公開初日に、映画を見たのも久しぶりです。
金曜日の夜の部。
予告編は、同じシネコンでだいぶ以前から見ていました。
さぞや、観客は多いのかと思いきや、シネコンの一番大きなスクリーンなのに、観客はガラガラ。
10人ちょっとだったかもしれません。
今日明日は、土日になりますから、もっと多いのでしょうが、ちょっと拍子抜け。
こんなもんなの?
そんな印象です。
さて、この映画は、福島第一原発の事故に、本格的に真正面から取り組んだ作品。
あの事故の時、第一原発に残って、最悪の状態を回避させた50人のことを、海外メディアがそう呼んだそうです。
原作は、当時の福島第一原発の吉田所長や、たくさんの現場関係者の取材を敢行して書き上げられたノンフィクション。
『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発』
著者は、門田隆将。
監督は、若松節朗。
「ホワイト・アウト」や「沈まぬ太陽」を撮った監督です。
前者は、猛吹雪の中、テロリストからダムを守るサスペンス。
後者は、航空会社の倫理観を問う社会派ドラマ。
今回の、「Fukushima 50」は、その両方の要素が上手に融合された作品。
ただ、まだ誰の記憶にも生々しい、福島第一原発を扱っているだけに、娯楽作品といってしまうには、ちょっと重い印象です。
僕は、もともとパニック映画は大好物です。
映画を見始めた頃は、ちょうどパニック映画の大ブームでした。
「ポセイドン・アドベンチャー」
「タワーリング・インフェルノ」
「大空港」などなど。
しかし、この映画は、往年のパニック映画の興奮を期待すると鑑賞方法を間違えるかもしれません。
エンターテイメント性は、求めない方がいいかもしれません。
あの福島原発のメルトダウン事故の時、現場ではなにが起こっていたのか。
それを、この映画は、映画的脚色を極力排除し、原作に基づいて忠実に伝えようとします。
ドラマとしてよりも、事実を伝えることの方が、本作の映画としての大切な使命。
作り手のそんな意志を感じていました。
見ているうちに思い出しました。
あの事故当時、確か朝日新聞の誤報騒動がありました。
福島第一原発の職員の多くが、吉田所長の指示を無視して、現場から逃げ出したというもの。
確認したら、この記事は、ファクトに基づいたものではないと、後に、朝日新聞の社長が謝罪会見をしています。
また、時の総理大臣・菅直人氏が東電の本店に乗り込んで、大声をあげたというニュースも記憶の片隅にありました。
「逃げ出すなんてとんでもない。そんなことをしたら、東電は一巻の終わりだ!」
映画の中でも、佐野史郎演じる総理大臣が、同じようなことを叫んでいます。
菅直人総理は、まだパニックが続く、福島第一原発にも乗り込みます。
国のトップが、危険な現場に自ら赴く。
これは、パフォーマンスか、責任感か。
このことの是非を、僕が問うつもりはありません。
ただ、映画の中では、緊急ベントをするために、危険な現場に自ら向かおうとする宿直長を、部下が制止するシーンがあります。
「あんたはここにいなければいけない人だよ。大丈夫。俺がいくから。」
この美味しいシーンをかっさらっていったのは火野正平。
なかなか、グッとくるシーンでした。
現場に残った「Fukushima 50」は、考えてみれば、すべて東電関連の職員たち。
いろいろな事情を考慮すれば、映画としては、彼らを完全にヒーローとして描くわけにもいかなかったかも知れまん。
2017年には、当時の東電経営陣に3名に対して、東京地裁は無罪判決を下しました。
政府の意向が垣間見える、かなりグレイな判決でした。
当然、地元福島の人のみならず、全国にわたって、東電はけしからんという空気も、いまでもあるでしょう。
僕も、日本政府は、あの時、東電を救済するべきではなかったと思っている一人です。
そのおかげで、あの大事故の負債は、本来負うべき銀行や東電の株主たちではなく、すべて国民につけまわされました。
あり得ない話です。
家族の待つ避難所へ戻った伊崎(佐藤浩市)が、そこにいる避難住民に向かって、深々と頭を下げるシーンがあります。
「この街を、皆さんの住めない町にしてしまいました、申し訳ありません。」
映画の中では、そんな彼に、非難の言葉をぶつける住民の姿は描かれていませんでしたが、果たして、実際は本当にそうだったのか。
僕などは、「ふざけんな」といってしまいそうなので、この場面には、少々違和感がありました。
いろいろな問題や、いまだにアンタッチャブルな事実に包まれている福島第一原発の闇。
今後の課題は、まだまだ山積みです。
映画は、復興省の協力も得て作られていますが、政府首脳たちは、苦虫をつぶしているかもしれません。
「まったく、今更こんな話を、蒸し返すな。国民は、早く忘れてくれ。
でないと、原発再稼働がすすまなくなるじゃないか。」
あの総理大臣ならいかにもいいそうです。
実は、この映画を見終わって、なにかちょっとすっきりしないものを感じていました。
それはなんだろうと、しばらく考えおりました。
でも、それはやがて判明。
簡単なことでした。
映画はタイトルロールが上がってくればそれで終わります。
でも、福島第一原発の事故は、まだまだ、この国に住む誰にとっても、終わっていないということです。
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