松本清張の小説を映画化したのは、松竹の山田洋次監督。
山田監督のキャリアの中では、唯一のミステリー映画ですね。
これも貴重なら、「復讐する女」という、キャラ違いの役に挑んだ賠償千恵子の演技も貴重。
僕は、この原作を読んだわけではないですが、正直申して、このストーリー展開にはかなり無理があるなというのが印象。
だって、この弁護士を頼って上京までしてきた彼女の依頼を断ることになる弁護士の滝沢修が、なにやら、冷酷非道の権化みたいな設定になっているのですが、山田監督の演出は、よくもわるくも、そうはしていなませんよ。
にべもなく追い返して、「貧乏人の相手などしていられるか」みたいな悪態でもはかせれば、こちらも「倍賞千恵子は可愛そう」みたいな気にになれるのでしょうが、断るにしても、彼の対応はいたって紳士的。
そもそも、断るにもかかわらず、わざわざ対面しているのですから、むしろ良心的といっていいのじゃないでしょうか。
まあ、たとえ必死てあったにせよ、この高名な弁護士に、お金もないのに、弁護を依頼するという桐子の方が、常識的に考えてかなり非常識。
まして、自分の兄が死刑になったのを、この弁護士に断られたせいにしてしまうというのもムチャクチャ。
挙句の果ては、立場が逆転した、ある殺人事件にかかわったことで、この弁護士に、これチャンスとばかりに復讐しようというのだから、さらにたちが悪い。
そして、最後は、純情派としての最終兵器まで持ち出して、この弁護士にとどめをさすわけです。
復讐達成のカタルシスは観る側には伝わってこないで、滝沢修の絶妙な演技もあり、僕としては、むしろ、この女のために、地位も名誉もズタズタにされてしまうことになるこの弁護士に、妙に感情移入してしまいました。
かわいそ。
まあ、残念ながら、山田監督のヒューマニズムが、惜しいかな、この映画では仇になっていますね。
寅さんを描けばピカイチの山田監督も、悪人を演出するのは下手ということでしょう。
たぶんこれは、この映画を監督して、山田監督自身も、十分に学習したのだと思われます。
なぜなら、以降、山田監督の作品に、「問答無用の悪人」というのは、まず登場いたしません。
いろいろな意味で、この「霧の旗」は、山田監督にとっても、倍賞千恵子にとっても、貴重な一本となりましたね。
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