小学校2年生までは、大田区大森界隈に住んでいました。
駅でいえば、京浜急行の平和島。
第一京浜を渡った商店街の、入口から3件目で、本屋を営む祖母と暮らしていました。
この頃は、確か一日10円か20円のお小遣いをもらっていて、それはほとんど、その何件か先にあった「会津堂」というお菓子屋か、三原通りを渡った先にあった、鼻の横に大きなほくろのあるオバアチャンがやっていた、お好み焼き屋で使っていました。
お菓子屋で買うのは、たいてい油煎餅(今でいうところの歌舞伎煎餅)か、ビンの入れ物に入っていた薄荷飴。
確か、まんまるで、周りにザラメがコーティングされていた記憶です。
あのスースーする感じが好きでした。
さて、時は流れて、1980年代初め。
その頃には、大学生になっており、一丁前にデートなどもするようになっていました。
一生懸命アルバイトをして稼いだお金で、ガール・フレンドに、イタリアンを奮発。
しかし、無理してるのはしっかりと伝わっていたようで、レストランを出た後で、こう言われてしまいます。
「ごちそうさま。今度はあたしがご馳走してあげる。待ってて。」
そう言って、吉祥寺のサンロードの入口で立って待っていると、彼女がすぐに買ってきたのが、忘れもしないサーティワン・アイスクリームのチョコミント。
恥ずかしながら、それが人生で初めてのサーティワン体験でした。
これが、なんとも美味しかったんですね。
それまで、アイスといえば、バニラかチョコレート(もしくはストロベリー)しか食べた記憶がなかったので、あのスースーする味にビックリしたモノです。
それ以来、デートをする相手は、何人か変わりましたが、サーティワンのアイスクリームを食べるときは、今日まで一切浮気なしのチョコミント一筋。
今思えば、それは子供の頃に好きだったあの薄荷の味でした。
さて、それからまた時は流れて、6年前。
勤めていた会社が畑を所有していて、野菜を作りたければ、自由に使っていいという御触れが出たんですね。
その頃は、定年退職後は、百姓をやりたいと考えていた時期でしたので、真っ先に手を挙げさせてもらいました。
農業経験者の先輩二人に色々と教えてもらいながら始めた野菜作り。
最初は、一から十まで教わっていましたが、何せ基本が好奇心旺盛なもので、失敗覚悟で、二人が経験したことがないハーブにも挑戦。
とにかく、ホームセンターのガーテン・コーナーに行って、聞いたことのありそうなハーブの苗を片っぱしから買ってきて定植しました。
最初のトライでは、半分以上はダメにしてしまいましたが、そんな中でうまくいったハーブも何種類か。
そのうちの一つが、スペアミントでした。
梅雨が明ける頃、青々と茂った若葉の香りを嗅いでみると、どこか懐かしいいい香りです。
そう、あの薄荷の味なんですね。
カインズホームで、ハーブ用のポットを購入して、早速自宅で、人生初めてのフレッシュ・ハーブティ。
これが、またスースーして、美味しかったんですね。
カモミールや、レモンバームも、もちろん美味しかったんですが、個人的には、このスペアミントがダントツに相性がよろしい。
なんだか嬉しくなってしまって、会社の連中にも飲ませまくりましたが、基本的には女性陣のウケがよろしかったですね。
これは、たくさん栽培しておけば、この先いいこともあるかもしれないと、それ以来毎年栽培を続けている次第。
ミント系のハーブは、多年草なので、根づけば、あとは毎年春に新しい葉が伸びてきます。
コストパフォーマンスもバッチリ。
摘みたてのフレッシュ・ハーブが断然香りも芳醇ですが、摘み取ったものを部屋の中に吊り下げて乾燥させれば、そのままドライ・ハーブになってくれるので、今はほぼ年間を通して、スペアミント・ティが楽しめるようになりました。
そして、もちろん、いつでも女心を掴めるように、真空パックしたドライハーブも常備。
最近読んだ、宮沢賢治の童話「いちょうの実」にも、水筒に入れた薄荷水の描写がありましたね。
彼の父親は、地質調査に向かう息子の背嚢に、そっと薄荷糖を忍ばせておくような愛情あふれる人だったようです。
宮沢賢治ではありませんが、カキザワケンジとしては、務めていた会社には、スペアミント・ティを気に入ってくれた女性社員もまだ働いていますので、今シーズンのフレッシュ・ハーブを摘んだら、下心を込めて、届けてあげることにしましょう。
誰か文句ハッカ?
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