眠狂四郎無頼控 魔性の肌
市川雷蔵による大映作品「眠狂四郎」シリーズは、公開されたものが全12本。
このうち、我がDVDコレクションには、主に後期のものが6作品があります。
眠狂四郎は、雷蔵主演のもの以外に、過去には鶴田浩二、松方弘樹、田村正和といった美男子男優が演じていますが、やはり決定版と言ったら市川雷蔵が演じた眠狂四郎でしょう。
ウルトラマンで言えば、スペシウム光線に当たる、必殺の円月殺法や、バテレンと日本人女性の間に生を受けた混血児の美男剣士などといった映画的基礎知識は、映画オタクをやっているうちに自然に身についていますが、実は本編をきちんと鑑賞したのは、今回が初めてでした。
ストックの中から、選出したのは、シリーズ第9作目「眠狂四郎 魔性の肌」です。
とにかく根っからの美人女優マニアですので、相手役が一番自分好みの女優共演作品を選びました。
本作の相手役は鰐淵晴子。
この人はオーストリア人の母親を持つドイツ系ハーフで、バイオリニストである父親の英才教育を受け、バイオリンはプロ級の腕前という才色兼備な美人女優。
まあ、これくらい綺麗な方ですと、僕にとっては演技などもうどうでもいいという感じ。
個人的に忘れられない記憶は、彼女が25歳の時に出版されたヌード写真集。
僕は小学校の高学年くらいでしたが、その衝撃は宮沢りえの「サンタフェ」以上のものでしたね。
実家だった本屋の店頭にあった一冊は、しばらく自分の部屋のベッドの下に隠してありました。
その彼女が演じるのは、実の父親に切り殺されるという悲運の娘役。
この時の彼女は22歳で、艶っぽいお姉様女優が大挙出演する眠狂四郎シリーズの中では、珍しく純情可憐なお姫様のような役どころでした。
前述したように映画を丸ごと鑑賞したのは、今回が初めてでしたが、実は映画館では何度かお会いしています。
これは、勝新太郎の「座頭市」シリーズ同様、大映の怪獣妖怪映画を見に行った時に、その予告編を見ているんですね。
そして、このシリーズの「いいとこ」は、ほとんどエッチなシーンばかりでしたので、これは色気つき初めの小学生を痛く刺激してくれました。
とにかく、眠狂四郎シリーズの後半は、そそるタイトルばかりがズラリと並びます。
「炎情剣」「魔性剣」「多情剣」「人肌蜘蛛」「女地獄」「悪女狩」。
これは、シリーズ・スタート当初は、「殺法帖」「勝負」「円月斬り」といった、オーソドックスなタイトルで、雷蔵主演の割にはパッとしなかったものが、4作目の「女妖剣」で、エロ系タイトルに舵を切った途端に、映画がポンとヒットしたので、以降この路線で映画が作られるようになったわけです。
ちなみに、僕が育ったさいたま市の与野駅前商店街には、その昔、与野文化劇場という、子供の小遣いでも入場料がらくらく払える名物映画館があったのですが、眠狂四郎シリーズが上映されるときは、映画館のウインドウに貼られるスチール写真を、与野フードセンターに買い物を頼まれた帰りなどに、よく眺めていたものです。
本作の映画公開時の、ポスターに扇情的に書き込まれていたキャッチコピーは以下の通り。
「今宵また抱いた女体に殺気が走る。抱いて燃えず、斬って冷たし円月殺法!」
見事なものです。
この名文句に誘われて、フラフラと映画館に足を運んでしまうスケベ客は相当数いそうです。
もちろん、このキャッチコピーから、放たれる強烈なエロパワーは、小学生にも十分に有効。
こちらのエロ心を喚起させるこのセンスのDNAは、昨今のAV作品のタイトルのつけ方にも、確実に引き継がれているような気がします。
怪獣映画が上映されているときなどは、足繁く通っていた映画館でしたので、モギリのおばさんとは結構顔なじみでした。
よっぽど、エッチ系「眠狂四郎」も見にいったろうかと思った事もありましたが、そんないかがわしい映画を小学生が見にきたなんて情報は、同じ商店街つながりで親睦のある両親には、すぐにチクられてしまう恐れがありましたので、泣く泣く諦めました。
ググったら、当時の映画館の写真が一枚だけ出来ましたので、紹介しておきます。
客席の椅子のバネが飛び出していたり、見上げれば、屋根の隙間から空が見えたりする、凄まじくも懐かしい映画館でした。
本作が公開された頃の日本映画界は、テレビの台頭で、すでに斜陽産業と言われて久しく、大映と同様、東映や日活も、各社揃って「客を呼ぶ」ために、なりふり構わずエロ路線に舵を切って行った頃です。
さしもの雷蔵パワーでも、世の中のこの傾向には背を向けられなかったということかもしれません。
本作冒頭での、横たわる裸体の乳首部分を蝋燭の火で隠そうとする演出などは、AVを見慣れた今の目で見ると、逆に新鮮なほどでした。
市川雷蔵は、現役当時は、「雷さま」などと呼ばれて、一部の女性ファンには熱狂的に支持されていたようです。
韓流ドラマ「冬のソナタ」でブレイクした、ペ・ヨンジュンは、「ヨンサマ」と呼ばれて、日本のオバサマたちから熱狂的支持を得ていましたが、市川雷蔵のファンの女性には、インテリ系が多かったといいます。彼女たちは、決して熱狂することなく、静かに拍手を送り、慕い続けていたようです。
そのファン・クラブは、今も続いているといいますから、市川雷蔵の人気はいまだに根強いということでしょう。
彼は、1969年、37歳の時に、直腸癌で亡くなっています。
ですから、本作は、その最晩年に撮られた作品ということになります。まるで死化粧にも見える、雷蔵の厚いメイクアップから浮かび上がる、眠狂四郎のキャラクターには、厭世的なニヒリズム、虚無的なダンディズム、クールな残虐性が、ヒーローの枠を超えない範囲で混在されていて、この二年後に彼を襲う運命を予見するかのように、すでに、その死相が現れているようにも見えてしまいます。
本作の敵役は、怪しげな新興宗教の教祖を演じる成田三樹夫。
「仁義なき戦い」シリーズのヤクザ幹部役で有名な人ですが、この人はかなりのインテリ。
東京大学をドロップアウトして、役者の道に進んだというキャリアを持つ人です。
個人的には、松田優作主演の「探偵物語」で演じた、ズッコケ気味の悪徳刑事役が白眉。
あの「工藤ちゃーん!」は、今でも忘れない、なかなかのキラー・フレーズでした。
愛にも義理にも人情にも背を向けて生きているつもりが、いつしか事件に巻き込まれ、最終的には、弱気を助け、悪者を斬るというヒーローを演じている展開は、今見るとやや苦しいと思わざるを得ませんし、女性たちが次々と狂四郎に抱かれていくというのも、それほど説得力がないなあというのが正直な感想。
女にはつれないけれどモテるというキャラは、「カサブランカ」のハンフリー・ボガード。
近寄る女たちが皆、命の危険に晒されるということなら007のジェームズ・ボンドでしょうか。
愛情なく女を抱けるというクールさは、「ゴルゴ13」の香りもします。
面倒なことには、背を向けながら、結局最後には全て背負い込んでいるというのなら「木枯し紋次郎」ですね。
とにかくアンチヒーローと言われてもおかしくないキャラクタを、かくも高貴に、品よく、清潔感たっぷりに演じられるのは、やはり市川雷蔵という人が歌舞伎役者出身という、そのキャリアで育まれた品格によるものでしょう。
まだシリーズの一本を見ただけですが、思い出されるのは、カラー特撮時代劇として大ヒットした「仮面の忍者赤影」のテイスト。
怪しげな設定の数々は、かなり共通な点も多く、あのドラマを成人版にしたら、こんな感じになるのかなと思って見ていました。
それから、大映製作の時代劇映画としては、子供でも見られた「大魔神」シリーズや「妖怪」シリーズは全作を繰り返し見ていますので、脇役の顔ぶれが共通していて、これは楽しめました。
若かりしころの平泉征や、五味竜太郎、伊達三郎といった面々は、悪役俳優としては常連の顔ぶれ。
映画の中で、知っている顔に再会するというのは、映画マニアにとってはなかなか楽しめるところ。
本シリーズは、個人的な感想で言うと、勝新太郎の「座頭市」の魅力には、及ばない気がしますが、あの当時の映画界におけるギリギリのエロ表現は、大いに楽しめます。
ヒロインの鰐淵晴子は、それはそれは綺麗で楽しませてくれましたが、狂四郎にゾッコンの矢場の私娼に扮した久保菜穂子が個人的にはお気に入り。
狂四郎にしなだれるその艶っぽい所作は、今のAV女優には逆立ちしても出せない色気がムンムンで、老人としては、十分に目の保養になりました。
円月殺法ではありませんが、クラシックなエロティシズムに、目はクラクラ。
コメント