プロフェッショナルたちの脳活用法
NHKの受信料は、ちゃんと払っております。
ですから、元を取るべく、NHK『プロフェッショナル仕事の流儀』は、毎回チェック。
この3月に、100回記念スペシャル番組として、「プロフェッショナルたちの脳活用法 」がオンエア。
そして、僕としては、ひさしぶりのブックレビューになるこの本は、その番組をそのまま出版化したもの。
著者は、番組のキャスターでもある、脳科学者・茂木健一郎。
彼が、これまで番組でインタビューした100人に及ぶ「プロフェッショナル」たちの仕事への取り組み方や日常の過ごし方を、最新の脳科学を下敷きに検証。
誰にでも、わかりやすいスキルに置き換えて、そのエッセンスを伝えようという内容になっております。
まずは、スシ職人・小野二郎氏の言葉からはじめましょう。
「人より不器用だから、人よりも よく考えて、それが却って良い結果に繋がった。」
「自分に合う仕事なんてない。要するに、自分が仕事に合わせないとダメ。
でも、一所懸命やれば、誰だって一人前になれる。そして、いずれそれが天職になる。」
我が社の新人諸氏に、よく聞いてほしいなあ、これ。
さて、本書には、茂木氏の著書ということもあって、脳科学の最前線で使用される専門用語が、あちらこちらに出てきます。
通常、学者様たちの使う「専門用語」は、僕などには、まるでとんちんかんで、あまりピンとこないことが多いのですが、こと「脳」に関しては案外そうでもない。
だって、そりゃそうです。
「脳」でしたら、僕にでも、出来が悪いながら、なんだかんだと50年近くも付き合ってきたという実績はあります。
ですから、難しい専門用語を駆使しての説明でも、「ああ、こういうことか。あるある」などと、自分の「脳」の使用履歴にリンクさせて、理解できるということが、いくつかはありました。
というわけで、ここは、そんなインテリきどりオヤジの見栄を満たすべく、本書で使用されていた、最新脳科学の用語をキーワードに、本書を振り返って見たいと思います。
〇セレンティビティ
直訳して出てきた日本語は「掘り出し上手」。
要するに、偶然や幸運を呼び込む能力ですね。
一流のプロたちがいう「幸運」や「偶然」は、神様がアトランダムに放り投げたものに、たまたま当たったという類のものではないということ。
きちんと、彼らがそれを「受ける」準備をしていたからこそ、つかめたものだということですね。
わかります。
あの「ポストイット」も、「カッターナイフ」も、「電子レンジ」も、みんなそう。
普段から、自分たちの商品のいろいろな使い道について、あれこれと想いをめぐらせていたという下地があったればこそ、たまたま起きた偶然の失敗を、あの大発明にリンクさせることができたということ。
偶然を必然にする力。それがセレンティビティですね。
〇クロスオーバー
異種合同ミックスとでもいいましょうか。要するに、煮詰まったら、まったくちがう分野からヒントを探すのも手だよということ。
そこから、全くおもいもかけない、意外な展開で、求めるものにリンクすることがあるというわけです。
要するに、混ぜ合わせることによって、脳の中に「化学変化」を起こしてみるのも、上手な脳活用法ということですね。
〇ジェネラル・ムーブメント
これ、なにかというと、生まれたばかりの赤ちゃんが、ひたすら手足をバタバタさせる、アレのことです。
あの行為は、やみくもに動いていて、意味なんてないように思えますが、あの行為が実は、けっこう大切だということなんですね。
「ジェネラル・ムーブメント」は、いってみれば、じたばた行動。
あの行為自体は、確かに、じたばたなんですが、そのじたばた行動で、新生児はみんな、自分の「可動範囲」というものを、学習しているというわけです。
「じたばた」というと、なにやら、「苦し紛れ」みたいなマイナスのイメージになりがちですが、いいかたを変えるとこれは、「試しにやってみる」ということ。
人がプレッシャーに負けているという状態は、よく「頭がまっしろ」といいます。
たいていは、こういうとき、人は固まったまま、なにもできなくなってしまいます。
さあ、こういうときにこそ、ジェネラル・ムーブメント。
要するに、フリーズしていないで、とにかくジタバタしてみろということ。
困難に遭遇して、どうしていいかわからないという状態は、つまり自分の「ノウハウが役に立たない」という状況なわけです。
そうなったらしょうがない。
自分のやり方になんか固執しないで、赤ちゃんのようにじたばたするしかしない。
そうすれば、案外そこから、新しいノウハウがみえてくるかもしれないということです。
〇オーバーロード
「オーバーロード」というのは、「過負荷」。
人間が、成長していく過程では、「ほどよくオーバーロード気味」の目標設定をして、それをクリアしていくことが有効的だという話ですね。
人間というのは、何かをやろうというときに、放っておくと、目標設定を自分の能力の8割ぐらいにして、「楽しよう」というモードでになってしまいがちです。
ところが、そうやって、8割くらいのところの目標をクリアして、お茶を濁していると、気がつけば、自分の能力も、いつのまにか、8割に縮んでしまっているというんですね。
ならば、目標をぐっと高くしたらどうなのか。
これは、反対の意味でダメ。あまり高い目標設定をすると、能力がパンクしてしまって、元も子もない。
一番いいのは、「ほどよく高め」の設定です。
これをクリアすることで、得られるのが、「成功」の喜び。
つまり、これを積み重ねていくことで、人間は、効率よく自分のスキルアップをしていくことできるというわけです。
〇エンボディメント
エンボディメントというのは「身体性効果」。
脳の基本というのは、外界からの刺激に対して、身体に指令を出すこと。
たとえば、脳は「楽しいこと」にはリラックスして笑いなさいという運動を、顔の筋肉に指示するわけです。
そして、その表情を作ることで、快感ホルモンを出すという仕組みですね。
ならば、その逆もまた真なり。
たとえば、到底楽しくはないという状況のときでも、「つくり笑い」を自分からすれば、脳がこれを錯覚してしまうということです。
すると、脳は「楽しい環境」を感じた時と同じように快感ホルモンを出し、リラックス状態をセルフコントロ-ルするという方法が成立するというわけです。
これが、エンボディメント(身体性)効果。
人間誰しも、どうしようもできないという状況に陥ると、「こりゃもう笑うしかない」なんてことになりますが、実はあれはあれで、脳科学的に言えば、的を得た対処法だというわけです。
〇 ミラーニューロン
これは、最近発見された脳の細胞の一部。
霊長類には、自ら行動する時と、その行動と同じ行動を観察している時の両方で、活動電位を発生させる神経細胞があるということなんですね。
当然これは、無意識のレベル。
よく、物事の習得は、模倣からといいますが、これを意識的にやっていると、脳の中では、このミラーニューロンが活発に動き出すんですね。
そして、無意識下でも、その「仕草」や「微妙なニュアンス」といった、取り込み作業を、人間の脳は、自動的に行いますよということです。
つまり、「あこがれの人」「尊敬できる人物」など、自分の理想の「模倣対象」を持ちさえすれば、後は、その人の一挙手一投足を、自分の中にも取り入れようというミラーニューロンが活発に働いてくれますよというわけです。
〇 セキュアベース
セキュアベースは、脳科学においては「安全基地」といわれる概念です。
人が、困難にぶつかった時に、「前向き」になれるか「後ろ向き」になってしまうかは、この「セキュアベース」の存在が大きいという話です。
まず、困難に立ち向かっていける人の脳の回路は下記のとおり。
「チャレンジする・挫折する・再チャレンジする・少しできる・認めてもらえる・快感になる」
反対に、困難に立ち向かえない人の回路はこんな感じ。
「ストレスを感じる・逃げる・落ち込む・すねる・恨む」
さて、この二つの回路は、どこが違うのか。
見れば一目瞭然ですが、この回路の決定的な差は、「認めてもらえる」が、あるかないかです。
つまり、セキュアベースにあたる部分がここです。
簡単に言ってしまえば、「心の拠り所」ですね。
ミラーニューロンでは、「よきお手本」が大事だということでしたが、ここでいう「心の拠り所」は、それではありません。
「なにか教えてくれる」という人ではなく、とにかく、自分を「全肯定」して、暖かく見守ってくれる人の存在です。
これは、普通に考えれば、親でしょうか。
家族ということもありますし、人によっては、恋人という場合もあるでしょう。
とにかく、大事なことは、「揺らぐことのない拠り所」があるということ。
その意味では、これは人だけと限ったわけではありません。
「主義」「哲学」「信条」といった価値観もまた、十分にセキュアベースに成り得るということです。
つまり、セキュアベースは、実体のあるものである必要はないということ。
「心の中」に、しまったものでも、立派に「拠り所」として、機能しますよというわけです。
僕は、世の中にあまたある宗教は、難しい教義などまるでわかりませんが、みんなこのセキュアベースという概念で括ってしまってもいいんじゃないかと思いますね。
〇 ネオフィリア
これは、簡単に言えば「新しいものを好む性質」ということ。
大人の脳というのは、残ながら成熟すればするほど、それまでにいろいろと経験して、学習したことを、肯定したくなってしまうんですね。
そして、ここに「自己防衛本能」などもかぶさってきて、「新しいもの」に対して、二の足を踏むようになってしまいます。
これが、「脳の活性化」という観点から見ると、あまりよろしくない。
失われてくるのは、「好奇心」や「童心」。
大人になると、こういうものを持っているのは、「大人気ない」ということになってきます。
これは、特に「創作」を仕事にしている人には大事なことですが、「面白いもの」「楽しいもの」「ワクワクするもの」を作ろうという人は、意識して、「自分の中の大人を捨てる」といいようです。
「いくつになっても子供」という大人は、問題がありましょうが、「いくつになつても、子供の部分を持っている」という大人は、たいてい魅力的ですね。
〇 メタ認知
メタ認知というのは、鏡に映った自分の姿を、自分だと認識できる脳のメカニズムです。
要するに、自分の外部にいるもう一人の自分をイメージできる能力。
一流のプロたちは、たいてい、そのもう一人の自分に、自分の本来のキャラとは、かなり誤差のあるキャラを設定して認識している人が多いんですね。
「なにかあると、突然、自分の中の冷静なもう一人の自分が、現れて、ああだこうだいってくる」
よく、こんな「物言い」を聞くことがありますが、メタ認知というのがまさにこれ。
つまり、人はこの「メタ認知」によって、「実際の自分の姿」を、「本来あるべき自分の姿」に、軌道修正しているというわけです。
そして、「メタ認知」のもうひとつの効用は、「自分を客観的」に観察することによって、人の心も理解できるようになるということ。
まあ、人間誰しも、自分の目線でしか、ものが見えなくなってくるとロクなことがない。
そんなときは、ちょっと俯瞰で、自分を見つめて見るとよいでしょうということです。
なにやら、一冊の本を読んだだけで、いっぱしの脳科学者になってしまったような「物言い」になってしまいましたが、ご勘弁を。