さて、第16作目です。
今回のマドンナは、樫山文枝。
この人のキャリアで記憶に鮮明なのは、NHK連続テレビ小説「おはなはん」のヒロイン役ですね。
放映当時は、小学校二年生でしたが、このドラマが始まると、朝ごはんの途中でも、学校に行く時間でした。
ですから、ストーリーはまるで覚えていないのですが、この人の顔と主題歌だけが記憶に残っています。
ちなみに、主題歌を歌っていたのは歌手でもある倍賞千恵子でした。
それと、もうひとつ記憶にあるのは、高校で生物を教わった年配の女性教師が、かつての教え子にこの人がいたと、さりげなく自慢していたことです。
Wiki してみたら、彼女の出身校は、東京の文化高等学校。おそらくそこで教えていたのでしょう。
父親が、大学教授ということですから、そのあたりから、今回の役がイメージされたのかもしれません
それから、準マドンナとしてキャスティングされたのが桜田淳子。
当時は、森昌子、山口百恵と共に「花の中三トリオ」の一角を担っていたバリバリのアイドルです。
三人とも、僕と同学年ですので、思い入れもひとしお。
秋田出身で、バラエティなどでは、秋田弁も披露していましたが、本作では山形から来た女子高生役。
中三トリオの中で、寅さんシリーズに出演したのは彼女だけでした。
山田監督は、山口百恵の起用を考えたこともあったそうですが、これは実現しなかったようです。
1990年代に、統一教会の合同結婚式に参加して、ワイドショーを賑わしていましたが、この騒ぎになって、今はどうしているのでしょう。
今回のベテラン大物枠には2名がキャスティング。
一人は、山形のお寺の住職を演じる大滝秀治。
1925年生まれの彼は、この時ちょうど50歳。渥美清よりも3歳年上ということになります。
寅に「勉学の道」を説くキーパーソンになります。
もう一人は、考古学専攻の大学教授役の小林桂樹。
数々の日本の名作にその名を連ねる名優です。
映画の中で、彼は寅よりも10歳年上と言っていましたが、実際は渥美よりも5歳年上で
この枠で登場する俳優は、大滝秀治同様、たいていは愚かな寅に、蘊蓄ある言葉を投げかけるキャラとして登場するのですが、さあ果たして今回は・・。
さて、オープニングの夢のシーンです。
今回の舞台は、バージニアにほど近い西部の町。酒場で歌っているのは、松竹歌劇団出身(?)の歌姫。
彼女は、西部を旅しながら、お尋ね者になっている兄タイガー・キッドを探しています。
ギターを弾いているのは、前回に引き続き登場の上條恒彦。酒場の客の一人として米倉斉加年もいます。
そして、酒場の顔役には、夢のシーンではレギュラーの悪党ヅラ俳優吉田義男。
そこに、風のように現れたのが四角い顔をした、指名手配のポスターの顔にそっくりの男。
酒場のガンマンたちが、一斉に拳銃抜きますが、タイガーキッド(に似た男)はこれを早撃ちで一網打尽。
本物のタイガー・キッドは、牢獄で死んだと歌姫に告げて、去っていきます。
テイストは、完全にマカロニ・ウエスタンですね。
帝釈天の参道を歩く女子高生たちの中に順子(桜田淳子)がいます。
参道を自転車でパトロール中の赴任したての警官が、夢にも登場した米倉斉加年。
第9作では東大助教授の役でしたが、今回は別キャラで登場です。
この警官にとらやを教えてもらうと、順子は友人たちと別れて、一人とらやへ。
話を聞けば、毎年、年賀状と一緒に、学費の足しにとお金を送ってくれている人物が車寅次郎という人とのこと。
しかし、順子はその人とは会ったことはないといいます。
寅の足はお世辞にも長いとは言えませんが、元ネタは完全に「足ながおじさん」ですね。
さあ、そんなところに、帰ってくるのがいつもの寅。
順子の顔を見ると、おもわず「お雪さん」といってしまいます。
泣き出す順子。お雪というのは、彼女の母親の名前でした。
そして、寅の四角い顔をマジマジと見つめた順子は、感極まって「おとうさん」と言ってしまったからさあ大変。
さくらたちもパニックです。
しかし、寅がお雪さんと知り合った時には、すでに女の子の赤ん坊(順子)がいたという話。
お雪は、前の年に死んでおり、どうやら「足ながおじさん」の話は、その話を聞かされていなかった順子の勘違いとわかります。
とらやの前を再び自転車でパトロールする警官が口ずさんでいたのが「わたしの青い鳥」。
これにはニンマリ。
とらやで暖かい「おもてなし」を受けて、順子は故郷の山形に帰っていきます。
その晩の「寅のアリア」は、当然お雪さんとの経緯です。
無一文だった寅が、山形県寒河江市の食堂に転がり込んだ時、それを承知で大盛り飯と豚汁を食べさせてくれたのがお雪さん。
赤ん坊を背負って、女手一つで食堂を切り盛りしていたんですね。
その観音様のような女性に、毎年お金を送っていた寅次郎。
その金額は500円ではありますが、ここは金額の話ではありません、その心根が尊いという話。
そんな山形に降り積もる雪のように綺麗な話をしていたはずが、気がつけば話はあらぬ方向へ。
とらやの雲行きが怪しくなります。
危ない方向に勢いがついてしまうと、もう止まりません。
互いに地雷の踏み合いになってしまい、図らずも寅はまた旅に出てしまいます。
寅が旅に出た先は、山形県でした。
参拝客で賑わう上山市水岸山観音寺の石階段の上から、寅の威勢のいい啖呵売の声が響きます。
一方寅不在のとらやの二階には下宿希望の美女が一人。
紹介者は、御前様です。
4作目の幼稚園の先生、9作目の東大助教授と、御前様はなかなかとらやの下宿経営には貢献してくれています。
今回は御前様の姪で、大学で考古学を研究しながら助手をしている筧礼子(樫山文枝)。
やはり、このパターンなら、寅が帰って来ればなにかありそうな・・
その寅は、上山から北に上がり、最上川を舟で渡って寒河江へ。
そこには、前年亡くなったというお雪さんのお墓がありました。・
花を手向けて、手を合わせる寅次郎。
すると、寺の住職(大滝秀治)に声をかけられます。
住職のお経を聞きながら、再び頭を垂れる寅次郎。
住職は、お雪さんの身の上話を寅に話して聞かせます。
順子の父親だった男は遊び人で、お雪が妊娠するとそれっきり。
自分が、男の正体を見破れなかったのは、学問がなかったせいだと、晩年はしきりに悔いていたとのこと。
これは、寅には身につまされる話でした。
「わたしには、お雪さんの気持ちがよーくわかります。本当に、わたしのようなバカな男は、どうしようもないですよ。」
「いや、それは違う。己れの愚かしさに気づいた人間は、愚かとはいいません。あなたはもう利口な人だ。」
住職の話を神妙に聞く寅。
「あなたも何か勉強始めるといい。子曰く、朝(あした)に道を聞けば、夕べに死すとも可なり。」
何を言っているのかはわからなくても、何やら大事そうなことだということは、ピーンと直感的に判断できるのが寅のすごいところ。
かつて、地道の暮らし、家族、故郷の尊さに「目覚めた」ことだけはある寅でしたが、今回はその学問編ということになりそうです。
もちろん、見ている方にも、マドンナを含む、この後の展開が朧げに見えて参りました。
さあ、山田監督、これをどう転がしてまいりますか。
さて、学問への道のスタートにだけは立つ決心をした寅は、柴又に戻ってきます。
駅前の「キッチャテン」で「コーシー」を飲んでいると、向かい側の席で読書している女性が一人。
筧礼子です。
彼女が、自分の帰るべき部屋に下宿をしているとは露知らず、寅は話しかけます。
面白くはないという本を、一生懸命読んでいる礼子に寅は感心。
ちなみに、今回のマドンナとの初対面で、寅が一番最初にかけた言葉が「ねえちゃん」でした。
これは、はじめてのパターンですね。
学問について語りながら、参道を一緒に歩いていると、いつものアレが出ます。
「おっ越後屋。あいかわらずバカか。己れを知れよ。」
しかし、帰る場所が一緒だったので、寅もビックリ。
事情を一同から聞いて、改めて礼子から挨拶をされると、ここでやっといつものスイッチが入ります。
一気にヤニ下がる寅の様子を見て、一同の顔にも不安の色が。
夜は、久しぶりに帰った寅がご機嫌です。礼子も交えて、学問談義。
こういう時とばかりに、寒河江の寺の住職から聞いたウンチクを披露しようとしますが、まったくのトンチンカン。
しかし、いったん崩れてしまえば、寅のペースです。
一同大爆笑のうちに、その夜の宴はお開き。
それにしても、この寅の「お開き」を言い出すタイミングは、毎回絶妙で勉強になります。
場がひとしきり盛り上けたら、まだその余韻があるタイミングで切り出すのがミソですね。
みんなが「まだもう少し」と思っているくらいで、粋に退場できればベストでしょう。宴会でモテるコツです。
さて、何事もカタチから入るという寅さんのスタイルには、個人的には大賛成。
勉学に勤しんでいるように見える小道具として、寅が思いついたのはメガネでした。
あまり「似合う」とはいえないメガネをかけて、お飾りの本を抱えて歩く寅の姿は、たちまち柴又の噂に。
御前様も、そんな寅に関心を持ってくれます。
しかし、寅はポーズだけで、肝心の勉強の方は一向に始まりません。
とらやの面々もいい加減呆れて、さじを投げかけているところに、御前様から話を聞いたという礼子が帰ってきます。
礼子は自分が寅の勉強の手伝いをしようと申し出てくれます。家庭教師ですね。
社会科の教員の資格を持っているという礼子が、その科目として「歴史」を提案。
もちろん歴史のレの字も知らない寅ですが、そこは愛しのマドンナから教われるチャンスを棒に振る手はありません。
モチベーションにこそ問題はありますが、なにはともあれ、寅の勉学の道はいよいよスタートいたします。
男子四十(この時の渥美清が47才)にして、勉強を始めるということは、あの寅だからこそ柴又ではホット・ニュースです。
御前様からも、警察官からも、お祝品が届けられ、とらやの面々はひたすら困惑。
最後には、また笑われることになるのではないかという不安がどうしても脳裏をかすめます。
後には引けなくなってしまった寅も、江戸川堤で寝転がり、源公を相手に出てくるのはボヤキばかり。
さて、水曜の夜7時半。
マドンナ礼子による歴史の講義が始まります。
捩り鉢巻きで正座をしながら、ノートを持つ寅。
しかし、寅の耳には、礼子の声は念仏にしか聞こえません。
お茶を持って様子を見に来たさくらも呆れ顔。
しかし、突然二階から聞こえてきた二人の笑い声。
日本史の「国のはじまり」の授業のはずが、寅お得意の啖呵売の口上になっていました。
寅の勉学への道は、かなり険しそうです。
そんなとらやに届いたのは、山形に戻った最上順子からの葉書でした。
住職から、墓参りに来た寅の話を聞いたとのこと。
とらやの面々は、彼女のリクエストに答えて、集合写真を送ります。
もちろん、そこにはメガネをかけた寅も。
さて、帝釈天の交番で、煙草をくわえながら、とらやの場所を訪ねる初老の男が一人。
礼子の通う大学で、考古学を教える田所教授(小林桂樹)です。
泥で汚れた背広に、タオルを首から下げ、くたびれたサファリハットで、リュックを背負った風体は、とても大学教授には見えません。
田岡は、弟子である筧礼子に会いに来ているのですが、どうにもそこがうまく伝わりません。
いいように寅にいじられているところに、礼子が戻ってきます。
救われた表情の田所教授。
かなりの変人で、しかも独身の田所は、筋金入りのチェイン・スモーカー。
とらやの団子も、煙と一緒に飲み込んでしまいます。
これくらい突っ込みどころ満載だと、相手が大学教師でも、寅の定番のセリフ「てめえ、さしずめインテリだな」は出ませんね。
しかし考古学の教授だけあって、その博学ぶりは百科事典並みです。
寅が得意の口上で挑むと、その続きもスラスラ。
その、いじられぶりを楽しそうに見つめている礼子。
しかし結婚しない理由を寅に突っ込まれると、田所教授は急にしどろもどろ。
「男と女愛情の問題は、難しくて、まだ研究し尽くしておらんのですよ。」
しかし、歴史や考古学は理解できなくても、話がこと恋愛となれば、我らが寅は雄弁です。
愛なんて簡単だという寅に、田所はそれならば説明してみろと迫りますが、寅は余裕綽々でこう答えます。
これは名台詞ですから、ちょっと長いですが、全部紹介。
「いいかい。ああ、いい女だと思う。その次には、話がしたいなあと思う。
その次には、もう少し長くいたいなと思う。そのうち、なんかこう気分がやわらかくなってさ。
ああ、この人を幸せにしたいって思う。この人のためだったら、もう命なんかいらない。
死んじゃってもいい。と、そう思う。それが愛ってもんじゃないかい?」
神妙に聞いていた田所は、ポツリと一言。「なるほどね」
そして、突然寅に向かってこういいます。
「君は僕の師だよ!」
そして、何かを反芻するように泣き顔になる田所。
礼子は、恩師を江戸川堤まで見送りますが、結局訪ねてきた理由は語らずに田所は帰っていきます。
彼が歌っているのは、ヴェルディの歌劇曲『女は気まぐれ(女心の歌)』
YouTubeで原曲を聴いたらこんな歌詞でしたね。
「常に哀れなるは 女に惚れ込み 女を信じた 用心の足りぬものよ
だが尚人は幸福の 全てを味わってはいないのだ 腹の底まで恋に 酔いしれたことがないから」
アパートで、田所教授の顛末を博に報告するさくら。
礼子の話には、たびたびこの教授が登場するので、たぶん心の奥では悪からず思っているのだと想像していたといいます。
しかし、それはどうやら勘違いだったようだと苦笑するのですが・・・
さて、江戸川の河川敷では、朝日印刷チームと、考古学チームの野球の試合が行われています。
本作の「谷よしの」は、ここで発見。
応援席で話をしている寅とさくらの後ろに立っていました。
つまり、朝日印刷関係者の身内ということでしょうか。
不思議なもので、この人の顔を確認すると、なんだかホッとするようになってきました。
寅は、河川敷の川風に身をすくめながら、応援しているさくらに、今年の正月はとらやで迎えるかと話しています。
もちろん、その理由は、とらやには礼子がいるからに他なりません。
この時点では、いつものように失恋は成立していませんし、特に恋敵らしい恋敵も不在。
まさか田所教授が、礼子の白馬の騎士になるとは、寅も思っていません。
とらやでは、両チーム揃って、にぎやかに試合の打ち上げの宴会。
上機嫌に酔っ払った田所を、礼子は自宅まで送り届けます。
一人暮らしの大学教授の家は、本で埋もれ惨憺たる状況です。
礼子が帰ろうとすると、「後で読んでくれ」と言いながら、田所はあらかじめしたためてあった一通の封書を渡します。
帰り道で、礼子がそれを広げると、それは田所からのラブレターでした。
寅の恋愛講義は、確実にこのインテリの心を動かし、礼子に愛を告白する勇気を与えていました。
その夜の寅の家庭教師をキャンセルするほど、礼子の心は動揺します。
数日、悩んでいる様子の礼子に元気をつけてもらおうと、寅は果物とはちみつを持って礼子の部屋へ。
しかし、そこで寅は、礼子からある男性からプロポーズされていることを聞きます。
決して、田所の名前は出さない礼子ですが、彼女の悩みはちょっと複雑です。
もちろん、田所の気持ちはしっかりと礼子には伝わっています。
しかし、彼女は自分の人生は、考古学に捧げてもいいと決めていました。
その決心が、プロポーズされたことで、女としての幸せとを天秤にかけてしまう自分の弱さに悩んでいたのです。
しかしこれが、寅には理解できません。(もしかすると、僕にも理解出来ていないかも)
ただ、それを聞いて寅に理解できることは、到底自分には太刀打ちできない秀才の色男が、礼子にプロポーズしているらしいという推測だけ。
そうなれば、寅はいつものように、「己を知って」身を引くことしか出来ません。
「俺には、難しいことはわからないけどね。あんたには、幸せになってもらいたいと、そう思ってるよ。」
寅は、礼子にそういうのが精一杯でした。
年末の客で、とらやが大忙しの中、寅は二階に上がって旅の支度を始めています。
心配になったさくらが様子を見に行くと、寅は礼子が結婚するという話を聞いたことを告げます。
しかし礼子の悩みの本当の理由を理解できない寅が、さくらにいうセリフがホロリとせつない。
「こっちに学問があったらなあ。うまい答えをしてやれたんだけど、学問がないってことは悔しいよ。」
そんなとらやに、礼子あての電話がかかってきます。
電話の相手は田所でした。
受け取った手紙に対する考え抜いた上の答えを、礼子は田所に告げます。
その答えは「ノー」でした。
老インテリ教授一世一代の愛の告白は、見事に玉砕。
しかし、それを知らない寅は、礼子に勉強が中途半端になった詫びを入れ、とらやを後にします。
自分の悩みを寅に聞いてもらった直後の出来事だったので、礼子は責任を感じてしまいます。
しかし、それが寅の早合点の勘違いだったことを知り、さくらは寅を追いかけますが、すでに電車は出た後。
かくして、16回目の失恋は、寅の「インテリ女子の女心勉強不足」による勘違いにより、悲しくも成立です。
いつものように、正月を迎えたとらやには、旅先からの寅の年賀状が届いています。
そして、その旅先では、実は寅の恋敵だった田所教授が一緒です。
この旅が傷心旅行であることは、寅に白状している田所ですが、その相手が礼子であることだけは白状していません。
礼子に失恋した者同士が、互いにそうとは知らずに旅をするのは、伊豆半島用心崎。
勉学への道も、恋愛の道も、そうそう生易しいものではないようです。
さて次作は、第17作目「男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け」です!
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