さて、第15作目です。
今回のマドンナは、吉永小百合に引き続き二度目の登場となる浅丘ルリ子。
もちろん彼女が演じるのは、前回同様ドサ回りの歌手松岡リリーです。
ファンからの人気も高かったのでしょう。
山田洋次監督のインタビュー映像を、YouTubeで見たのですが、マドンナに浅丘ルリ子を起用するにあたって、監督は最初、農婦の役を考えていたそうです。
しかし、そのマドンナの概略説明を浅丘ルリ子にしたところ、彼女にはこう言われたとのこと。
「こんな細い指で、農婦の役が出来るかしら?」
それを聞いた山田監督は、再び最初から構想を練り直した結果、ひねり出したのがキャバレーの歌手松岡リリーのキャラクター。
この役が膨らみはじめると、山田監督は農婦のアイデアを捨て、突貫作業で脚本を練り直したのこと。
その甲斐あって、この役は、浅丘自身のキャラクターとも大いにシンクロすることとなり、彼女にとって代表的な役となったことは言うまでもありません。
また、寅さんシリーズの作品の中で、どの作品に一番思い入れがあるかという質問に対して、監督は言いにくそうにはしながらも、最終的には本作を挙げていました。
本作が、シリーズ前期における代表作になったことは間違いないでしょう。
寅とリリーと共に、夏の北海道を旅することになる蒸発サラリーマン兵頭健次郎を演じたのは船越英二。
大映の看板俳優の一人でしたが、僕の記憶にあるのは、なんといってもTBSドラマ「時間ですよ」の松の湯のご主人役。
このドラマは、銭湯が舞台ということで、当時、必ず女性のヌードが拝めるテレビ番組として、欠かさず見ていました。
映画で一番強烈な印象だったのは、市川崑監督の「黒い十人の女」。
彼が「和製マルチェロ・マストロヤンニ」と呼ばれていたことは、この映画一本だけで頷けました。
もちろん「大怪獣ガメラ」の日高教授役も、怪獣オタクの記憶には鮮明です。
兵頭の夫人君子を演じた久里千春は、トッポジージョの声を当てていた山崎唯の奥様だった人。
そして、この二人の娘役で、当時「愛と誠」で女優デビューしたばかりの早乙女愛がキャスティングされていました。
さて、オープニングの夢のシーン。
今回の夢は、尺もたっぷりと7分近く使った大作です。
七つの海をまたにかける海賊船の船長タイガーが、奴隷商人(吉田義男)の魔の手から、妹チェリーを救うという冒険活劇です。
とらやのレギュラー陣は、満男も含めて全員が参加。
それだけではなく、前作で寅の恋敵を演じた上條恒彦、第10作でとらやに下宿する東大助教授を演じた米倉斉加年も飛入り出演していました。
今なら、さしずめ「パイレーツ・オブ・カリビアン」か、「ワンピース」の世界といえばわかりやすいでしょうが、時代は70年代。両者はまだ世に出ていません。
この元ネタが何かは、すぐにわかりました。
寅が目覚めたのが、田舎の映画館なんですね。
貼ってあったポスターが、「シンドバット黄金の航海」。
Wiki してみたら、1974年日本公開の海賊映画でした。
さて、とらやのテレビでは、イギリスのエリザベス女王訪日パレードの実況が映されています。
実際にエリザベス女王が、エジンバラ公フィリップ殿下と共に、来日されたのは、1975年の5月。
これもまさにリアルタイムな話題。社会ニュースが、ちゃんと脚本に盛り込まれています。
このシーンで気がつきましたが、とらやのテレビがカラーテレビになっていましたね。
一同が、寅の噂をしていると、とらやにフラリと現れた美女が一人。
松岡リリーです。
彼女は、長い髪をバッサリと切っていました。
二年前に寿司職人と結婚し、本名の清子になって小料理店を開いていた彼女ですが、話を聞けば、今は離婚して、また元のドサ回りの歌手に戻っているとのこと。
旅の途中だという彼女は、寅には会えないまま、北へと向かいます。
ちなみに、映画の冒頭で、寅がとらやに戻って、レギュラー陣と一騒動起こさないという展開は、ここまでではなかったかもしれません。
そういえば、タイトル・クレジットのバックには、珍しく寅は登場していませんでした。
さて、その頃寅は青森にいました。
青函連絡船の出る港町でバイをしている寅には、同宿している「連れ」が一人。
八戸駅でばったり出会った兵頭(船越英二)という男です。
ある日、家族を捨てて蒸発し、東北を旅しているうちに寅と知り合い、一緒に旅をする仲になっています。
兵頭は、家族の元に帰れという寅の忠告を聞こうとしません。
自分の家族に絶望している兵頭は、寅に何か温かいものを感じています。
それでも、家族が心配していないわけがないと思う寅は、旅先からとらやに電話をして、兵頭家の電話番号を伝え、無事でいることを家族に知らせてくれとさくらに頼みます。
この時代の長距離の公衆電話は、まだ100円玉が使えなくて、10円玉がガチャガチャと吸い込まれていくタイプ。
ケータイがあたりまえの今の若い人には、想像がつかないかもしれません。
寅が、10円玉がないと叫んでいると、とらやにいるおばちゃんが、ガマグチから10円玉を出して渡そうとするギャグが秀逸。
このシリーズでは、おばちゃんのギャグは、なかなか侮れません。
青函連絡船十和田丸で、函館に渡る寅と兵頭。
寅と一緒に旅をすることで、自由の心地良さを知った兵頭は、連絡船の上空を飛ぶカモメに目を細めます。
一方、さくらから電話をもらった兵頭の妻・君子は、その詳細を聞かせてもらおうと、とらやを訪問。
寅の出張先(?)を聞こうとしますが、もちろんそんなことは誰にも答えられません。
北海道に渡り、だんだんと財布の中身が心配になってきた二人が、夜の屋台でラーメンをすすっていると、寅はそこで懐かしいリリーと再会します。
リリーがとらやを訪れたことを聞くと、寅は満面の笑顔。
気を利かせて、その場を去ろうとする兵頭ですが、リリーは寅の連れをつんぼ桟敷にするようなマネはしません。
屋台で大盛り上がりの三人は、そのまま旅館に同宿。しかも同部屋です。
リリーを真ん中にして、川の字になって寝る三人。
寅の恋愛話を朝まで聞いていたいリリーですが、まずは早々に寅がダウン。
寅に足を温めてもらおうと、寅の布団に潜り込もうとするリリー。
おっ、シリーズ始まって以来のマドンナとのベッドシーンかと思いきや、寅に布団を追い出されたリリーは、兵頭の布団へ。
兵頭がオロオロしていると、寅が一言。
「温めてやれ。」
さあ、ここからなんとも奇妙な、男二人と美女一人の旅の道行が始まります。(トリフォー監督の「突然炎のごとく」の寅さん版?)
翌日、函館本線で小樽に向かう三人。
しかし、お腹がへったとなれば、途中の長万部で降りて、カニでも食べようということになります。
どこに行くという当てもない、気ままで自由な旅です。
カニを食べてしまって、その夜の宿代もないとなれば、駅のベンチで夜を明かすことも厭いません。
これまでのマドンナたちが、風の吹くまま気の向くままという寅の旅の暮らしに憧れると言っていたのを思い出します。
けれど、それはけっして実現しない夢であることをどのマドンナたちも理解していました。
そこには、彼女たちが踏み越えられない厳然たる壁があったわけです。
しかし、このリリーは、そんな壁を軽々と越えてしまいます。
というよりもむしろ、寅にとっては、初めから壁のこちら側にいたのが、リリーということなのでしょう。
前回のラストで、酔っ払ったリリーが、寅に一緒に旅に出ようとせがむシーンがありました。
くしくも、本作ではそれが実現するという展開になっていますね。
函館本線蘭島駅の駅舎で一晩を過ごした三人。
多少の元手がなくては「気ままな旅」も続けられないと、札幌の大通公園で商売を始めます。
しかし、今回はいつもの寅の啖呵売ではなく、三人がチームを組みます。
商品は訳ありの万年筆。
火事で売れなくなった万年筆を、退職金代わりに売らなければならない職人を演じるのが兵頭。
サクラになる夫婦を装ったのが寅とリリー。
怪しい商売ですが、詐欺親子の旅を描いた「ペーパームーン」の寅さん版というところでしょうか。
後に作られた、マイケル・ジャクソンとポール・マッカートニーの「セイ・セイ・セイ」のビデオクリップも、そんなストーリーでした。
日銭を稼いだ三人は、干し草を積んだトラックの荷台に揺られて小樽へ。
自由で気ままな旅は続きます。
小樽運河を眺めながら、兵頭は急にセンチメンタルになります。
話を聞けば、学生時代の彼の初恋の相手が、小樽出身の女性だったというわけです。
その彼女の姿を一目見ればそれでいいという兵頭に、寅とリリーは仕方なくついていきます。
やっと、その家を見つけた兵頭ですが、その彼女は亭主とは死別して、すでに引っ越した後。
近くの町で喫茶店を開いていると聞いた兵頭は、寅に促されて、二人と別れて、彼女に会いに行きます。
「いい歳して甘ったれだねえ。男なんて。」
そういうリリーに寅は反論します。
「おまえも、夢のない女だねえ。」
「夢じゃあ、食えないからねえ。」
彼女の喫茶店を見つけた兵頭は、店内に入り、ドキドキしながらもコーヒーを注文。
「初恋の人」は、客たちを相手に、忙しくカウンターの中を動き回っていました。
その姿を見て、結局甘い感傷に浸っていただけの自分を感じた兵頭は、カウンターに代金を置いて店を出てしまいます。
しかし、カバンを忘れて戻ろうとしたところへ、そのカバンを持って中から彼女が。
「健次郎さんでしょ?」
彼女は、兵頭のことを覚えていました。
兵頭が店に入ってきた時に、すぐにわかったという彼女。
彼女から見れば、兵頭は30年前とちっとも変わらないように見えていたのです。
自分はすっかり変わってしまったけれど・・
もう一度店内に入るように勧められる兵頭ですが、彼は「汽車の時間が・・」と嘘をついて、逃げるようにその場を後にします。
兵頭の後ろ姿をじっと見つめる彼女。
あれれ?
これって、いざとなるとマドンナから逃げ出してしまういつもの寅のパターンではありませんか。
港で落ち合った三人は、兵頭からの報告を聞きます。
話を聞いて、彼女の気持ちを代弁する寅。
しかし彼女の気持ちを仮に受け止めたとしても、今の自分には何もできない。
自分はたった一人の女性も幸せにすることの出来ない情けない男だと、自分にダメ出しをする兵頭にリリーは言い放ちます。
「女が幸せになるには、男の力を借りなきゃいけないとでも思っているのかい? 笑わせないでよ。」
「お前も、可愛げがない女だねえ」と軽口を挟む寅に、リリーはさらに食ってかかります。
「女が、どうして可愛くなくちゃいけないんだい?」
マドンナに対してこんな言い方がする出来る寅もはじめてなら、その寅にメンチを切って、こんな風に言い返すマドンナもはじめて。
やはり、この松岡リリーはただものではありません。
歯に衣を着せずに言い合える二人だけに、一度口論になってしまうともうブレーキが効きません。
勢い余って、最後はリリーの地雷を踏んでしまう寅。
リリーは、目に涙を浮かべて二人の前から立ち去っていきます。
うろたえるばかりの兵頭は、寅に押されるように、リリーを追いかけていきます。
男の意地で、リリーを追いかけていけない寅には後悔の表情が・・
さて、舞台は変わってとらやです。
女子高生たちで賑わう店の電話が鳴ります。
さくらが出ると、相手は先日とらやに訪れていた兵頭の妻・君子。
なんと、蒸発していた亭主が、ひょっこりと帰ってきたという報告です。
電話に出た兵頭は、もう元のエリート・サラリーマンの姿に戻っていました。
そして、リリーたちと別れた寅も柴又に戻ってきました。
映画も中盤になってからの寅の里帰りというのも、ここまでではシリーズ初の展開。
映画の前半は、ちょっとしたロードムービーになっていましたね。
さて、旅先でリリーを怒らせてしまった寅は、その反省の念をさくらたちに訥々と語ります。
すると、しょげかえった寅の背後に立っていたのがリリー。
おいおい。
いくらなんでもその展開は、ちょっと都合よすぎではないかと思ってしまうところですが、人情喜劇でそれを言うのも野暮というもの。
神妙な寅の懺悔を聞いていたリリーは、一同の見ている前で、おもわず寅に抱きついてしまいます。
喧嘩をした後も、考えていたことは、二人とも一緒でした。
リリーを迎えた、その夜のとらやは、大盛り上がり。
タコ社長につられて、珍しく博までが「悲しい酒」をアカペラで歌い出します。
伴奏が手拍子のみのアカペラ歌唱大会は、当時の我が家の宴会でも定番でしたね。
カラオケの登場以前は、どこの家庭もみんなそうだったはず。
博の調子っぱずれをフォローするリリーの笑顔も嬉しそうに弾けています。
翌朝、とらやの二階で目を覚ますリリー。
階下では、彼女を朝風呂に入れようと、寅が薪をくべながら風呂を沸かしています。
スイッチ一つで風呂が沸く今とは違います。
我が実家は、住込店員もいる大所帯の本屋でしたので、かなり早い頃から家風呂はありました.
やはり70年代の頃は、風呂の背後に大きな竃(かまど)がありましたね。
昨夜のお礼に餃子を作ろうというリリーの買い物に付き合う寅。
二人は、ラブラブのカップルのように、腕を組んで参道を歩いていきます。
源公と一緒に、その二人を見た御前様。
「困った。実に困った。」
毎回のように聞いているつもりだった御前様定番のセリフですが、ここで初めて聞いた気がします。
人目も憚らず、寄り添って歩く二人はたちまち柴又界隈の噂になってしまいます。
話には尾ひれがついて、なかには、寅はリリーののヒモになったというような話も。
そんな興味本位の噂に、とらやの面々は頭を抱えますが、寅の耳には入りません。
頭はもうリリーのことでいっぱいです。
彼女を、ステージがあるキャバレーの裏口まで送り届けてきた寅は、リリーの悲惨な労働環境を憂います。
もしも自分にお金があれば、リリーの夢を叶えてやると、とらやの面々に語り出します。
そこで始まる今回の「寅のアリア」は、聞き応え十分。シリーズの中でも屈指の「一人語り」です。
撮影の手順の都合で、このシーンは、実は浅丘ルリ子の撮影に入る前に撮られたとのこと。
撮影後、一計を案じた山田監督は、そのシーンのラッシュを、これから撮影に入る浅丘ルリ子に見せたそうです。
すると、彼女の大きな瞳からは、みるみる大粒の涙が。
山田監督は、その瞬間、彼女に女優としてのスイッチが入った手応えを感じたと、後のインタビューで語っていました。監督の演出力というのは、こういうことも含むのでしょう。
さて、帝釈天の前で、メロンを抱えてとらやを探す男の姿。
寅が、リリーと一緒に、北海道を旅したあの兵頭です。
帝釈天の境内では、寅が源公や子供達とチャンバラごっこをしています。
久しぶりの再会に、たちまち相好を崩す二人。
旅の想い出話で盛り上がる二人に、とらやの面々も腹を抱えます。
しかし、急に涙ぐんでしまう兵頭。
あれ以来、家族にも白い目で見られ、会社でも居場所がなくなったと彼は言います。
定年後には、寅のように自由な旅に出ることだけを楽しみに生きていくと告げる兵頭。
寅とリリーの結婚式には是非呼んでくれと言いながら、兵頭は江戸川堤を去っていきます。
そう言われて寅も、まんざらではない表情。
さくらの表情にも、色々な想いが交錯しています。
これまでのマドンナなら、どんなに寅が恋い焦がれようとも、結婚だけは無理だと理解することが出来たさくらでしたが、リリーだけは違いました。
もしかしたら、この人なら、自分のどうしようもない兄を、それごとすっぽりと包み込んで受け止めてくれるのではないか。
そんな淡い期待を、妹としてはじめて持たせてくれたマドンナがリリーでした。
女友達のアパートに身を寄せていたリリー。
しかし、家を出ていた亭主が戻ってきたのを見て荷物をまとめます。
リリーが電話をかけたのは、さくらと博のアパート。
さくらは、泊まるところのなくなったリリーを、快く迎え入れます。
バス停まで、リリーを迎えに行くさくら。
バスの中からしつこくリリーに付きまとっていた酔っ払いが、さくらに手を出そうとするとリリーの必殺の平手打ち。
やはりこんなマドンナは、今までいませんでしたね。
翌日、冷蔵庫から兵頭の置いていったメロンを、人数分に切り分けようとするおばちゃん。
さあ、いよいよ、シリーズ屈指の名シーンと評価される「メロン騒動」の始まりです。
拙い文章で、この名シーンをどこまで伝えられるかわかりませんが、やってみましょう。
メロンを切り分けるに当たって、その頭数を勘定するおばちゃん。
父親が印刷工だったというリリーが、博と一緒に隣の印刷工場から戻ってくると、テーブルの上には六等分されたメロンが並びます。
一同が食べ始めると、そこに商売を終えた寅が帰還。
みんなはあわてて、メロンを卓袱台の下へ。
おばちゃんが、寅を勘定に入れるのを忘れていたのです。
リリーが、とらやではなく、さくらのアパートに泊まったことに不満そうな寅でしたが、リリーの前にあるメロンを発見。
寅は当然のように、自分の分を要求しますが、それがないことをわかっている面々は、自分の分を次々に寅に差し出します。
しかし、自分が勘定に入っていなかったことが面白くない寅は、一同に食ってかかります。
最初は謝っていたとらやの面々。
しかし、それでは治らない寅の舌鋒がエスカレートしてくると、たちまちいつものように大喧嘩になってしまいます。
おばちゃんが泣きながら、言います。
「こんなことなら、メロンなんてもらうんじゃなかったよ!」
隣の部屋で、満男にメロンを食べさせながら、ことのなりゆきを見守っていたリリーが口を開きます。
「寅さん、あんたちょっと大人気ないわよ。」
それまで、リリーの存在を忘れていた寅も我に帰ります。
「おまえいったい、なにがいいてえんだよ。」
「いってもいいのかい?」
さあ、ここからはじまるリリーの啖呵が、昨夜の酔っ払いへの平手打ち以上の強烈な破壊力。
寅の胸にもグサリと突き刺さり、とらやの面々の溜飲をゴクリと下げることになります。
「ばかやろー!」(これが絶品!)
寅はそう言い捨てると逃げるように、とらやから退散。
恐縮するリリーに、一同は、「よくぞ、自分たちの気持ちを代返してくれた」と拍手喝采です。
このシーンを見るためだけでも、本作は一見の価値があります。
笑いながらも気がつけば泣けてくるという、人情喜劇の絶妙なバランスのお手本のようなシーン。
どれだけ罵り合っても、そのベースにお互いの信頼がなければこのシーンは成立しません。
そんな秀逸なエッセンスが、見事なまでに凝縮されたシーンでした。
そして、これを喜劇として表現できる役者は、渥美清しかいないことを確信しますね。
ふてくされた寅は、帝釈天のお堂でラーメンをすすっています。
しかし、やはりリリーが気になる寅は、とらやに戻ってきます。
折から降り出した雨。
メロンの件で、コテンコテンにやられたリリーの悪態を吐きながらも、心配になる寅。
キャバレーの仕事から戻ってくるリリーの時間に合わせて、寅は柴又駅に迎えに行きます。
駅前で、傘を持った寅の姿を見つけると、その傘の中に駆け寄るリリー。
「迎えに来てくれたの?」
「バカやろ。散歩だよ。」
「濡れるじゃない?」
「濡れて悪いかい。」
「風邪ひくじゃない?」
「風邪ひいて悪いかい。」
「だって、寅さんが風邪ひいて寝込んだら、あたしつまんないもん。」
リリーの細い手は、「相合傘」を持つ寅の手の上に、しっかりと重ねられています。
日曜日、河川敷で満男を遊ばせながら、さくらと博は、リリーと寅のことを話し合っています。
さくらは、これまでの二人の経緯を思いながら、寅を女房としてコントロールできる女性は、リリーしかいないと思っています。
そのリリーが、風呂付きのアパートを見つけたので、とらやを出て行くと聞いたさくらは、自分たちの想いをリリーに伝えます。
「リリーさんが、おにいちゃんの奥さんになってくれたら、どんなに素敵だろうなって。」
やっとの思いで、さくらがリリーにそう言うと、リリーの顔から笑顔が消えます。
「いいわよ。私みたいな女で良かったら。」
思わず小躍りするとらやの面々。
そんなところに、寅が帰ってくると、さくらは興奮して、寅にそれを伝えます。
しかし、それに素直にリアクションできないのが、寅の悲しい性(さが)。
どうしていいかわからない寅は、リリーに向かってこういうしかありません。
「リリー、おまえも悪い冗談やめろよ。みんな素人だから真に受けちゃってるじゃねえかよ。」
本当はうれしくてしょうがないのに、寅の口をつくのはそんな言葉です。
そんな寅の顔を、悲しそうに見つめるリリーですが、やがてニッコリ笑ってこう言います。
「そう、冗談にきまってるじゃない。」
リリーはそういうと、スーツケースを下げて、とらやを後にします。
さくらたちに追いかけてと催促されますが、寅は、それは聞かずに、そのまま二階に上がってしまいます。
北海道の時と同じように、リリーの背中を見送ることしか出来ない寅です。
寅は、二階に上がってきたさくらに、寂しそうにこう言います。
「あいつも俺と同じ渡り鳥よ。腹空かせてさ。羽根怪我してさ。しばらくこの家で休んだまでのことだ。
いずれ、またパッと羽ばたいて、あの青い空へ・・なあ、さくら。そういうことだろ?」
自分にそう言い聞かせている寅に、さくらは「そうかしら?」というのが精一杯でした。
かくして、シリーズ15回目の失恋が、ここに悲しくも成立。
おばちゃんがスイカを切っているとらやには、兵頭が訪れています。
さくらは2人の経緯を兵頭に説明します。
そして、自戒の念を込めてこう言います。
二人の「友情」を壊してしまったのは。もしかしたら自分達かもしれないと。
その寅は、また旅の空の下。
一人波の打ち寄せる海岸に座って、水平線を見つめる寅。
ラストシーンは、いつも映画に登場した誰かと偶然に再会して・・というのが定番なのですが、はて今回は?
小樽のキャバレーで知り合ったということになっているホステスたちに声をかけられる寅なのですが、いやそんなシーンはどこにもなかったような。
まあ、そんなこともあったということでしょう。
海を見つめたまま、たそがれる寅の横顔では、このシリーズのラストにはなりませんので。
ちなみに、今回の日本のおばさん「谷よしの」は、小樽の旅館の仲居役で出演。
台詞もちゃんとありました。「お客さん。いい加減にしてください。遅いんだから。」
さて次作は、第16作目「男はつらいよ 寅次郎葛飾立志編」です!
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