アガサ・クリスティが生み出した名探偵がエルキュール・ポワロです。
これはそのドラマ版。
日本でもNHKが吹替え版を放送していたことがあるとのことですが、当時はTVドラマを見るという習慣がありませんでしたので個人的には知りませんでした。
声を当てていたのは、声優の熊倉一雄氏とのこと。
アルフレッド・ヒッチコック劇場で、ヒッチコックの声を担当していた方なので、その独特の声は覚えています。
しかし、今回見たのは、Amazon プライムで見放題にっている、第1シーズンの第5話までで、すべて字幕版です。
ポワロを演じでいるのはデビッド・スーシェ。
この人は原作を読み込んで、クリスティが創出したこのキャラクターを忠実に再現することに努めたとのこと。
声の感じは、熊倉氏とはだいぶ違いますが、自信家で潔癖症という癖のあるキャラを、適度にユーモアを交えて、絶妙に演じていました。
個人的には、動くエルキュール・ポワロと初対面したのは、1974年の映画「オリエント急行殺人事件」でした。
演じていたのは、アルバート・フィニー。
大好きな映画でしたので、彼がポワロを演じたのは、この一作のみでしたが、印象がやはり強いですね。
この映画が大ヒットをしたので、ポワロもの映画が、この後立て続けに制作されました。
「ナイル殺人事件」「地中海殺人事件」「死海殺人事件」です。
この3作でポワロを演じたのは、ピーター・ユスチノフ。
すべて見てはいるのですが、この人のポワロは、個人的にはなぜか印象が薄い。
この後、ケネス・プラナーが、自ら監督も務めて、「オリエント急行殺人事件」と「ナイル殺人事件」を再映画化して、ポワロを演じていますが、これは未見です。
しかし、ミステリー・ファンの共通意見としては、このドラマでデビッド・スーシェが演じたポワロ像が決定版の誉れが高いようです。
これはある意味では当然の話かもしれません。
なんと、彼が演じたポワロ・シリーズは、この1989年の第1シーズンから、2013年の第13シーズンまで、24年にわたり放映され、アガサ・クリスティが執筆したポワロが登場する短編、長編含む全エピソードを、映像化しているんですね。
それだけ、根強いファンがいたということでしょう。
全作品制覇というのは、ちょっとすごい。
西村京太郎のトラベル・ミステリーでも、すべてのドラマ化はしていないでしょう。(確認していませんが)
いってみればミステリー界の寅さんシリーズみたいなものです。
個人的には、名探偵というとやはりシャーロック・ホームズのイメージが勝ってしまいますが、アガサ・クリスティも、ホームズとの差別化を図るために、ポワロにはいろいろなキャラを与えています。
まず「灰色の頭脳」というあの有名なキャッチ・フレーズが頭に浮かびます。
シャーロック・ホームズが、ひとたび事件を引き受ければ、アクティブに実地調査をし、時には大きな危険と背中合わせにしながら、自ら犯罪の証拠を集めて真相に迫るというドロ臭い操作方法なのに対し、ポワロの方は、基本的に証拠集めは、警察や相方のヘイスティングにお任せ。
名探偵は、床にはいつくばってまで、証拠集めなどしないと言わんばかりです。
それよりは、犯人や関係者との面談を通し、提示されている証拠を吟味したうえで、頭脳プレーで真相を推理する。
このスマートさこそ、名探偵に求められる才覚と本人は自覚しているわけです。
但し、両名探偵ともにかなりの自信家でプライドが高いという点は共通しています。
ホームズが相棒のワトスン医師に対して、時として自惚れを鼻にかけた辛辣な物言いをするあたりは、ポワロが相方のヘイスティング大尉に対して放つ嫌味のあるセリフと共通しています。
難事件を解決する名探偵たるもの、これくらいの毒っ気はないと勤まらないということなのかもしれません。
ポワロの場合は、加えてその風体が小太りの冴えない小男で、見てくれに難があるというハンデキャップがあるので、長身長でイケメンの相方に対して多少のやっかみがあるとも思えます。
ちなみに、アガサ・クリスティは、自らが作り出したこのキャラクターに、後年になってからは相当な嫌悪感を示していたそうです。
ポワロの活躍は、最初の3話くらいにして、もっと早くから、若くてハンサムなキャラクターを創出しておけばよかったと思っていたようです。
それが出来なかったのは、すでに人気キャラクターになっていたポワロ作品を要求した出版社の圧力だったとのこと。
彼女の女心も理解できるような気がします。
しかし、このクセのある扱いづらいキャラクターを、いまや世界中のミステリー・ファンに対して、愛すべき魅力的なキャラとして定着させたのは、ひとえにクリスティの筆力と、このシリーズにおけるデビッド・スーシェの演技の賜物であることは間違いのないところ。
Amazonプライムで、有料版を追いかけるかどうかは現在思案中。
とにかく短編くらいの長さですと、この52分くらいの尺がちょうどよろしい。
長編も、映画のサイズにしてしまうと、どうしても無理やりストーリーを端折らなければならなくなりますが、ドラマで何話かに分けて、じっくりと映像化してくれる方が、ミステリーとしてはじっくりと楽しめそうです。
脚本家の三谷幸喜氏が、「オリエント急行殺人事件」をドラマ化する際にこういっていました。
長編の原作をオリジナル通りに再現しようと思うと、どうしても3時間は必要。
本格ミステリーは、その意味では、映画よりも連続ドラマ向きのエンターテイメントなのかもしれません。
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