カインの末裔 有島武郎
なんとも、救いのない小説でした。
有島武郎が、1917年(大正6年)に発表しています。
舞台は、内浦湾を望む道南の農場。
一匹の馬と、子供を連れた夫婦が、親戚の縁故で小作の仕事を得て、たどりついた冬の農場から物語は始まります。
土地を追われた貧困農民の苦難の道を描いた物語というと思い出すのは、スタインベックの「怒りの葡萄」。(原作は読んでいません。見たのはジョン・フォードの映画)
1930年代のアメリカを襲った干ばつとダストボウル(開墾により発生した砂嵐)により、耕作不能になった土地を捨て、流浪の旅に出た一家の悲劇を描いていました。
貧民キャンプを転々とするトム・ジョード一家は、当然自然と社会の被害者であり、同情ももできましたが、本作に登場する広岡仁右衛門はちと微妙。
貧農ではあるのですが、問題大有りで、なかなか感情移入するのは難しい人物です。
妻には暴力的。不倫はする。他人の子供は平気で殴る。ギャンブルはする。農場の規則は守らない。
粗野で教養もなく、本能の衝動を抑えられない、野蛮人が本作の主人公。
もらった大福を、妻を羽交い締めにして口に押し込み、ケタケタと笑っているようなDV男です。
この男が、子供を病で失い、最後は足を骨折して、「ただ飯くらい」になった馬を、斧で叩き殺して、皮を剥ぎ、いられなくなった農場を後にして、妻と一緒に吹雪の中を消えていくというのがこの物語。
カインというのは、旧約聖書の創世記に登場する人物。
両親は、あの有名なアダムとイブです。
彼にはアベルという弟がいます。
カインは農耕で暮らし、アベルは羊飼い。
ある日、神への捧げ物をしたときに、神はアベルの差し出したお供えものだけを喜び、カインの供物はシカト。
これに嫉妬したカインは、アベルを野原に誘い出して殺してしまいます。
そして、神にアベルの所在を聞かれたカインは、しれっとこう言います。
「私は知りません。私は弟の番人なんですか?」
というわけで、カインは人類史上初めての「殺人者」として、また初めて神に「嘘」をついた罪人として聖書にその名を刻まれることになります。
カインは、その後「エデンの東」へ追放。
著者は、本作の主人公を、読者からの一切のシンパシーを拒絶するように、冷徹な突き放した筆致で描いていきます。
仁右衛門は、殺人こそ犯しませんが、その稚拙で暴力的な振る舞いは、カインの末裔として、その罪を背負うに値するのか。
そんな主人公と、それに従うしかない妻。
農場を離れていく二人に、冬の北海道の自然は、傭車なく襲いかかります。
主人公と同業の百姓としては、せめて周りの人から疎まれないように、恨まれないように、せっせと野良仕事に励むことにいたします。
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