白川郷「長谷家」には、藁葺き屋根の、葺き替え作業の様子がパネル展示されていました。
合掌屋根の葺き替え作業は、白川郷の人たちにとっては、村人総出の一大行事なんですね。
昔は、葺き替え作業を行えるのは晴天の日のみ。
合掌家屋の屋根の葺き替えは、地域住民の労働力提供による共同作業「結」(ゆい)によって行われているのだそうです。
「結」の制度は、ここ「白川郷」では、昔から、屋根の葺き替えに限らず、生産及び生活全般にわたる組織として、重要な役割を果たしてきました。
この作業に、基本的に金銭のやりとりはなし。
「結」とは、いわゆる手間換え、つまり交換労働ともいわれるシステムです。
男性では屋根葺き、田打ち、代かき、田植え、草刈り、茅引き、薪まくり、薪割り。
女性では田畑打ち、田植え、田畑の草取り、稲刈りなど、同じ労働の条件で、「手間」を「手間」で返すことが基本となります。
大好きだったドラマ「北の国から」にも、富良野の六郷の村落で、これと同じようなシステムが描かれていましたので、その「空気」は、よく理解できます。
ちなみに、この白川郷の最近の葺き替え作業を、人での足りなくなった「結」では、対応しきれず、「文化遺産」を守る名目上、国家予算で行ったのだそうですが、この費用がなんと屋根の片面だけで2000万円。
つまり、この相互助け合いの「結」の一日の労働力が、金銭に換算して、2000万円というわけですから、「町内会」パワーもバカになりません。
さて、次に行ったのは神田家。
この「神田家」は、江戸後期に、伝統の合掌造りに、京都御所の建築に携わったという宮大工の手が加わり、さらに改良され、完成度の高い合掌造りが自慢の旧家。
建物の2階で、観光客相手に、熱弁をふるっていた案内のオバサンに聞いてみました。
「文化遺産を守るのも大変だよねえ。地震とかあったらひとたまりもなさそうだよね。」
オバサン、ニヤリと笑ってこうきました。
「はい、この神田家の耐震構造は、この村で一番。なんといっても、伝統の合掌造りに、宮大工が・・・。
そして、この家の屋根を斜めに横断する、25メートルの杉の木の梁があるのはこの神田家だけ。
この梁の独特の構造で、この家は、揺れれば揺れるほど、しまって頑丈になります。」
なるほど、ここ白川郷では、適度な地震は、ダムにしろ家屋にしろ、造りをさらに強固にするためにはウエルカムだということのようです。
昭和10年にこの白川郷を訪れた、当時としては、超一流の建築家ブルーノ・ダウト氏が、この合掌造りを評価してこういっています。
「非常に独創的でありながら、しかも論理的かつ合理的」
Google では検索できない、長い年月をかけた「生活の知恵」が、そこにはあります。
合掌屋根の葺き替え作業は、白川郷の人たちにとっては、村人総出の一大行事なんですね。
昔は、葺き替え作業を行えるのは晴天の日のみ。
合掌家屋の屋根の葺き替えは、地域住民の労働力提供による共同作業「結」(ゆい)によって行われているのだそうです。
「結」の制度は、ここ「白川郷」では、昔から、屋根の葺き替えに限らず、生産及び生活全般にわたる組織として、重要な役割を果たしてきました。
この作業に、基本的に金銭のやりとりはなし。
「結」とは、いわゆる手間換え、つまり交換労働ともいわれるシステムです。
男性では屋根葺き、田打ち、代かき、田植え、草刈り、茅引き、薪まくり、薪割り。
女性では田畑打ち、田植え、田畑の草取り、稲刈りなど、同じ労働の条件で、「手間」を「手間」で返すことが基本となります。
大好きだったドラマ「北の国から」にも、富良野の六郷の村落で、これと同じようなシステムが描かれていましたので、その「空気」は、よく理解できます。
ちなみに、この白川郷の最近の葺き替え作業を、人での足りなくなった「結」では、対応しきれず、「文化遺産」を守る名目上、国家予算で行ったのだそうですが、この費用がなんと屋根の片面だけで2000万円。
つまり、この相互助け合いの「結」の一日の労働力が、金銭に換算して、2000万円というわけですから、「町内会」パワーもバカになりません。
さて、次に行ったのは神田家。
この「神田家」は、江戸後期に、伝統の合掌造りに、京都御所の建築に携わったという宮大工の手が加わり、さらに改良され、完成度の高い合掌造りが自慢の旧家。
建物の2階で、観光客相手に、熱弁をふるっていた案内のオバサンに聞いてみました。
「文化遺産を守るのも大変だよねえ。地震とかあったらひとたまりもなさそうだよね。」
オバサン、ニヤリと笑ってこうきました。
「はい、この神田家の耐震構造は、この村で一番。なんといっても、伝統の合掌造りに、宮大工が・・・。
そして、この家の屋根を斜めに横断する、25メートルの杉の木の梁があるのはこの神田家だけ。
この梁の独特の構造で、この家は、揺れれば揺れるほど、しまって頑丈になります。」
なるほど、ここ白川郷では、適度な地震は、ダムにしろ家屋にしろ、造りをさらに強固にするためにはウエルカムだということのようです。
昭和10年にこの白川郷を訪れた、当時としては、超一流の建築家ブルーノ・ダウト氏が、この合掌造りを評価してこういっています。
「非常に独創的でありながら、しかも論理的かつ合理的」
Google では検索できない、長い年月をかけた「生活の知恵」が、そこにはあります。
コメント