YouTubeチャンネルで、岡田斗司夫氏が、宮部みゆきの書いた「荒神」という怪獣小説を絶賛していました。
彼曰く「今の日本で最も筆力のある小説家」が彼女とのこと。
要するに、日本一小説の上手な作家が宮部みゆきというわけです。
遠い学生時代よりミステリー小説から遠ざかっていた身としては、この方の御高名は存じ上げていたものの、その小説作品には一切触れておりませんでした。
宮部みゆきは、日本の現代文学において非常に高く評価されている作家です。
彼女の作品は、複雑で知的な長編小説や社会的な要素を持つ小説で知られています。
特に、単純な犯罪小説の枠を超えた深い心理描写と社会問題への鋭い洞察が高く評価されています。
また小説分野のジャンルレスでも知られる彼女。
新しい歴史小説、ファンタジー、SFなど、多様なジャンルを自由に行き来し、それぞれのジャンルに息吹を吹き込む作家として認められています。
小説は読んでいないものの、彼女の原作を映画化した「理由」や「ソロモンの偽証」は鑑賞済みで、その緻密な構成とストーリー展開の巧みさには舌を巻いたものでした。
「理由」では直木賞も受賞していますね。
本作を一読して思ったことは、簡潔でありながら情報量が多く、読む者に優しい文体であること。
彼女の文章は、難解な表現を避けつつ、シンパシーを感じられる豊かな描写を実現し、読者を物語の世界に引き込む力を本質的に持っているということを強く感じました。
本作は、その彼女が、2001年に発表したミステリー作品で、ネット社会や家族の在り方をテーマにした社会派ミステリーです。
2001年といえば、インターネットが急激に普及し始めた時代です。
自分自身も、Windows 95 の大ブレイクのタイミングで、パソコンを購入した世代ですから、この時代の変化は肌身で感じていました。
当時はまだ「2チャンネル」などはなく、パソコン通信が、ネットユーザーのコミュニケーションの場でした。
趣味ごとの会議室がネット上に設けられていて、いろいろな会議室でコメントを書きまくっていましたね。
本作に登場するような、ネット上の疑似家族という例は見かけた記憶はありませんが、ナンパ目的で頻繁にオフ会を提案しているような輩はあちこちで見かけました。
ネット上で「疑似家族」を形成するという設定は、現実と仮想の境界線が曖昧になる現代社会の問題を先取りしたものといえそうですが、その時代からネットをかじっていた身からすると、本作の設定には、やや現実味が欠けるような気がしたというのが正直な感想。
しかし、そのアンリアルな設定に説得力とリアルさを吹き込んだのは、なんといっても作者の筆力の賜物でしょう。
物語は、建築中の一軒家で男性・所田良介が刺殺される事件から始まります。
捜査が進む中で、所田がインターネット上で「お父さん」を名乗り、見知らぬ人々と「疑似家族ごっこ」をしていたことが判明。
この「疑似家族」は現実の家族とは無関係で、ネット上だけでつながった関係でした。
警察は、所田の娘・一美をマジックミラー越しに立ち会わせ、「疑似家族」のメンバーたちを取り調べを彼女に見せることで、事件の手掛かりになる証言を引き出そうとします。
以降の物語は主にこの取調室のみを舞台に進行し、次第に事件の真相や登場人物たちの心情が明らかになっていきます。そして、タイトル「R.P.G.」には秘められたもう一つの意味が・・・
近年の作品に疑似家族をテーマにした作品が多いのは気が付いていました。
是枝裕和監督の『万引き家族』は、疑似家族をテーマにした作品の代表格と言えるでしょう。
格差社会の中で貧困にあえぐ人々の姿を描くことで、社会の歪みも可視化しています。
同じく是枝裕和監督の『海街diary』は、鎌倉を舞台に、異母姉妹が共同生活を送る中で家族の絆を深めていく物語。
『そして父になる』(2013) は、血縁と家族の関係を問い直す作品でした。
同じ宮部みゆきの「理由」も、マンションの一室に住んでいた疑似家族が惨殺されるというミステリーでした。
どうして、血縁を越えた家族の関係が、これだけ多く小説や映画に取り上げられ関心を持たれるのか。
一つには、現代社会における核家族化の進行と社会からの孤立がその原因として挙げられるかもしれません。
核家族化が進み、地域社会との繋がりが希薄になる中で、人々は孤独を感じやすくなっているというわけです。
本作の被害者である戸田良助は、家族間のコミュニケーション不和から、ネット上に疑似家族を作りそのストレスのはけ口を求めます。
集まった家族たちは、疑似であることを承知でゲームに加わりますが、彼らの根底にあるものもまた孤独でした。
もう一つ上げられるのは、離婚率の増加や未婚化の進行など、従来の家族制度が機能不全に陥っているという現状もあるかもしれません。
疑似家族は、そのような状況に対する代替えとして捉えることもできます。
ちょっと気になったので調べてみました。
それは、今のRPGゲームの中に、家族を扱ったものはどれだけあるかということ。
AI 調べでは、これがけっこうありました。
1. チルドレン・オブ・モルタ~家族の絆の物語~
家族全員が主人公となるアクションRPGで、家族の絆や葛藤が描かれ、美しいピクセルアートとナレーションがその世界観を引き立てています。
2. The Sims 4
リアルな人生シミュレーションゲームとして知られる『The Sims 4』では、プレイヤーが自由にキャラクターを作成し、家族関係を築くことができます。
3. 幻想神域2-Evolution
ファンタジーMMORPGで、プレイヤー同士が結婚し、疑似家族体験が可能。
4. Ash Tale -風の大陸-
プレイヤー同士で結婚し、農作業やミニゲームなどリアルな生活を楽しむことが可能。
疑似家族としての生活感を体験できる
勿論、ゲームにはまったく接点を持たない人生を送ってきた者としては、知らない名前のゲームばかりでしたが、このゲームの中で繰り広げられる熱い家族関係にハマるゲーマーたちそれぞれの家庭環境については大変興味のあるところ。
前期高齢者の爺様には、まるでリアルに感じられない本作の「疑似家族ごっこ」が、そんな彼らにとっては充分に理解できるものであるのかもしれません。
通常、ミステリー小説では「地の文」(物語の語り手が説明する部分)は真実であることを暗黙の了解にしています。
なぜなら、それは読者が物語を理解するための信頼できる情報源とみなされるからです。
しかし、本作ではこのルールを作者が意図的に破り、地の文に真実ではない記述が含まれています。
これは、宮部みゆき自身も自覚しており、あとがきで「ミステリーとして基本的なルール違反をしている」と説明しています。
具体的には・・・
おっとやめておきましょう。これは叙述トリックなので。
『R.P.G.』では、そのタイトルが示すように人名やキャラクターの設定が物語の鍵となっています。
後半で明かされる真実によって、それまで地の文で提示されていた情報が一部誤解を誘導するものであったことがわかるという展開です。
地の文に虚偽情報を含めることで、読者は物語を読み進めながら自分自身で真実を見極めろと作者に挑戦されます。
そして、最後に真相が明らかになることで、タイトル「R.P.G.」の意味や物語全体の構造がすべて回収されるという仕掛けになっているわけです。
仮想空間と現実世界という二重構造を、「演じる」というテーマと絡ませるという巧妙なプロット。
この手法はミステリーとして異例でありながらも、読み終えてみれば、違和感はなし。
ちょうど、コロンボ刑事が、なかなか尻尾を出さない犯人を陥れるときに使うトリックのような知的な興奮とドラマツルギーとしての爽快感がある大どんでん返しでした。
そんなわけで本作の感想文は以上、ゲーム・オーバー。
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