監督は、ジェームズ・ワン。
この人のキャリアを見ていると、監督としての優秀さもさることながら、ホラー映画ビジネスの才覚に長けた人なんだなあとつくづく思います。
この人の出世作といえば、ホラー映画としては異例のヒット・シリーズになった「ソウ」です。
最新作を含めれば、9本ものシリーズ作品が製作されていますが、この人が監督をしたのは、一作目だけ。
二作目以降は、監督を他の人に譲り、自分は製作総指揮にまわっています。
「インシディアス」「死霊館」というホラー映画王道の館モノをヒットさせると、これもシリーズ化され、「ソウ」シリーズと同じく、以降の作品の監督は譲り、自分は製作にまわっています。
映画を成功させたら、その後もシリーズにはしっかりと関わりながらも、自分自身はやりたい作品を追及してゆくというのは、ちょっとカッコいいといえばカッコいい。
ある時期のワン監督は、ホラー映画の監督だとレッテルを貼られることが嫌だった模様で、2013年に「ホラー映画卒業」を宣言。
サスペンス映画やスーパーヒーロー映画にも進出していきます。
巨匠と呼ばれる監督がたどる道ですね。
ワン監督は、そんな作品でもヒットを飛ばしていますので、もともとがエンタメ映画を作るセンスには並々ならぬ才能がある人なんだと思います。
しかし、この人が圧倒的な才能する発揮するのは、やはりホラー映画です。
あれこれやってみて、本人自身もそれに気づいたのではないでしょうか。
そんな彼が、前言を撤回して、再びホラー映画に戻ってきたのが本作です。
グルリと一周回って、再びホラー映画に戻ってきたジェームズ・ワン監督は、ホラー映画の垣根を超えるクリエイターになっていました。
とにかくこの監督の凄いところは、観客が自分に何を期待しているかを理解していること。
そして、そんなこちらの想定の、さらに上をいく映像をこれでもかと詰め込んでくれるところです。
要するにサービス精神が旺盛なんですね。
ホラー映画には、ショック・シーンの斬新なアイデアがあればそれでいい。
ドラマ性も、ミステリー要素も不必要。
派手に人が死んで、グロテスクな怪物が暴れまわってくれれば、余計なものはいらない。
ホラー映画ファンにとってはそれでいいのかもしれませんが、もはやワン監督は、それだけでは満足できなかったようです。
本作は、ホラー映画であるばかりでなく、どんでん返しのあるミステリー映画でもあります。
そのうえ、バディ・スタイルの刑事アクションでもあり、SF映画でもあります。
監督自身が、この映画のスタイルを「ジャンル・ブレンダー」と表現していますね。
面白いのは、監督自身がイタリアン・ホラーの影響を受けていることを告白していること。
イタリアン・ホラーといえば、ダリオ・アルジェントやルチオ・フルチに代表されます。
その大きな特徴は、鮮血の美学を前面に押し出した、誇張された殺人シーンをウリにしていること。
このジャンルの作品は、ジャッロ映画とよばれています。
しかも映画の中で殺されるのはたいていは美人で、しかも多くの場合はヌードというのがお約束になっていたので、個人的には好きなジャンルでした。
高校くらいまでは、こういう映画を見に行かない限りは、動く女性のヌードに触れる機会はそうそうありませんでした。(ちなみに本作にヌードは登場しません)
そして、もうひとつ。監督はデビット・クローネンバーグの影響も語っています。
クローネンバーグ監督の確立したジャンルは「ボディ・ホラー」として有名。
もっとも成功した例としては、1986年の「ザ・フライ」が挙げられます。
とにかく、人間の肉体をいじりまくる独特のホラー演出には、多くのコアなファンの支持があります。
本作においては、映画の冒頭でいきなり、意思を持った悪性腫瘍を、人体から切除するというオペシーンが描かれますが、このあたりはまさにボディ・ホラー。
ちなみに、本作を鑑賞しながら、脳裏をかすめたのは、日本が世界に誇る漫画家・手塚治虫氏の代表作「ブラック・ジャック」の影響でした。
あの漫画の主要キャラだった「ピノコ」を覚えているでしょうか。
双子の姉の体のこぶ(奇形腫)の中に脳や手足、内臓等がばらばらに収まった状態で登場し、摘出後、ブラック・ジャックにより一人の女児として組み立てられたのがピノコでした。
ピノコはかわいい少女キャラでしたが、本作では、切り取られた悪性腫瘍は、ガブリエルというモンスターになって狂暴化し、人を殺しまくるわけです。
医療を背景にしたホラー映画といえば、ブライアン・デ・パルマ監督の「悪魔のシスター」を思い出しますが、これも、ワン監督が、本作のオリジナル・ストーリーを構築する上で大いに参考にした映画だったかもしれません。
本作にはJホラーの影響もうかがえます。
ヒロインが怪しげな物音を聞いて、屋敷内を歩き回るシーン。
その背後をパタパタと何者かが走り抜けます。
こちらはおもわずギョッとするわけですが、これはトシオ君演出ですね。
清水崇監督の出世作「呪怨」で見たショック演出です。
ワン監督は、勉強している人なんだなあとつくづく感心します。
そして、いろいろなジャンル作品から得たアイデアやインスピレーションを、自作の中に効果的に落とし込むセンスが群を抜いているんですね。
おそらくこの人は、今後もずっとアカデミー賞にはソッポを向かれ続けるのでしょうが、ファンたちの期待には応え続けていく気がします。
ヒッチコックではありませんが、餅は餅屋です。それで上等。
下手な色気は出さずに、得意な分野を突き詰めてほしいと思いますね。
本作のクライマックスは、正体を現したモンスター・ガブリエルの圧巻の殺戮シーンです。
この怪物に、警察署内で大暴れをさせ、警官たちを次から次へと殺しまくるというシーンは、ジェームズ・キャメロン監督の「ターミネーター」を髣髴とさせますが、驚くべきはガブリエルの圧倒的なその身体能力。
通常、モンスターの絶対にありえない動きは、CGで表現してしまえば訳はないのでしょうが、ワン監督はこれを潔しとはしません。
実際に体の柔らかいアクション俳優をモンスター役に起用して、「異様な動き」に圧倒的なリアリティに持たせ、恐怖を盛り上げています。
ネタバレは承知で書いていますが、これはミステリーでなくホラー映画です。
どんなに文章で説明しても、見ないことには絶対に理解不可能。
これを読んでから本作を見たとしても、そのサプライズがマイナスになることはないと確信します。
Amazon プライムで、見れますので是非ご覧くださいませ。
もうこれを見せられただけで、ホラー映画ファンとしてはおなか一杯。
ごちそうさまでしたという感じです。
今回登場したモンスターのガブリエルは、ホラー・アイコンとしてはかなり魅力的でした。
このガブリエルをメインにした、マリグナントが、またまたシリーズ化される可能性は高そうです。
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