを外すのは、飲食を行うときに下を向きながら。
国民下々のものには、そのように要請しておきながら、高齢の著名人と現総理までを高級焼肉店に集めてノーマスクで会食している二階幹事長には、皮肉の二つ三つも呟きながら、それでも楽しい時間を過ごさせてもらいました。
去年の記憶を辿れば、最後にお金を払って飲食をしたのは、春先に川越の「Jammin’」で、ビートルズ・セッションをして以来。
「業務スーパー」「カインズ・ホーム」での買い物、元勤めていた会社の本社に呼ばれて時々顔を出す以外は、ほぼ自宅と畑の往復の毎日。
独り身ですので家庭内感染の心配はなく、畑で顔を合わせるのは、隣の畑のお母さん(73歳)やオジイチャン(86歳)くらいのもの。
それも、青空の下で、遠く離れている相手に、大声で挨拶して、手を振る毎日です。
集まった4人の中では、一番コロナの感染リスクが少ないのは、やはり僕でしたね。
それぞれのコロナ対策事情は、色々と聞きましたが、自宅にこもって外に出ないのが最良の方策とは分かっていても、そうはいかない事情は誰もが同じ。
去年一年を振り返っても、有効と思われる対策は、何一つ取れない呆れ果てた我が国の政府。
そして、トンチンカンな対策を取っては、国民を振り回すだけ振り回して、撤回も弁解も謝罪もない政府。
一年が過ぎても、まるで出口が見えない今回の新型コロナ・パンデミック。
自助・共助が先で、公序は最後と公言して憚らない菅政府ですが、そんなことを言われる以前に、元々公序は当てにも助けにもならないという国民の不幸。
今や、どこを歩いても、マスクをしていない人を見つける方が難しいくらいに、日本国民のマスク装着は徹底しています。
この国民の自衛意識と社会モラルの高さは、確かに世界でもトップクラスでしょう。
麻生太郎氏にドヤ顔で「国民の民度が違う」などと言われると、「アンタに言われる筋合いはない」とイラっとしてしまいますが、悲しいかな、この国民の自衛意識に比べ、政府の無能さは、明らかに先進国最低レベル。
これではどうしようもありません。
8年間に及ぶ安倍政権は、やはり長すぎました。
この間、内閣での官僚人事権掌握による能力を無視したイエスマン集めが徹底的に行われたため、適切な判断ができる優秀な人材が根こそぎいなくなってしまったこと。
これが、前政府の最大の罪だろうと個人的には思っています。
これは、今後誰が政権を引き継いでも、ボディブローのように聞いて来る筈です。
新型コロナの完全制圧も、日本の復活も、まだまだ当分は希望の光は見えない絶望的な状況。
酒でも飲まなければやってられんわと思っても、酒場は8時まで。
僕のように、野菜作りを生業とするオタクですと、幸いかなこの状況でも、そうストレスはなく暮らしていけます。
しかし、世の中には、人とのコミュニケーションがなくては、仕事も趣味も人生も成り立たないという人が大勢いることは間違いのないところ。
今回お邪魔した居酒屋も、閉店時間までに、僕たち以外に、およそ数人の常連が来店。
彼らにとっては、この酒場はなくてはならない日常の一部なんですね。
しかし、この状況では、気がついたら、そんな憩いの場にも、突然閉店を告げる貼り紙が、なんてことがいつ起こっても不思議ではありません。
これは、現実に今や全国のどの町でも当たり前に起こっていることです。
いまだに、持続化給付金も、定額給付金も出し渋る我が国の政府。
こういう時のために払っているはずの税金を当てにできない国民のストレスは、膨れるだけ膨れて最後はどうなるのか。
そんな中、還暦を過ぎても、気がつけば未だ中学生時代のままで進歩のない白髪オヤジたちの、「言いたいことを言いたいだけ言う」トークセッションは、閉店時間近くになっても一向に収まる気配なし。
今回は、これまでの「飲み会」より、大きな声を出さなければならない距離があったため、いつもよりもヒートアップ気味でしたが、やはり1年間のストレスが溜まっていたことは明白。
お客さんが何人か来ると、最後は気を利かせて、我々も大テーブルから、隅のテーブルに移動。
しかし、それでもいつもながらのヨタ話は尽きる気配なし。
やれ、誰それのブルマーはどうだったとか。
やれ、誰それは誰それが好きだったとか。
やれ、誰それは、いつからブラジャーをつけ始めたとか。
残念ながら、ポンコツ親父たちの話題は、政治社会問題には向かわず、あいも変わらずそんな中学時代のどうでもいいことばかりに終始するのですが、これが不思議と尽きることがない。
中学時代から、全員が還暦を超えている現在の間には、4人全員に45年以上の年月があるわけなのですが、ここがいつもすっぽり抜け落ちるのが、毎度のことながら不思議でなりません。
そして、4人が共有しているあの時代のことは、これがどんな些細なくだらないことでも、みんなクリアに覚えているのがまた不思議。
おそらく、10年前の記憶よりも、はるかに鮮明なんですね。
これは、昔のことの方が鮮明に思い出せるという脳の老化か、それとも、実際誰にとってもあの時代の記憶が人生の中で最も輝いていたのか。
それは微妙なところです。
とにかく、自然相手の百姓としては、これだけナマの人を相手に喋ったのは久しぶり。
全員がマスクをしていなかったら、どれだけ飛沫が飛んでいたかと考えると、ゾッとします。
政府は1ヶ月と言っていた今回の緊急事態宣言。
自分たちのことは棚に上げて、今回は罰則付きなどとふざけたことを言っている政府ですが、街を見渡す限り、どの店主も、言いたいことはグッと堪えつつ、言うことは聞いているようです。
酒を飲めない百姓では、救いたくても救いようがありませんが、この後に及んでオリンピック開催などという寝言は一日も早く取り消して、中止を決め、そこから浮いてくる経費を、今コロナで青息吐息の町の経営者たちに一刻も早く回して欲しいものです。
大多数の国民にとっては、今やオリンピックよりも、町のレストランや居酒屋の存続の方が大切な問題ですから。
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