今売れているミステリーとなると、なかなか図書館では借りられないので、文庫の電子書籍版を購入いたしました。
「変な家」は、覆面作家の雨穴によるミステリー小説で、2021年7月20日に飛鳥新社から出版されました。
この作品は、もともとウェブメディア「オモコロ」に2020年10月12日に投稿された記事が初出です。
その後、2020年10月30日にYouTubeに「【不動産ミステリー】変な家」として動画が公開され、大きな反響を呼びました。
YouTube動画は2022年11月時点で1000万回以上再生されるなど、多くの視聴者に支持されました。
この人気を受けて、雨穴は続編を書き下ろし、2021年7月に小説として出版されました。
小説版「変な家」は、2024年4月時点で150万部を突破するベストセラーとなり、2024年3月15日には映画化もされています。
このように、ウェブ記事やYouTube動画から始まり、読者や視聴者の支持を受けて書籍化され、さらには映画化までされた「変な家」は、現代のメディアミックスの成功例と言えるでしょう。
映画は未見ですが、雨穴氏の関連動画は何本か見てみました。
僕もささやかではありますが、自分のチャンネルを持って、旅行系の動画をアップしています。
再生数が伸びる動画と言うものにそれなりの興味はあります。
今回読んだ小説の導入部となる部分を、雨穴氏自身がそっくりそのまま動画にしたものもありました。
若いyoutuberを中心に、その人気にあやかって再生数を伸ばそうとするパロディ動画や感想動画も多数存在。
昨今のメディアミックス作品では、やはりYouTubeは欠かせないメディアになっているようです。
作者自身によるYouTube動画もある位ですから、このミステリーの導入部分を説明するのはネタバレにはならないでしょう。
とにかく不動産ミステリーと言うのは、ちょっと僕などには考えつく事はできない斬新なアイディアで、思わず唸ってしまいました。
「変な家」の文庫版は、2階建ての一軒家の間取り図がそのまま表紙になっています。
そしてそれは、小説の冒頭にもきちんと描かれています。
本ミステリーは全てがここから。
まずは、この家の間取りの見取り図を、しばし眺めてみました。
2Dの平面図を、頭の中で3Dの立体図に置き換えて、その中をVR端末でもつけたつもりでゆっくりと歩いてみます。
「何の変哲もない一軒家ですが、この家の間取りにはどこか違和感があるのがわかります。」
そう言われても、一向にその違和感が見つかりません。
自分には、間取りを見るセンスがないものだと諦めて、小説を読み始めます。
物語は中古の一軒家を購入しようとしている人物が、雨穴氏(わたし)に、その間取りを見せて意見を伺うところから始まります。
「わたし」は、ミステリー好きの不動産鑑定士・栗原氏に意見を求めます。
すると、栗原氏がすかさず指摘してきたのが、1階のキッチンの背後にある謎の空きスペースでした。
これは、キッチンから見れば、ふたつの壁で塞がれているので、上から俯瞰した間取り図でなければ、その存在がわからない謎の空間です。
もちろん1階にはこの空間にアクセスするドアも窓もありません。
普通に考えれば、収納スペースにする予定が、なんらかの都合でドアを作ることができなくなってしまっために出来てしまった空間。要するに設計ミスとしか説明がつかないわけです。
とにかく、この部屋の間取り図の「異常」から始まると言うのが、ミステリーとしては斬新でした。
そして、1階と2階の間取り図を重ねあわせて、この謎のスペースの位置を確認すると、あることが判明します。
それは2階の子供部屋と浴室をまたぐ位置に、このスペースがあると言う事。
つまり、この空間は、外からは見られずに、子供部屋から浴室へ移動する秘密の通路になっているのではないか指摘です。
そして間取りをよく見ると、子供部屋は2階の中央に位置していて、窓がありません。
そして浴室にも窓がない。
ムムッ。この辺で、何やらゾワゾワしてきます。
そうであれば、1階部分が四方壁で覆われたスペースであっても説明はつきます。
おそらく、子供部屋と浴室には、秘密の抜け穴があり、その下には梯子が備え付けてあって、上り下りが可能。
つまり、この1階の謎の空きスペースは、2階の子供部屋から、浴室につながる秘密の通路になっていたのではないかという推理です。
では、何のためにそんなカラクリを作る必要があったのか。
栗原氏の推理はこうです。
子供部屋には、外からは見えないように子供が隔離されていた。
その子供は殺人者でもあり、浴室で風呂に浸かっている無防備な「客人」を誰にも見られず殺ことができた。
では、その死体はどうしたのか。
その推理のもとに、1階と2階の間取り図を再び重ねてみると、階下へつながる秘密の抜け穴はもう一つ作ってあり、それは1階の駐車場の奥にある物置小屋につながっているというわけです。
この家は、浴室で殺した死体を、外からは見られることなく、1階の物置に移動し、そこから車で運べるように設計されていたということ。
つまり、この間取り図から導かれる事は、この一軒家は、初めから殺人を行うことを目的で建てられた家である可能性があると言うわけです。
外から見られないために、こんなややこしいカラクリを作るなら、家中の窓にカーテンをすれば済むことではないかとも思ってしまいますが、その回答は奮っています。
という事は反対に、すべての窓を常に開放している家で、怪しげな事は行われているがはずがないと言う心理操作になると言うわけです。
外部とは遮断されたスペースで隔離されている子供。
外部とは遮断されたスペースで行われる殺人。
そして、その推理を裏付けるように、近くの雑木林で発見された左手のない死体。
果たしてこの殺人は、この「変な家」で行われたものなのか?
YouTube動画でも確認できる本作の導入部はここまでです。
面白いミステリーの鉄則は、面白い謎の提示である。
この大原則に基づけば、本作の斬新で意表をついた「つかみ」は、実に画期的なこのアイデアにあると言っても過言ではないでしょう。
最初はどんなもんかとも思いましたが、確かに家の間取り図から始まる「不動産ミステリー」はありですね。
なるほどこういう手法のミステリーもあったかと言うのが率直な感想です。
雨穴氏は、YouTube動画ではかなりふざけたいでたちで登場し、個人的にはややイラッとしますが、この方、メディア・ミックスのミステリー・クリエイターとして、なかなかどうして只者ではありません。
後は、ここまで広げた風呂敷を、ミステリーとしてどう回収するかのみ。
これはもちろん読んでいただきたいところですが、これは意外にも、僕が若かりし頃熱中した横溝正史テイストになって展開していくところまではお伝えしておきましょう。
横溝の代表作でもある「本陣殺人事件」は、古い因習の残る岡山の山奥の旧家で起こった新婚夫婦殺人事件を金田一耕助が解決するミステリーでしたが、雪の日本家屋に仕掛けられたあの密室トリックや、ドロドロとした人間関係が、平成をジャンプして、令和の現代に甦ったと言う印象です。
昭和時代からのミステリーファンとしてはちょっと嬉しくなってしまいました。
そして、その過程で変な家の間取り図は、都合3件分登場。
次第に、こちらの間取り図リテラシーも上っているという寸法で、からくり破りを、読書とリアルタイムで楽しめるという趣向です。
YouTubeの中には、この変な家の間取り図を、3Dアニメーションで紹介するといった動画も存在しました。
おそらく、本作を読む前と読んだ後では、同じアニメーションが全く違うものに見えるのかもしれません。
本年映画化された作品が、いずれAmazon Primeなどで鑑賞できるようであれば、是非とも見てたいところです。
最後に申しておきますが、もちろんツッコミどころは多々あります。
しかし、なんといっても、このアイディアが秀逸であると言うことは間違いのないところ。
そして広げた風呂敷を、無難に回収した雨穴氏の小説家としての力量は、きちんと認めたいと思います。
ミステリーも多様性の時代です。
そして、ミステリーの素材は、まだまだ意外なところに転がっていると言う好例が本作。
こちらも頭を柔らかくして対応しないと、ついていけなくなりそうです。
この作家のブームに乗り遅れたのは、ミステリー・オタクとしては、少々ウケツでした。
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