さて、「老人メイク」をキーワードに、ちょいと記憶をたどってみましょう。
「ゴッドファザー」のマーロン・ブランドに、負けず劣らずの「老人」に化けた男優がいました。
1970年製作の「小さな巨人」。男優の名は、ダスティン・ホフマン。
彼は、当時32歳。その彼が、演じたのは、なんと121歳の老人。
アメリカ先住民に育てられた孤児が、チョットしたきっかけから白人の社会と先住民の社会を何度も行ったり来たりする運命になるというトンデモ話が、121歳になった主人公の回想という形で語られるメッセージ性の強いアーサー・ペン監督の力作です。
この映画で、特殊メイクを担当したのは、この世界のパイオニアである巨匠ディック・スミス。
彼は、実はこの映画の後で、その技術を認められ、「ゴッドファーザー(1972)」に、抜擢されます。
マーロン・ブランドとダスティン・ホフマンを、見事に「老け」させたのは、実は同じ人物でした。
ディック・スミスは、この2本で、老化メイクのエキスパートという評価を受け、以後もこの分野で大活躍。
「エクソシスト」で、メリン神父の老人メイクを担当したのも彼でした。ついでにいえば、あの首が360度まわるというおなじみのシーンも彼の手によるもの。
彼は、この分野の人には珍しく、自らの技術を惜しげも無く公開してきました。
これは、多くの優秀な特殊メイク・アーティストに影響を与えます。
彼は、脚本や絵コンテ等から彼のメイクが撮影される角度や時間等を割り出して、そのシーンに最適な技術を導入するという方法論を、かたくなに守ってきました。
つまり、観客に特殊メイクと解ってしまったら、それで、そのメイクは失敗であるというのが、生涯彼のポリシーだったとのこと。
モンスターを造形する特殊メイクであれば、多少は、「目立つ」ことも必要でしょうが、老人メイクということであれば、特殊メイクは、それ自体が主張してはいけないということでしょうか。
彼は、80年代になってからも、この「ポリシー」を貫き、「アマデウス」などの作品で、大御所として気を吐いていますね。
つまり、老人ではない俳優が老人を演じて、なんの違和感もないようなメイク。
これは、簡単なようで、意外に難しい技術かもしれません。
例えば、50年代の映画、ジョージ・スティーブンスの「ジャイアンツ」。
主演のエリザベス・テイラーも、映画の最後では、白髪交じりのかなりの老け役を演じましたが、やはりその老けメイクは、「美人女優」の体裁をギリギリ守るという線を越えないもの。
老けメイクとしては、かなり違和感がありました。
見ているほうとしては、そんな中途半端な「老けメイク」を見せられてしまうと、そこにハッキリと「映画のウソ」と、俳優のエゴが見えてしまって、一気に興ざめになるものです。
ハリウッドに限らず、それは、日本の美人女優たちにもいえますね。
「女の一生」ものは、大女優へのステップとして、そこそこ名のある女優なら、みんな一度はやってみたくなるジャンルなのでしょうが、どの女優様もみんな「美人」であることにこだわらないほどの「老け役」は、やりたがらりません。
そんな中でも、邦画の中で、あえて、その例外をいうなら、僕の記憶では2本。
昭和35年の木下恵介作品「笛吹川」での高峰秀子。
高峰は、この映画で、18歳から85歳までの役を演じましたが、老婆役のメイクでは、粘性のプラスチック材を顔に厚く塗り、竹べらで皺を彫られるというメイク。
天下の美人女優が、ここまでやれば、これは天晴れです。
天晴れといえば、もう一本この映画。
1952年「西鶴一代女」で、夜鷹にまで身を落とした老婆役で、鬼気迫る演技を見せた田中絹代。
彼女の「老けメイク」自体は、技術的な面で言えば特記するほどの内容ではなかったかもしれませんが、これは、老醜をさらすことをいとわなかった、「大女優」の、渾身の演技がすばらしかった。
彼女は、後に「『サンダカン八番娼館 望郷』で、実年齢相当の老婆を演じましたが、彼女くらいの映画女優になると、ことさら「美人」である(あった)ことに、固執などしないということでしょう。
男優の方でいえば、当時35才の「三船敏郎」が、メイクにより、みごとに70過ぎの老人を演じきった「生きものの記録」。メイク担当は、山田順次郎。
さすがは、こだわりの黒澤明。三船の老人ぶりは、ほぼ完璧でした。
さて、老けメイクのネタを展開していて、ふと思ったことがあります。
通常、映画やドラマは、短期間に、長い時間軸を、無理矢理押し込んで、撮影をします。
ですから、主人公の一生を表現しようとするなら、主役の面影がある「子役」を使ったり、上手な「老け」のメイクアップを駆使しなければならない。
そこには、どうしても、映画の「ウソ」が露見してしまいます。
それが露見しない、映画の作り方はひとつ。
つまり、70年の人生を描くのに、70年の製作年数を、きっちりかける映画。
つまり、老け役もその逆もない。
主人公も、他のキャストも、常にその役を実年数で演じる映画。
CGも特殊メイクも、一切そんなズルを使わなくてもいい映画。
できれば、そんな映画を一度見てみたいものです。
コメント