スズキタゴサク再び。
というわけで、令和日本のミステリー界が生んだ、あのイガグリ頭のダーク・ヒーローが、前作の大ヒットを受けて帰ってきたのが本作。
あのスズキタゴサクが、またしても読者を煙に巻く入魂の続編です。
勧善懲悪を鼻で笑い、相手のモラルの鎧をはぎ落しては、あらゆる人のダークサイドへ土足で踏み込み挑発。
爆弾という凶器で東京都民を人質に取り、恐怖のどん底に陥れながら、警察を手玉にとってウヒョウヒョと高笑い。
前作では、多くの警察関係者が、タゴサクの老獪な話術に操られ、命をすり減らす思いをさせられています。
あいかわらず、神経を逆なでするスズキタゴサクの強烈な不快感は本作でも健在。
しかしこれが立派なエンターテイメントになってしまうのですから、やはりこれは作者の筆力の賜物でしょう。
前作があれだけ評判になったわけですから、その続編を書くにあたっては、作者の気合も相当なものだったはず。
前作よりスリリングに、よりスケールアップしたミステリーにブラッシュアップされておりました。
この物語は、前作『爆弾』の顛末を前提にストーリーが展開されていきます。
あの未曽有の爆弾事件から一年後、物語は東京地方裁判所104号法廷で開かれているスズキタゴサクの裁判を舞台から幕が切って落とされます。
裁判が進行する中、突如として銃を持ったテロリストが「異議あり」と立ち上るところから開演のベルが鳴ります。
物語はここからノンストップで怒涛の展開。テロリストは瞬く間に104号法廷を占拠してしまいます。
犯人は、裁判官や傍聴人など約100名を、そのまま人質に。
そして、その法廷内の緊迫した様子を、なんとネットにライブ中継し始めます。
警視庁と目の鼻の先の東京地方検察所で突如始まった籠城事件。
犯人の目的は何か。
そして犯人が突きつけてきた要求に、警察関係者は愕然とします。
「死刑が確定しているのに実行されていない死刑囚の執行をただちに執行せよ。ひとり処刑するごとに、ひとりの人質を解放します」
は? どういうこと? なんのために?
テロリストは人質たちに向かってはこうアピールします。
「みなさんには、これからしばらくぼくのゲームに付き合ってもらいます。おかしな真似をしなければこちらもルールは守ります。」
その犯人の前には、水筒型の爆弾が二機。
前作では、どこに仕掛けられたかわからない爆弾がおもいきりサスペンスを煽っていましたが、今回は爆弾の前にいる100人の人質の命が交渉の天秤に乗せられます。
交渉に当たるのは警視庁の高東柊作。
その補佐に当たるのは、前作でスズキタゴサクに翻弄されまくった刑事・類家。
リベンジの意志は明確で、その迫力はたびたび高東を圧倒します。
そして、前作に引き続き登場するのは、スズキタゴサクを逮捕した野方署の刑事二人。
一人は、幸田沙良。
彼女は、同僚を目の前でスズキの爆弾で殺され、その私憤に駆られ、警察官でありながら、拘束中のタゴサクを殺そうとしてしまいます。
伊勢勇気は、幸田の先輩刑事。
二人は、弁護側の証人という微妙な立場で証言することになっているため、この日の104号法廷の傍聴席に座っていました。
そして、ここから始まる犯人と高東の息詰まる交渉バトル。
青天の霹靂を目の前にして、スズキは事の成り行きを見守っています。
しかし、こういう場で黙ってはいられないのがこの男。
スズキは、このテロリストに余計な茶々を入れて、警棒でさんざん叩かれた挙句に、なんと銃で撃たれてしまいます。
人質たちの見守る前で、床に倒れて動かなくなったスズキ。
果たして、スズキはテロリストに殺されたのか。スズキとテロリストとの関係は?
そして、テロリストの目的は?
そして物語はここから二転三転。
この続編は、前作のような警察とスズキというわかりやすい対立では収まらず、様々な思惑の登場人物たちが、三重四重になって、物語に絡んでくる目まぐるしい展開になります。
本作においては、前作同様、登場人物たちが極限状況で自らの「内面の闇」や「本性」と向き合う場面が多く描かれています。スズキタゴサクの存在によって、他人の心の奥底にある醜さや矛盾を暴き出し、法廷という密室で人間の本質があぶり出されていきます。
本作においては「正義とは何か」「悪とは何か」という問いが、前作から引き続く重いテーマになっています。
正義と悪は、実は物事の裏表。その境界線は極めて曖昧。
爆弾事件の被害者遺族による復讐、警察の行動、スズキタゴサクの悪魔的な弁舌。
それぞれが善悪の境界線を揺るがせ、読者に揺さぶりをかけてきます。
本作においては、爆弾事件や法廷占拠事件は、単なる犯罪としてではなく、現代社会の矛盾や司法制度への批判、メディアのあり方などを浮き彫りにする装置として機能しています。
生配信で全国民が事件を見守るという設定も、現代社会の「可視化された暴力」や「集団心理」への批評性を帯びています。
本作においては、スズキタゴサクの裁判そのものや、登場人物たちの過去の行動・発言が、法廷占拠事件の展開や結末が、物語に巧妙に結びつくように設計されています。
そして、物語のラストには、さらに続編を予感させる“布石”も残されており、シリーズ全体を貫く作者の壮大な構想が垣間見れます。
これらの要素が複雑に絡み合い、過去の事件が現在の事件へと連鎖し、登場人物たちの「過去」と「現在」が交錯することで、物語に深みと緊張感を与えているわけです。
作者は、事件や極限状況を通して「人間の本質」「過去の痛みと向き合うこと」「善悪や正義の複雑さ」を描き、読者自身にも「自分ならどうするか」「何を選ぶか」と考えさせる物語体験を意図しています。
世の中の不条理、差別、不平等といったルサンチマンをすべて背負いこんだスズキタゴサク。地位も名誉も家族も友人も持たないこの男は、ある意味では無敵の人物です。
この最強のアンチヒーローが、自分の命を差し出してまでも関心を寄せるのは、自分を見下してきた人間たちを、ダークサイドに引きずり込むことだけ。
そして、その姿を見下すことが、彼の唯一の生きる目的です。
この危険極まりない爆弾を爆発させてしまうと、被害は甚大。
うかうかしていると自分の頼りない正義感などは、あっという間に占拠されてしまうかも。
スズキタゴサクは、まだどこかに潜伏しています。
くれぐれもご注意を。
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