奇巌城
子供の頃は、「読書の虫」でした。
なんと言っても、家業が本屋だったことの影響は大きいわけです。
絵本や、学校推薦図書である世界名作も、さんざん読みましたし、子煩悩だった父親がよく「読み聞かせ」もしてくれましたが、その辺りの「良い子」路線は早々に卒業して、当時おそらくは全ての少年たちが目を皿のようにして読んでいた「ウルトラ怪獣図鑑」や、「少年マガジン」「少年サンデー(まだ「少年ジャンプ」は発刊されていない頃)などと並行しながら読んでいたのが、モーリス・ルブランの「怪盗ルパン」シリーズです。
実家の本屋の児童書コーナーには、当時ポプラ社発行による子供向け「怪盗ルパン全集」がズラリ並んでいて、これを片っ端から読んでいました。
翻訳は、南洋一郎氏。原作者のモーリス・ルブランよりも、南氏の名前の記憶の方が鮮明です。
ですから、「ルパン」といえば、イメージされるのが、この全集の表紙絵になっている姿。
シルクハットに、片眼鏡、そして短いちょび髭のアルセーヌ・ルパンです。
もちろん並行して「名探偵ホームズ」シリーズも読んでいますが、知的な推理ゲーム的味わいのホームズ・シリーズよりは、より冒険活劇的要素の大きいルパン・シリーズの方が面白かった記憶です。
我が家でも、この小学校高学年向けルパン・シリーズは、児童書コーナーの一番いいところを陣取り続けていましたから、あの界隈でもそこそこ売れていたのでしょう。
このポプラ社の全集を読んで、「怪盗ルパン」にハマっていった小学生は当時僕だけではなかったのだと思います。
おそらくは、そんな少年ファンの広がりが全国的にあって、1971年に始まったアニメ「ルパン三世」の爆発的ヒットのベースに繋がったような気がしないでもありません。
このシリーズを読んだのは、もう50年以上も前の話ですから、ほとんどの内容はすでに忘却の彼方。
でも今は便利な時代で、ネットで検索すれば、当時刊行されていたシリーズの表紙だけは確認できます。
どの表紙もハッキリと見覚えがあるものばかりで、これで、うっすらと、内容が蘇ります。
モーリス・ルブランのルパン・シリーズには、短編、中編、長編とありますが、やはり記憶にハッキリと残っているのは長編ですね。
「813」「水晶の栓」「三十棺桶島」など、微かに記憶に残っているものは、皆長編です。
そんな中で、僕の中のベスト・オブ・アルセーヌ・ルパンは、やはり「奇巌城」です。
今回、図書館で探して、文庫版を再読してみましたが、やはり、一度読んでいる記憶が蘇ってきて、すでに60歳を超えた老人になっているにも関わらず、冒険活劇としてそこそこ楽しめました。
本作の冒頭は、アルセーヌ・ルパンが、あるお屋敷からルーベンスの絵画を盗むのに、掟破りの殺人を犯し、自らも負傷します。
人は殺さないのが信条のルパンともあろうものが、一体どうしたことか?
緊張をはらみつつ、物語は進行しますが、本作において、ルパンよりも活躍するのが、高校生探偵がイジドール。そして、おなじみのフランス警察のガニマール警部。
その他、もうひとりルパンと対決するのが、イギリス人探偵のエルロック・ショルメ。
この名前の語感からピーンとくる人もいるかもしれませんが、この人物は、昔読んだポプラ社版では、はっきりとシャーロック・ホームズと書いてあった記憶です。
ホームズといえば、イギリス本国ではもちろんルパンよりも有名な国民的名探偵。
彼の出演を、ルブランが原作者コナン・ドイルに許可を得たのか、得ないのかは知るところではありませんが、これは明らかに、モーリス・ルブランが本作を売るための「ちゃっかり拝借」企画と言って良いもでしょう。
この「奇巌城」以外にも、ルパンとホームズの対決編はいくつかありますが、どれだけ特別ゲストに花を持たせても、これはルブランの反則技は「教育的指導」ものでしょう。
そういえば、映画座頭市シリーズにも、「座頭市対用心棒」というのがあって、三船敏郎が、あの桑畑四十郎の扮装そのままでゲスト出演して、座頭市と立ち回りをした作品がありましたが、その話題性で観客動員はあったのかもしれませんが、特別ゲストに色々と配慮した分、やはり作品としては中途半端な味わいでした。
奇巌城というのは、日本で一番最初にルパン・シリーズを翻訳した保篠龍緒氏の名訳ですが、本来の意味は、「空洞の針」といったような意味です。
つまりは、針のように尖って海から突き出た奇岩の中が空洞になっていてルパンの秘密のアジトになっているというわけです。
これは、モーリス・ルブランの生まれ故郷ノルマンディ地方のエトルタ海岸に実際にある奇岩だそうです。
この秘密基地に、ルパンは、フランスの歴史上の金銀財宝や絵画を収集しているのですが、なんといっても本作の醍醐味は、この奇巌城に至るまでの高校生探偵イジドールとの熾烈な知恵くらべ。
このイジドールは、同時期の推理小説の傑作ガストン・ルルーの「黄色い部屋の秘密」に登場したルールタビーユに共通する部分が多く、ホームズ拝借でもやらかしているルブランとルルーの間には険悪なムードが漂っていたそうですが、僕のイジドール少年のイメージは、なんと言っても我ら世代の不滅のロボット・アニメ「鉄人28号」のリモコン操縦者金田正太郎少年です。
半ズボンの子供のくせに、ませたネクタイと背広を着て、一軒家に一人で住み、拳銃まで所持する、今にして思えば相当怪しい少年でした。
しかし、頭脳明晰で、冒険大好きなのはイジドールとかなりイメージがダブります。
それと、「鉄人28号」を覚えている方は、ピーンとくるかもしれないのですが、この奇巌城のイメージが、このアニメシリーズの前半によく登場した、モンスター、バッカス、オックスの生みの親不乱拳博士の秘密基地「まだら岩」のイメージに相当かぶるんですね。
果たしてこの小説が、イメージの原点になっているか、原作の横山光輝先生に聞いてみたいところです。
そういえば、「鉄人28号」に登場する悪役の一人に、フランスの怪盗シャネル・ファイブなんてのがいましたが、このキャラのモデルは、完全にアルセーヌ・ルパンでしたね。
数あるルパンものの中で、この「奇巌城」のイメージが比較的鮮烈なのは、この辺りの事情によるかもしれません。
「鉄人28号」もそうでしたが、こうして一つのジャンルにハマると、自然と自分でも描きたくなったり、類似の主人公を創作して、大したプロットもないまま、勝手に物語を描き始めるなんてことは、子供の頃はしょっちゅうでした。
もちろん、ラストまでたどり着いた物語や漫画は皆無で、ちょこっと書き出しては、すぐにやめて次の物語をスタートなんてことを日常的にやっていました。
おそらくあの頃のものが残っているとしたら、書きかけの未完成ノートが夥しい数あったはずです。
あれが今にも繋がる「作文オタク」道楽の導入部だったのでしょう。
小学生の頃は、こうした読書体験や作文体験が功を奏して、担任の先生からは、国語だけは評価されている小学生でしたね。
我がブログは、内容は乏しいのに、とにかく長いというクレームが多いのは承知しております。
とにかく、書きたいことは全部放り込んだ上で、なんとか文章に起承転結をつけようと姑息な努力をするので、気がつけばダラダラと長文になっているわけです。
そんな本プログの原点は、僕の場合、元を辿ればどうやらアルセーヌ・ルパンにありそうです。
さて、こういった不滅のキャラクターは、いつの時代も映画が放っておかないのものなのですが、シャーロック・ホームズに比べて、意外と怪盗ルパンを主人公にした映画が少ないのは不思議です。
ネットで調べるといくつかはあるのですが、少なくとも僕の記憶にはないものばかり。
映画化されているものを見てしまうと、イメージは完全にそちらに引っ張られてしまうことが多いのですが、僕のイメージにあるアルセーヌ・ルパンは、それがない分、50年前の読書体験に依存しているところが大きいと言えますね。
後に読むことになる、江戸川乱歩の「怪人二十面相」などは、僕に言わせれば、完全に怪盗ルパンの亜流です。
またまた長くなりそうなので、そろそろ締めましょう。
本作の冒頭で、ルパンが人を殺した? という展開がありましたが、これはご心配なく。
でもその顛末は、これから本作を読む方の楽しみのために、語らないでおきます。
最後に一つ、100年以上も前の冒険推理小説なので、野暮なことは言いたくないのですが、果たしてこの時代に潜水艇があったのかどうか。
本作が発表されたのは、1909年。これだけ、ちょっと気になりました。
「怪盗ルパン」は、SFではないと思いたいところです。
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