七つの会議
サラリーマン時代は、欲しいと思ったものは、一万円以下のものであれば、ほぼ衝動買いをしていましたが、定年退職をして、そうそうは贅沢のできない身分になってからは、買い物もそれなりに慎重になりました。
そんなわけで、最近よくお世話になっているのは、100円ショップの「ダイソー」です。
圧倒的に安い価格設定で登場した「ダイソー」ですが、顧客から「安物買の銭失い」と言われないようにしようという企業努力を続けた結果、品質も品揃えも、多くの消費者に認められることなり、メキメキと大躍進。出店数も年々増加しています。
自宅から、畑に通うまでの通勤路にも、数店舗のダイソーがあって、園芸用品などの購入に、ちょくちょく利用しています。
品揃えの中には、「高額商品」というものもあって、100円でないものには、全て値札が付けられているのですが、それでも僕の知る限り、ほぼ1000円までの販売価格帯。
中には、時計、スピーカーなど、ちょっと信じられないような価格の商品もあって、完全コスト度外視の商品を並べておくことで、客寄せ効果を狙っているのだろうと理解しています。
先日も、iPhone のライトラニング・ケーブルをが100円でしたので、思わず購入してしてしまいました。
どう考えても100円のコストで作れるシロモノではないことはわかっていたので、使えればめっけもの、使えなくても、話のネタにはなるくらいのつもりだったのですが、さすがにこれは通電不能でした。
もちろん、値段が値段ですので、文句を言うつもりはありません。
思うに、ダイソーの商品企画会議では、日常的に、コストを削減するための涙ぐましい企業努力が展開されているものと思います。
このように、製品原価をとことん抑えていく努力を、消費者へ還元することで、自社利益に誘導していくという企業もあれば、それとは正反対に、消費者を騙すことで、暴利を貪ろうという企業もあります。
なかでも、建築関係、製造関係、医療関係、食品関係などといった、人の暮らしや、命に関わるような分野では、コスト削減が、安全性を犠牲にして行われてしまえば、これはもう本末転倒です。
日用品なら、割安だから、多少のことには目をつぶりましょうと言うこともあるでしょうが、世の中にはそうはいかない製品もたくさんあります。
しかし、なかには高品質と低品質の差がわかりにくく、素人にはそのジャッジがなかなか難しいというものもたくさんあります。
賞味期限切れを、自分の舌で確認できる人は皆無でしょうし、耐震強度を、目視で確認できる人なんていないでしょう。
こういったものは、提供する側からすれば、美味しい話で、ある意味で言ったもの勝ち。
法律的なチェック・システムが確立していない分野のものなら、「安全です」「高品質です」と言い切って、データを改竄してしまえば、消費者には真相を知る由もありません。
これで、相当のコスト削減が見込めるとなれば、やはり悪魔が囁くのでしょう。
どうしても、ズルしたくなる虫がウズウズしてくるのが人間というものです。
2007年に発覚した大阪の老舗高級料亭「船場吉兆」の賞味期限切れ隠蔽、産地偽装などの食品不正事件は、謝罪会見でのあの女将の大失態映像が、いまだ記憶に鮮明ですし、2003年には、姉歯設計事務所による構造計算書偽造問題などがありました。
偽装や隠蔽は、どうも日本企業においては、お家芸と言われても申し開きできないくらい、企業内にその温床が、深く根付いているように思えます。
ネットで、ザックリ検索してみても、ここ20年ほどの企業不正事件はザッと以下の通り。
- 2007年 東洋ゴム工業耐火耐熱パネル性能偽装事件
- 2007年 アパ京都ホテル耐震偽装事件
- 2011年 東洋ゴム工業免震ゴム性能偽装事件
- 2013年 三菱自動車燃費偽装事件
- 2015年 住友不動産マンション傾斜事件(熊谷組による施工不良)
- 2015年 三井不動産マンション基礎杭データ改ざん事件(旭化成建材)
- 2018年 神戸製鋼所長年にわたる品質データ改ざん事件
- 2018年 日産自動車排ガス検査不正事件
- 2019年 関西電力高浜原発金品不正授受事件
テレビのニュースは見ないのですが、SNSでニュースを追っかけているだけでも、謝罪会見でフラッシュを浴びながら、幹部一同が頭を下げている光景を何度目撃したことか。
その不正の裏で、どんなやり取りがあったのかは、想像に難くありません。
労働者派遣法の規制緩和で、非正規雇用が増えた平成の時代。
正規社員との企業内格差は大きくなる一方で、そんな就職弱者たちの弱みにつけ込んだブラック企業も増殖しました。
このような時代に多くの偽装が発覚したのは、会社に疑問の目を向ける労働者たちが反乱を起こしたからと見るのが妥当でしょう。
なぜなら、こういった偽装や不正の主な発覚源は、そんなストレスを抱えた内部関係者の通報や密告が圧倒的に多かったからです。
そんなモラルが崩壊していく企業群を、銀行マンからの目線で、じっくりと観察していた男がいました。
それがビジネス・エンターテイメントという分野を確立した作家の池井戸潤です。
この人の原作で有名になったのは、なんと言ってもあの「倍返し」が視聴者の溜飲を下げた「半沢直樹」でしたが、それ以外にも、彼の小説には、企業を舞台にした傑作が目白押し。
サラリーマンを30年近くやってきた者にとっては、思い当たるようなエピソードもふんだんに盛り込まれていて、映像化された作品には、随分と楽しませてもらいました。
彼の多くの作品を取り上げたのがTBSですが、WOWOWもドラマ化には熱心でした。
WOWOWは、契約者からの視聴料で運営される会社でしたので、スポンサーの顔色を伺いながらドラマ作りをしなければならない民放よりは、かなり突っ込んだ作品になっていた記憶です。
さて、本作は、池井戸潤家原作の映画化作品です。
Amazon プライムで、視聴可能になっていたので、早速見てみました。
主演は、狂言師の野村萬斎。その他、及川光博、片岡愛太郎、香川照之といった面々。
とにかく出演俳優は豪華でしたね。
池井戸作品には、常連の俳優が、ズラリと並んでいて圧巻でした。
主役級の俳優が、ほんのワンシーンだけのチョイ役で出演しているという「お遊び」は、昔から好きでしたので、これがまた、たまりませんでした。
隠蔽された不祥事が、徐々に明らかになってく展開が、極上のミステリー仕立てになっている、いつもの池井戸ワールド。
いくつもの伏線を回収しながら、テンポ良く黒幕に肉薄していくストーリー展開は、池井戸ワールドをぎゅっと凝縮した映画ならではのもの。
多少強引なところも見受けられましたが、2時間で話をまとめなければいけない映画の制限はありますので、これは目をつぶることにします。
「半沢直樹」シリーズで拍手喝采を浴びた香川照之の「顔芸」は、相変わらずで、日本の古典芸能で鍛えた、野村萬斎や片岡愛太郎のデフォルメされた濃い「キメ顔」も善戦していました。
濃い顔の極め付けといえば、大御所の北大路欣也もラストで登場。
半沢直樹ファンとしては、「いよっ、頭取!」と声をかけたくなりましたが、本作では親会社の社長役でした。
個人的には、役者の気合のこもったアドレナリン放出系のドアップ連続の演技合戦は、暑苦しくて好きではないのですが、池井戸ドラマ・ファンにとっては、これはもはやお約束。
サラリーマンと言う職業は、会社の中では、自分の喜怒哀楽を押し隠し、感情的になる気持ちをひたすら抑えて、営業用のマスクで仕事をするものだと思っていましたので、これだけ、顔を近づけて、不必要に飛沫を飛ばし合うバトルを見せられると、リアリズムからは少々遠のきます。
舞台劇ならこれでいいのでしょうが、映画ならもう少し見せ方があったかもしれません。
最も、主役のキャスティングが決まった次点で、顔芸中心のアップ多用演出プランは、決まっていたのかもしれません。
狂言で鍛えられた野村萬斎の存在感が、この映画の「色」を決定していた気がしますね。
グータラ万年係長だった八角民夫は、映画後半では、太郎冠者になって、鬼の面をつけ、「取って噛もう。やるまいぞ。」と叫びながら、黒幕に迫っていくようにも見えました。
「七つの会議」の舞台になっていたのは、実は能楽堂だったのたかもしれません。
ポンポンと、テンポのいい展開で畳み掛けてくれたクライマックスでしたが、その後のエンディングが、ちょっとダラダラしすぎたというのが個人的感想です。
弁護士役の「あの人」に向かって語り出した、八角のモノローグは完全に余計でしたね。
エンドロールが終わってからも、まだ一芝居ありましたが、これもなんだか潔くない感じ。
これは最近の映画の傾向なのでしょうか。
クラシック映画が好きな映画ファンとしては、クライマックスで盛り上がって、バーンとエンド・タイトルが出て終わるというシンプルなスタイルに慣れ親しんでいるので、ちょっと違和感を感じます。
サラリーマン現役時代は、月一回の会議の資料を作るのがは自分の仕事でしたが、たいていは前日の夜遅くまでかかっていましたので、会議では眠気と闘うのが大変でした。
幸い会社には、特に不祥事や不正事件はありませんでしたので、データの改竄も隠蔽も経験はありません。
ただ、データの計算を間違えたことは、何度もあります。
気づかれるかどうか、ハラハラしましたが、結局会議中に指摘されることはなかったので、アーカイブに保存する前に修正して、証拠は隠滅。
これはしっかりと隠蔽させていただきました。
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