1982年といいますから、僕はちょうど大学の4年。
この頃は、まだカラオケは、まだ非常にマイナーで、ちょっと気の利いたスナックぐらいでしか歌えなかったんじゃないでしょうか。
さて、この曲は、僕個人にとっては、我がオヤジのカラオケ・レパートリーの十八番としての印象が非常に強い。
巷にカラオケボックスなんかが出始めて、酒場以外でもカラオケができるようになったのは、80年代の後半からですが、まあ、わが家族は、よくカラオケはしましたね。
正月はたいてい、カラオケ大会でした。
まだ、1曲100円とか200円とかで歌ってた頃です。
オフクロが、100円玉を小箱一杯に用意してきたものです。
この頃のオヤジは、どこで仕入れてきたのか、8トラックの中古のカラオケマシンを持っておりまして、夜な夜な練習していましたね。
まあ、お世辞にも上手いとはいえないんですが、それでも、場を盛り上げるようなことは、上手にやる人でしたので、カラオケはそのツールとして、かなり早い時期から利用してましたね。
彼のモットーは、とにかく、宴会では一番最初に歌うこと。
まあ、みんながエンジンがかかりやすいように、まずは先陣を切るというのが自分の役目くら
いに思っていた節があります。
でも、場が盛り上がって、みんなが我も我もと歌い始めたら、あとは、後ろにさがって、それを楽しそうに見ているという感じ。
で、トップバッターとして、彼が歌うのが、まず5回中4回はこの歌でしたね。
申し上げたように、けして上手くはないんですが、しかし、そこは、歌い込んでいるという強さ。
下手は下手なりに、妙に味のある「涙をふいて」になっていました。
オヤジは、もう10年前に亡くなっていますが、彼の葬儀がつつがなく終わった夜、我々兄弟3人は、「よっしゃ、カラオケでも行くか」ということになって、父の遺影を連れて、カラオケボックスに直行。
さんざん歌った後の最後は、オヤジへの供養とばかりに、この曲を大合唱いたしました。
それでは、我が家にとっては大変思い出深いこの曲を、本日は長男である僕が熱唱することにいたしましょう。
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