久しぶりに、丸一日かけてドラマを一気鑑賞いたしました。
『VIVANT』(ヴィヴァン)は、2023年7月16日から9月17日までTBS系「日曜劇場」枠で放送されたテレビドラマです。主演は堺雅人で、阿部寛、二階堂ふみ、松坂桃李、役所広司など日本を代表する豪華俳優陣が出演。
原作・演出は『半沢直樹』などで知られる福澤克雄が担当しました。。
通常の連続ドラマの数倍となる1話あたり約1億円という破格の制作費が投入され、モンゴルや日本国内8都県で大規模なロケが行われました。
このドラマは当時、ストーリーや役柄は放送開始まで一切明かされなかったとのこと。
二宮和也は、サプライズキャストとしてキャスティングされていて、その登場などについては、徹底した秘密主義が話題となっていたそうですが、もう20年も前から、テレビドラマをリアルタイムで見る習慣はなかったので、一昨年の盛り上がりは残念ながら知りません。
物語は、商社マン・乃木憂助(堺雅人)が中央アジアの架空の国「バルカ共和国」で発生した1億ドルの誤送金事件に巻き込まれるところから始まります。乃木は事件の真相を追う中で、謎の言葉「VIVANT」と、テロ組織「テント」、そして自衛隊の秘密情報部隊「別班(べっぱん)」の存在に迫っていきます。
物語はスパイ・サスペンス、ヒューマンドラマ、アクションなど多彩な要素が絡み合い、謎解きや考察がSNS等で大きな盛り上がりを見せました。
とにかく、今更ながらのドラマレビューではありますが、こんなにスケールの大きなドラマを見たのは、初めてでビックリしました。
「半沢直樹」「アラビアのロレンス」「砂の器」「ミッション・インポッシブル」「007」「スター・ウォーズ」
「インディ・ジョーンズ」などなど。
こちらの琴線に触れる過去の名作の要素がてんこ盛りで、クラシックな映画ファンも喜ばせてくれる極上のエンターテイメントでした。
このドラマは、日本の国内市場に向けて作られた過去の作品とは異なり、世界に向けて投げかけたいという意気込みで作られたそうです。そのためにも、モンゴルや日本各地の映像が必要だったと福澤監督は述べています。
制作費は、通常のテレビドラマとしては非常に高額でした。
特に第1話は最もお金がかかったエピソードの一つだと考えられています。砂漠での撮影やモンゴルの大使館からの脱出シーンなどがエピソード含まれていたのがその理由です。
しかし、福沢監督は、「このドラマの第一話は捨てた」と言っています。
第1話は、日本のテレビドラマにありがちな「初回に最大限のパワーを込める」という常識的な手法とは異なり、意図的に「捨てられた」何だかよく分からない、海外の優秀なドラマのような導入を目指したとのこと。
本作の第1話及び第2話では、物語の本筋とは関係のない、主人公たちの逃亡劇や脱出劇として描かれています。
第1話には、後々の展開につながる隠された伏線(主人公が2発撃っていた描写など)が仕込まれていましたが、これは通常速度では見えず、スロー再生で初めて気づくような演出でした。
しかし、今どきの視聴者は尋常ではありません。監督の仕掛けたトリックは、鋭い視聴者(考察班)によってすぐに見破られ、あっという間に、YouTubeなどで広められました。
ドラマは「別班」というキーワードを中心に展開し、その存在は第3話あたりで示唆され、視聴者に検索を促す意図がありました。
主人公が別班であることは、中盤の第5話で明らかにされます。これにより、物語はテロ組織テントの首領ベキへと焦点が移り、ペースが一気に加速します。
もっともお金をかけた、砂漠の逃避行が、単なるドラマの導入部に過ぎないというわけですからシビれます。
福澤監督は、ドラマの制作過程で、ドラマ考察隊のYouTube動画を横目で見ながら、第1話から第10話までを行ったり来たりしながら脚本や撮影を進めたと述べています。
また、最終的に視聴者を騙したくないという思いがあったため、隠し要素も意図的に組み込んだとのこと。
このドラマは、SNSでやYouTube動画で「考察ブーム」を巻き起こしましたが、福澤監督自身は「考察ドラマ」として作った意識はなかったようです。
しかし、現代の視聴者、特に若い世代が「見たい」だけでなく「知りたい」という欲求が強い時代になっていることが、このブームにつながった可能性があると監督自身は分析しています。
それくらいこのドラマには、魅力的な謎が、伏線としてビジュアルやセリフの中に効果的に仕込まれていました。
これにより、それに気がついたら、発信せずにはいられない考察系インフルエンサーがワンサカと生まれたわけです。
僕らの時代は、人気ドラマの考察は、たいてい学校の休み時間か、放課後の黒板前というのが定番でしたが、今やそれを全国に発信できるプラットフォームがあるというわけです。
このドラマでは、「別班」という実在が噂される自衛隊の秘密情報部隊を題材にしたことで、現実世界でも大きな注目を集めました。
スパイ・オタクを自認する池上彰氏の解説によれば、別班は実在するそうです。
「別班」の正式名称は、陸上幕僚監部指揮通信システム情報部別班。
この秘密組織は、日本の陸上自衛隊の中で長年にわたり存在が噂されてきた、非公然・非公式の情報収集組織とのこと。
公式にはその存在は否定されており、政府や防衛省も国会答弁などで「存在しない」と説明していますが、多くの報道や専門家の証言、元関係者の証言などから、その活動実態が断片的に明らかになっています。
石破総理は、この組織は実在すると、インタビューでポロリと漏らしてしまってますね。
関係各位は、目の玉が飛び出したかもしれません。
別班は、英語では「DEFENSE INTELLIGENCE TEAM(DIT)」と呼ばれることもあります。
主な任務はヒューミント(人的情報収集活動)であり、国内外で諜報活動を行うとされています。
海外ではダミーの民間会社を設立し、別班員を民間人として派遣。中国、ロシア、韓国、北朝鮮、東欧などの拠点で、要人への接近や情報収集、買収などを行っていたと報じられています。
日本国内でも、特定の在日外国人を情報源として取り込み、北朝鮮などへの情報収集活動を行っていたとされます。
米軍情報部隊やCIAと情報交換を行うなど、海外情報機関との連携もあったとされています。
このあたり、ドラマは、綿密な取材の元、忠実に映像化しています。
別班の存在や活動は、内閣総理大臣や防衛大臣にすら知らされていなかったとされ、このことが、シビリアンコントロール(文民統制)の観点から大きな問題が指摘されているとのこと。
そんなセリフが、ドラマ内にも用意されていました。
憲法上の「専守防衛」「海外派兵の禁止」といった原則との矛盾や、国会・政府の統制を離れた“暴走”の可能性も議論されています。
しかしながら、石破総理が何と言おうと、政府や防衛省は「別班」の存在を一貫して否定しているというのが現状です。
1973年の金大中事件では、この別班がその背後で決定的な役割を果たしたことが知られています。
本作においては、この組織の活躍があったからこそ、日本が世界で唯一テロの標的になっていない国家であると説明しています。日本で計画されたすべてのテロ行為は、別班が未然に防いでいたという建付けになっています。
別班と共に、もうひとつ注目された日本の組織が警視庁公安部外事課。
阿部寛が演じた野崎守警視の正式役職名は、警視庁公安部外事第4課課長でした。
この部署は、日本の首都・東京を管轄する警視庁の公安部に設置されている専門部署で、主に外国諜報機関によるスパイ活動、国際テロリズム、戦略物資の不正輸出、外国人の不法滞在など、国家の安全保障に関わる重要な事案を捜査・情報収集する役割を担っています。
外事第一課 ロシア・東欧のスパイ、戦略物資の不正輸出
外事第二課 中国・アジア諸国のスパイ、不法滞在・アジア人犯罪
外事第三課 北東アジア(特に北朝鮮)のスパイ
外事第四課 国際テロリズム、中東(特にイラン)のスパイ
2021年には北朝鮮担当が独立し、外事第三課が新設されるなど、国際情勢に応じて体制が強化されています。
外事警察は明治時代から存在し、戦前は主に外国人や共産主義者の監視、戦後はソ連・中国・北朝鮮など共産圏諸国による諜報活動やテロ対策に従事してきました。冷戦終結後は、国際テロや民族・宗教対立に起因する事件への対応が強化されています。
『VIVANT』は、圧倒的なスケールと豪華キャスト、緻密な脚本、考察を誘う謎解き要素、そして現実ともリンクする社会的テーマで、2023年を代表する大ヒットドラマとなりました。
視聴者の世代を問わず多くの支持を集め、今後の日本ドラマ界にも大きな影響を与えた作品といえそうです。
このドラマは、豪華キャストが、どこでどんな役で登場するかが大きな魅力になっていますが、個人的には、日本の有名俳優よりも二人のモンゴル人俳優に心を奪われてしまいました。
ひとりは、ナンディン−エルデネ・ホンゴルズラ。
彼女は、バルカの少女ジャミーン役を演じたモンゴル人の子役です。10才でありながら、乃木たちを助ける重要な役柄を演じました。
ジャミーンは、母親の死のショックで口が聞けず、心臓に難病を抱えているという設定。
父親と二人で住んでおり、人見知りはしますが、日本から海外協力隊で来ている医師・柚月薫と乃木には心を開いています。
爆発事故に巻き込まれ、父親は死亡。病院の中で必死に父親を捜すジャディーンは、父親の安否を尋ねるメモを、問い合わせカウンターの列に並んで係員に手渡します。
事情を察した係員は端末でジャミーンの父親の状況を検索。
ジャミーンは、メモを手渡した瞬間に、その小さな手を合わせて、父親の生存を祈るのですが、しかし・・・
恥ずかしい話ですが、彼女が列の先頭で、手を合わせた瞬間に涙腺が崩壊。
一度こうなってしまうともうダメです。
以降は彼女が登場するたびにひたすら落涙する始末。
人の善悪を直感的に判断できる彼女が、その屈託のない笑顔で、薫や乃木にその両手を広げるたびに、条件反射的にウルウルとしてしまいました。
もう一人は、バルカ共和国の警察官チンギス役を演じたモンゴル出身の俳優バルサラハガバ・バトボルド(愛称:バルサー)。
この人は、モンゴルではそこそこ名の通った俳優とのことですが、もちろん日本のドラマには初めての出演。
この人が演じたのは、バルカの警察官チンギスです。
ドラマの前半では、乃木と野崎を執拗に追い回す役を、長州力を髣髴させる髪型と、感情を120%露出させるパワフルな表情で憎々しく演じていましたが、後半はその彼が、バルカに戻ってきた野崎に協力することになるという展開。
悪役だった相手が、後半では味方になるというベタなドラマツルギーが好きだと言っていた福沢監督がまさにその効果を最大限狙った配役が彼でした。
彼に限らず、キャスティングされた配役の正体が、コロコロと暴かれてゆくというのが、このドラマの魅力の一つになっていますが、チンギス役のパルサーは、このドラマの中でもっとも得をしたキャスティングだったかもしれません。かなり美味しい処を持っていきます。
チンギスが、ドラマの最終回の中で、「自分もベキの作った孤児院の中で育った一人です。」と告白するシーン。(放送から1年以上たっているのでネタバレはご容赦)
決してイケメンとはいいがたいチンギスの顔が、二宮和也や松坂桃李の顔よりも輝いて見えて、グッと来てしまいました。
そしてもう一人。
野崎の部下として、バルカでも日本でも八面六臂の大活躍をするエージェント・ドラムを演じた宝永ドラム。
この人も最初は、モンゴル人の俳優なのかと思っていたら、れっきとした日本のタレントでした。
まるで相撲取りのような体型と愛くるしい笑顔。
ちょっと気になって調べてみたら、この人、なんと大相撲の力士出身でした。
番付としては幕下で、十両には上がれずに引退していますが、その後は、その経歴を生かして、YouTuber に転身していますから、もともとタレントとしての素質はあった人なのでしょう。
彼のYouTube動画を見てみましたが、その巨体をものともせずに、トンボ返りなども披露していましたから、もともと身体能力はアスリート並みの人のようです。
とにかく、このドラマにおけるドラムの役は完全なムードメイカー。
なにかとダークな展開になりがちな本ドラマにおいて、彼のキャラクターは砂漠のオアシスのような役回りをはたしていたといっていいでしょう。
日本語は理解できるけれど、話せないという設定のドラムは、終始スマホの音声翻訳を駆使して、周囲とコミュニケーションをとります。このアイデアが秀逸。
そして、彼のスマホの翻訳音声を担当していたのが、綾波レイの声でおなじみの声優林原めぐみ。
発展途上国における携帯電話の復旧率は、先進国よりも早かったという話は、どこかで聞いたことがありましたので、設定としても納得してしまいました。
古くはターザン映画に出ていたチンパンジーのチータ、「80日間世界一周」の主人公フォッグ教授の従者パスパルトゥ、「スター・ウォーズ」ハン・ソロの相棒チューバッカなどなど。
冒険活劇の主人公の相棒は、みな口数が少ないけれど表情豊かというキャラが定番。
間違いなく、この慣例に乗っ取って設定されたドラムという役に、どこか日本人離れしたこの人物をキャスティングしたのは大正解でした。日本という枠組みを超えたこのドラマにとってもドンピシャリのキャスティングです。
本人は、このドラマの役名に合わせて、芸名も変えているほどですから、気合が入っているのは確実ですが、彼の個性がこのドラマにハマり過ぎていたのがやや心配といえば心配。今後どんな役を演じるのでしょうか。
彼の笑顔は、4人の命を乗せて砂漠を黙々と歩いてきたラクダたちの飄々した表情のように、理屈抜きの安心感を与えてくれました。なかなか得難いキャラクターではあります。老婆心ながら、今後の活躍を期待します。
彼ら以外にも、日本を代表する主演クラスの俳優が綺羅星のごとく登場するドラマでしたが、それらの考察は、得意な人にお任せします。
このドラマの新機軸は、事前情報をほとんど明かさず、謎や考察を呼ぶ仕掛けを徹底したことで、放送期間中はSNSやネットメディアで常に話題が絶えない状態を作り出したこと。
放送終了後も次回放送までの1週間、公式が積極的に考察や裏話を発信し、視聴者の熱量を維持する新しいプロモーション手法が確立されました。
配信ドラマ全盛の時代においても、地上波ドラマが「リアルタイム視聴」を通じて大きな社会的うねりや考察ブームを生み出せることを証明しました。
これにより、他局も「リアルタイムで話題になる」仕掛けやSNS連動をより重視するようになるのが地上波ドラマの潮流になりつつあります。
放送拡大版やグッズ展開、ロケ地ツアー、有料ファンミーティングなど、多様な収益化戦略も注目されました。
これらの新しいマネタイズ手法は、今後のドラマ制作でも大いに参考にされるはず。
「VIVANT」の成功はTBSだけでなく、他局や業界全体に「これまでの常識を超える挑戦」や「海外配信・グローバル展開」への意識を高めさせました。
原作も手掛けた福沢監督は、定年間近といいますが、このドラマの虜になったファンたちは、ほぼ既定路線のように「VIVANT 2」の製作を疑っていない様子です。
彼らの考察動画も、いくつか拝見しましたが、ドラマ製作者にとっては恐ろしい時代になったものです。
その動画を参考にはできるものの、作り手はその考察のさらに上の解答を用意しなければいけないわけですから。
僕などはまるで初心者で、ドラマ考察などをする知力はないものですから、ひたすら感情の揺れうごくままに、ドラマの流れに身を任せるのみ。冷静になって、ドラマを再チェックするというようなことは一切しませんでした。
いろいろな伏線が鮮やかに回収されていく最終回などは、ただ涙目で呆然とするのみ。
久しぶりに地上波ドラマの傑作を見させてもらった身としては、続編が出来るとしたら是非拝見させていただくつもりではいます。続きをお行儀よく一週間待つことは出来ませんので、見るならやはりリアルタイム視聴は避けて、NETFLIXにはなりますが。
ところで、最後にどうしても気になってしまうことが一つ。
第一話における丸菱商事の誤送金の結果なんですが、あれ、いったいどうなってしまったのでしょうか。
確かに犯人は提示してくれましたが、あの会社はどうなった?
その後の展開が目まぐるしすぎて、気がつけば忘れていました。
普通なら倒産ですよ、あれは。
コメント