本格ミステリー好きとしては、設定がブッ飛びすぎていて、ちょっと辛かったですが、いまや出尽くした感のあるクローズド・サークルもので、新機軸を打ち出そうと思えば、これくらいのサプライズはやむなしかもしれません。
本作は、ゾンビ・ホラーと謎解きミステリーのハイブリッド作品です。
原作小説も売れたようですが、映像化する方としても、ホラー・ファンもミステリー・ファンも確保できる、こんな美味しい原作をよくぞ書いてくれたというところでしょうか。
原作者の今村昌弘にとっては、これがデビュー作です。
2017年に東京創元社より刊行され、第27回鮎川哲也賞、第18回本格ミステリ大賞をはじめ、国内ミステリーランキング4冠を達成した本格ミステリー小説です。
2021年8月時点でシリーズ累計発行部数は100万部を突破。
アガサ・クリスティやエラリー・クイーンで、ミステリーのリテラシーを育んできた世代としては、本作を本格ミステリーと言われると少々複雑な思いですが、若い人たちにとっては、面白ければ問題なしというところかもしれません。
主演は神木隆之介と浜辺美波。
今年のアカデミー賞で視聴覚効果賞を受賞した「ゴジラ-1.0」の主演コンビです。
この二人は、NHK連続テレビ小説でも共演しており、今や最も国民的カップルといえるかもしれません。
浜辺美波は、映画作品としては今回はじめて拝見しましたが、とても端正な顔立ちのお嬢さん。
その正統派美人が、この作品ではかなりエキセントリックな女名探偵役です。
白目になって口を開けたまま眠るなんていう美人女優にはあるまじきシーンも演じていて、見事なコメディエンヌぶりを披露してくれました。
神田龍之介君は、個人的にはリメイク版「妖怪百物語」の少年の役の印象が強烈でしたね。
その彼が、「桐島、部活やめるってよ」では、演技者として見事な成長を遂げていることを確認。
その彼の培ってきた役者スキルが、ともすればイロモノと片付けられてしまうそうな本作に、ある程度の映画としての水準をキープさせていました。
特に、シリアスとコミカルを、シームレスに演じ分ける彼の役者としてのスキルは、本作の映画的クオリティをギリギリのところで支えていたような気がします。
神紅大学ミステリ愛好会の葉村譲(神木)と会長の明智恭介は、いわくつきの映画研究会の夏合宿に参加するため、同じ大学の探偵少女、剣崎比留子と共にペンション紫湛荘を訪ねます。
合宿一日目の夜、近くで開催されていたロックフェスで、想像しえなかった事態が発生。
原作では、この事態をゾンビテロとして、ある程度の背景を説明していたようですが、映画ではその説明は一切なし。
ただ怪しげな一団が、ゾンビ血清の入った注射器を持って、フェスの群衆の中になだれこんでいくというシーンがあるのみでした。
しかし説明されなくともゾンビはゾンビ。
見る方はちゃんとわかっています。
噛まれた者は、感染してゾンビとなり、人間たちを襲います。
一同は紫湛荘への立て籠もりを余儀なくされるという展開。
緊張と混乱の一夜が明けると、部員の一人が惨殺死体となって発見されます。
しかしそれは連続殺人の幕開けに過ぎませんでした。
そしてゾンビに囲まれている山荘中では、殺人事件の謎解きミステリーが始まるというわけです。
クローズド・サークルといえば、逃げ場のない絶海の孤島や、雪に閉ざされた山荘などが定番でした。
しかし、囲まれているのが海や雪ではなく、ゾンビであってもクローズド・サークルは成立するだろうと言われてしまえば、これは素直に呑み込むしかありますまい。
老人ですのでゲームはやりませんが、若い人たちにとってみれば、まさにサバイバル系ロールプレイング・ゲームの中に放り込まれたような感覚なのでしょう。
いまや娯楽映画の王道になったゾンビ映画は、多様化しました。
ジョージ・A・ロメロの『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』では、間違いなくホラーアイコンだったゾンビですが、マイケル・ジャクソンが、彼らと一緒に踊ったあたりから雲行きが怪しくなり、だんだんと怖がる人も少なくなってきて、いまやディズニーランドの着ぐるみ化してきた感があります。
であれば、大真面目にこの設定をシリアスに描いても、観客には違和感を与えるだけだと察しているであろう監督は、本作を思い切りコメディタッチに舵を切ります。
ゾンビに囲まれた山荘で、大真面目にミステリーをやろうと思うなら、笑いながら楽しんでもらうしかなかろうというわけです。
山荘の面々はそれぞれが武器を持っているので、やりようによっては、本作を「死霊のはらわた」のようなスプラッター・ホラーにすることも可能であったかもしれませんが、演出は意識的にそれを避けていました。
神田君のキャラを活かしたコメディ・テイストで物語は進行していきますので、首がスッ飛んだり、頭がかち割られるような殺人シーンは一切なく、ゾンビたちの死に方はグロテスクにならないように上手に工夫されていました。
ホラー・ファンなら物足りないという人はいたかもしれません。
もちろん、本作では殺人事件の謎解きがクライマックスになりますが、剣崎がいみじくもこういいます。
「この状況では、謎解きをすることにどれだけの意味があるのか・・」
普通に考えれば、確かにその通りではありますが、映画はちゃんとミステリー映画に準じた謎解きを用意してくれます。
作品内にばらまかれてあった伏線を回収しながらの謎解きはちゃんと本格ミステリーとして通用するもので、ミステリー・ファンとしては十分に納得は出来ました。
しかしその一方で、犯人も自分が手を下すなんて面倒くさいことをしないで、殺したいと思っている被害者の部屋へ、そっとゾンビを案内してしまえば、それこそ完全犯罪が簡単に成立してしまうのではと思ってしまったことも事実。
まあ、野暮なことはいいますまい。
タイムリープ等を扱ったSF的特殊設定のミステリーも、近年はきちんとそのジャンルを確立しています。
本作の場合、ミステリーとしてはやや特殊過ぎる設定とも思いますが、斬新と言われれば、これ以上斬新の設定はないかもしれません。
しかし、結果それが二兎を追うもの一兎を得ず的な出来になってしまったか、それとも見事に両立させて新たなミステリージャンルになったか。
それは見る人の判断でしょう。
この後、Amazon Primeで見放題になった「ゴジラ-1.0」を拝見する予定ですが、この主演の2人はこんな映画にも出演していたんだと思い出すことは必至。
いずれにしても、今が旬の2人の俳優のコメディー演技は堪能できます。
是非お楽しみください。思うゾンビん。
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