風の視線
松本清張の作品は、かなり原作も読んでいます。
実家が本屋でしたので、その点は恵まれいていました。
読書に関しては、好き嫌いがかなりはっきりしていた子供でしたね。
自分の意思で手に取った本というと、これもは、はっきりと覚えています。
子供向けに翻訳された「怪盗ルパン」全集の中の一冊ですね。
多分、一番最初に読んだのは「奇巌城」だったと記憶しています。当時ポプラ社から出版されていました。
このシリーズにハマった僕は、店頭に並んでいたものは全部読破しました。
そして、その勢いで、「名探偵ホームズ全集」も全巻制覇。
小学校の高学年だったと思いますが、これでそこそこのミステリー通になったつもりでいました。
学校推薦図書などには目もくれず、手に取る本はミステリーばかり。
ホームズ全集も読破すると、その次のターゲットは、江戸川乱歩の「少年探偵団」シリーズ。
これも、ポプラ社から出版されていた、児童向けのものです。
中学生になると、児童書からは卒業して、次第に文庫本を手に取るようになります。(もちろん売り物)
次にハマったのは、横溝正史でした。
金田一耕助シリーズは、ちょうど、角川映画でも取り上げられ、テレビでも放送されていましたので、全て原作を先に読んでいましたね。
とにかく、根がオタクでしたから、自分の気に入ったものは、とことん読み漁りました。
これぞ、本屋の息子の特権ですね。
映画「人間の証明」が大ヒットして、森村誠一がブームになると、彼の有名どころもほぼ制覇。
とにかく、高校生までは、読書と言えば、教科書以外はミステリーしか読んでいなかった記憶です。
しかし、それでも国語の成績だけはいつも良かったので、読解力はミステリーで鍛えられるということでしょう。
そして、ミステリー三昧の最後にきたブームが、松本清張でした。
なにせハマりやすいので、同じ主人公が活躍するシリーズものが好物だったのですが、松本清張作品の作品はちょっと違いました。作品ごとに登場人物が独立しているので、一冊読み終えるごとにリセットするわけです。
松本清張に入れ込む原因となったのは、やはり1974年に公開された「砂の器」という映画を見てからですね。
この映画は、地元埼玉県浦和市にある、埼玉会館が、映画撮影のロケに使われたこともあって、公開前から学校では噂になっていました。
原作小説を読むのが先だったか、映画を見るのが先だったかは失念しましたが、これは双方ともにいたく感動。
以降、松本清張作品は、映像化されたものを中心に、有名どころは読み漁りまました。
当時、新潮文庫から出されていたシリーズの背表紙は、赤地に白抜き文字で、実家でもよく売れていたこともあり、棚に並べた作品が頻繁に入れ替わっていたのを思い出します。
清張作品はとにかくタイトルがスマートで痺れました。どれもこれもミステリー小説として、センスが光るものばかりだったので、タイトルだけで読みたくなってしまうくらいでした。
「Dの複合」「点と線」「ゼロの焦点」などといった、ミステリー・ファンをそそるタイトルのオンパレード。もう眺めているだけでもワクワクしたものです。
テレビの2時間ドラマで取り上げられる松本清張作品は、相当数に上るので、ほぼスルーしていましたが、映画化された作品の原作はかなり追っかけました。
特に、野村芳太郎監督の手がけた作品は質も高く、昭和33年の「張り込み」以来全作品鑑賞済み。原作もほぼ読破しています。
しかし、特にこれは前期の作品に多いのですが、映画化されたものは、かなり原作を映画用に脚色したものが多い印象で、中にはテーマも微妙にずれているような作品もが散見。
おおむね、映画化された作品よりも、原作の方が辛口だったような記憶です。
作者としても、このように原作をいじられるのは不満だったようで、後に霧プロダクションという、原作者自身が映像化の管理にあたる会社を設立したの背景には、こういった理由もあったのでしょう。
さて、「風の視線」は、実は推理小説ではありません。
映画の冒頭で、死体は出てきますが、殺人事件は起こりません。描かれるのは、複雑に愛が交錯する大人の恋愛ドラマ。そんなわけで、ミステリー・ファンとしては、この原作小説は未読です。
Wiki してみると、この小説が連載されていたのが「女性自身」というミセス向け情報誌ですので、作品もその読者層に的を絞ったということでしょう。
松本清張というと、すぐに推理作家と短絡してしまいそうですが、その作品群は、色々な分野に裾を広げています。
昭和史の事件に迫ったドキュメント、時代劇、歴史小説などなど。
恋愛ドラマとしては、1960年に作られた「波の塔」も見ていますが、やはりどこかミステリーとしての味付けがありました。
本作のヒロインは、新珠三千代と岩下志麻。男性陣は、佐田啓ニ、園井俊介。佐田は、中井貴一の父親ですね。
新珠三千代というと、僕の世代で記憶に鮮明なのは、テレビ・ドラマの「細うで繁盛記」。
ヒロイン加代をいびり倒す冨士真奈美の怪演が印象的なドラマでしたが、このドラマで、新珠三千代の気弱な亭主役をやっていたのが滝田裕介。
彼が本作では、園井俊介演じるカメラマンの同僚役で出演していてニヤリとしてしまいました。
岩下志麻は、映画化されたものとしては、最多の6作品に出演しているダントツの清張映画クイーンで、貢献度はナンバーワンですが、清張自身が最もお気に入りだったヒロインは新珠三千代だったとのこと。
霧プロを立ち上げた後の作品でも、すでに50歳になっている彼女をヒロインとして推していたと言いますから相当なものです。
もしかすると、原作の執筆当時も、この恋愛ドラマのヒロインとして、新珠三千代をイメージしながら筆を走らせていたかもしれません。
ニヤリといえば、原作者の松本清張も、本作ではきちんとセリフのある役者として2シーンに登場。
こういうカメオ出演を見ると、すぐにヒッチコックを思い出してしまいますが、彼の場合は、元々がスクリーンの隙間を埋めるために出演していたところから始まっているので、どの作品でも、お遊び程度のチラリ出演。
しかし、松本清張氏の場合は、芝居っ気もたっぷりで、しっかりと役者としての出演を楽しんでいるようでした。
松本清張作品の特徴といえば、やはり時代の風俗や、時事ネタを大胆に取り入れた現代性にあります。
彼が亡くなったのは、1992年ですが、最晩年でさえも、彼は連載を抱えていました。
その後の世の中の移り変わりは目まぐるしく、インターネットやSNSなどにより情報化社会になった世の中は、さすがに彼にも想像はできなかったかもしれません。
しかし、もしも松本清張が生きていて、彼が全ての作品でそうしたように、綿密になリサーチ重ねた上で、新作を発表したとしたら、いったいどんな作品が発表されたのか。
これは、考えただけでも興味津々です。
個人的には、あれだけ好きだったミステリー小説も、この松本清張作品あたりを最後に、トントご無沙汰してしまっているので、最近のミステリー作品状況はまるでわかっていません。
映画としては、2020年公開の「新聞記者」を見ていますが、ああいった政治の腐敗に鋭くメスを入れるような辛口な作品が、減っているのは事実でしょう。
彼が生きていれば、もしかすると、題材にしたいネタは、山のように転がっているのが現代かもしれません。
時事ネタにも、鋭く切り込んで、持論を巧みに小説に取り込んでいた松本清張ですから、おそらくどこにも忖度しない切れ味鋭い作品を生み出してくれていたかもしれません。
彼が、執筆業を生業にしたのは、42歳からです。
「僕には時間がない。書きたいテーマは山ほどあるのに。」
生前の彼はよくそう言っていたそうです。
あの信じられないような超多作の作品リストを見ていると、食事時間と睡眠時間以外は、常に万年筆を走らせていたのではないかとも思ってしまいますが、僕のような中途半端な作文オタクからみれば、それでも案外幸せな人生だったのではないかと思ってしまいますね。
小説家は、ご贔屓女優をいつでも頭の中にイメージして、自分の紡いだ物語のヒロインとして、自由に演出できる仕事と考えれば、ある意味では映画監督よりもずっと楽しい職業かもしれません。
若き日の松本清張は、映画青年だったそうですから、彼の頭の中のスクリーンには、執筆した本数分の映画が上映されていたのかもしれません。
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