「まんちゃん。こりゃ、仙台になにか支援しないとまずいかもね。」
そういったのは、演歌歌手・桜沢万作のマネージャー兼作詞家の安井俊平。
安井の手には、芸能新聞が握られている。
その新聞に踊っている見出し。
「杉良太郎。宮城県石巻市を訪れ、車両12台分の物資を届ける。」
「演歌歌手小林幸子が7日、福島県相馬市を初訪問し、11tトラックに米10トンを持って慰問。」
「みんな、派手にやってるなあ。」
「演歌歌手は、ここが売りどころというかんじになってる。」
桜沢は、演歌歌手としては、中堅どころ。
しかし、ここ十年は、ヒット曲にも恵まれていない。演歌歌手の場合は、一曲ヒットがあれば、あとは、その曲を歌いつないでいれば、なんとか、歌手としての体裁は保てる。
桜沢も、20年前の、彼唯一といっていいヒット曲だけを、飯のタネにして、なんとか歌手という職業を食いつないでいた。
そんな彼の唯一のヒット曲が、「松島慕情」
この曲は、日本三景のひとつ、松島を舞台にした不倫失恋抒情演歌。
瑞巌寺、五大堂などを歌詞に盛り込んだご当地演歌だ。
しかし、松島は、今回の東日本太平洋沖地震で、他の太平洋岸の町同様に、大打撃をうけ、いまだ復興のめどはたっていない。
桜沢唯一のヒット曲といっていいこの曲。
彼は、宮城出身ではないが、やはり、このヒット曲のおかげで、どの地方都市を回るよりも、仙台で行うリサイタルだけは、客の入りもいい。
やはり、これだけ、震災復興支援のムードが高まってくると、この曲を歌っている演歌歌手が、恩恵を受けた「ご当地」に、なにか恩返しをするのは当然という空気になってくる。
「で、どうなのシュンちゃん。うちの財布の状況は?」
実は、この曲を作詞したのは、まだ当時作詞家をしていたマネージャーの安井俊平。
しかし、現在の安井は、演歌歌手・桜沢万作の経理も預かる立場だ。
「きびしいねえ。赤十字の義援金程度なら問題ないけど、まさかそんなこと、芸能記者が記事にしてくれる訳はない。やはりパフォーマンスがないとねえ。」
「だよなあ。やっぱりいくか。仙台。」
「いくったって、なにするの?」
「リサイタル一回分の売り上げをチャリティで寄付するとか。」
「なにいってんのよ。そんなこと一回でもしたら、うちの事務所なんてすぐにポシャリだよ。」
「だよね。」
「現地にいって、炊き出しや、復興の手伝いするったって、あなたが、桜沢万作だってわかってもらわなきゃ意味ないし。」
「だよなあ。名前付きの、垂れ幕や、たすきをつけたら、逆に売名行為だとたたかれるだろうし。」
「あのさあ、わかってるだろうけど。一昨年、練馬に買った練習スタジオ兼自宅のマンションだって、ローンたっぷりあるからね。」
「わかってる。わかってる。最近、新曲出してないからなあ。」
桜沢の一番新しい曲は3年前。
売上としては、1万枚も届かず大惨敗。以来、レコード会社も、桜沢のCDを出すことには慎重になっている。
「避難所回って、歌ってくるか。看板もカラオケもなしで。それくらいしか、出来ないよなあ」
「宣伝や営業になっちゃ、まずいから、そのあたりが難しいなあ。」
「そうそう、美談にならないとなあ。」
「そっと、ビデオに撮って、Youtube にでもアップしてもらおうか。ファンに頼んで。」
「なに、そのなんとかチューブって。」
「一般人の動画を、インターネットで見ようというサイトだな。」
「へえ。そんなのあるんだあ。」
「演歌歌手・桜沢万作。自費で避難所をまわって歌って、事務所からの宣伝費は被災地に寄付します。まあそんなところかな。」
「まあ、スズメの涙の宣伝販促費は、この際、義援金だなあ。」
義を見てせざるは勇無きなり。
震災から1カ月、今や日本中が、このムード一色だ。
記事を見れば、暴力団までもが、支援活動を行っている。
芸能人としては、この流れに乗り遅れては、機を見てせざるは、敏なきなり。
演歌歌手・桜沢万作の白紙に近かったスケジュール表に、安井の手で「仙台・松島支援活動」の予定が書き込まれた。
「ところで、俊ちゃん。」
「どうした?」
「お願いがあるんだけど。」
「なに?」
「俊ちゃんは、もう作詞はしないの?」
「新曲かい?」
「そうそう。もう俺くらいの歌手には、事務所もさあ、大先生の曲はまわしてくれないし。」
「で、僕というわけね。うーん、で、どんな曲。」
「タイトルだけは、考えてあるんだよね。」
「ほお。どんなの。」
「ひたちなかエレジー」
「ひたちなか?茨城の?」
「そうそう。だめかね。」
「ダメかねって。売れないだろ。そりゃ。」
「いや、売れなくてもいいんだよ。CD一枚出てれば。」
「なにそれ?」
「うちの実家があるんだよね。ひたちなか。」
「実家?」
「そう。実家。実は、浸水で今避難所暮らしなんだよ。うちの両親。」
「・・・」
「いやあ、ひたちなかの歌を、一曲でも出してれば、そっちにも大手をふるっていけるじゃないかと思ってさあ。昨日も、電話でオフクロに泣かれちゃってさ・・・」
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