松岡克由という方のお話をひとつ。
さて、この人いったい誰でしょう。
実はこの方の特別番組をBSで見たんですね。
この方、東京都出身の落語家です。
ごく短期間でしたが、国会議員と総理府の政務次官も務めたことがあるという経歴の
持ち主。
1936年生まれの今年73歳。16歳で人間国宝「柳家小さん」に弟子入り。
その抜群の記憶力と話力で26歳で真打ちに昇進。
若くして四天王と呼ばれ、後に政界にも進出。
その歯に衣を着せぬ言動ゆえ、批判されることも多いのですが、古典落語を心から愛
し、これを自らの解釈で破壊しては再構築。
とにかく、常に進化を求める姿勢は見事で、これはどの分野においても一流の証で
す。
そしてこの方、たくさんのお弟子さんたちを抱える身になっても、この「芸」を、後
世に残したいという使命感で、今なお高座に立っている方です。
その方の名は、五代目立川談志。
実は、我が家に一枚の写真が残っています。
本屋のオヤジだった、我が父が、どこかのパーティで、立川談志師匠と、大口を開け
て笑いながら歓談している写真。
たったそれだけの写真ですが、それが我が家のアルバムに貼ってあったというだけ
で、僕はこの天才落語家に妙な親近感をもっておりました。
しかしながら、僕の中にある彼のイメージは、あの日曜夕方の風物詩ともなった、落
語系テレビ番組「笑点」の初代司会者としての彼。
あの「エラ」そうなキャラが、後の司会者たちよりも、妙にハマっていた印象があり
ます。
そうそう、この番組では、我等がヒーロー、科学特捜隊のアラシ隊員こと、毒蝮三太
夫が、座布団運びをやっていましたね。
それから、 ニッポン放送にて、月の家圓鏡(現・8代目橘家圓蔵)と、木魚を叩き
ながら、ハジケまくったラジオ番組「談志・円鏡歌謡合戦」のパーソナリティとして
の彼。
そうなんです。こう考えますと、実は彼の本職といいますか天職である「落語家」と
しての立川談志の「芸」は、あまり見ていた記憶がないということに気がつきました。
さあ、そこでこの正月特別番組です。
「立川談志きょうはまるごと3時間」
3時間の長丁場で、彼の話芸の原点ともいえる古典落語を、何本かノーカットで見せて
くれました。
これは、けっこう新鮮でしたね。
そして、納得です。
やっぱり、なんだかんだといってもこの方は天才です。
どのネタも、古典落語を現代的価値観・感性で表現しなおそうというアグレッシブな
野心に満ち満ちています。
自ら立ち上げた落語立川流の「家元」は、老いて尚前向きでしたね。
まずは、「やかん」
物知りの隠居と、この隠居に一泡吹かせてやろうという八五郎との愉快な問答で聞かせる一
本。
定番の「下げ」を決めた後で、「どうもこれじゃ。つまんないからちょっとやり直そ
う」なんて、自分流の「下げ」に即興でアレンジしなおしてしまうあたりは、立川談
志の面目躍如。
それから「芝浜」
落語というよりは、 夫婦の人情噺として知られるているネタ。
噺のヤマが大晦日であることから、この時期には、演じられることが多い一本。
3代目桂三木助のオハコで、彼の活躍中は他の噺家は遠慮したほどでしたが、談志師匠も、この演目を十八番にしていました。彼の、「夫婦もの」も、なかなかの味わい。
そして、弟子の立川志の輔が絶賛するところの「粗忽長屋」。
あの黒澤明監督が、映画「どん底」の撮影前に、出演者一同に、江戸時代の長屋の雰囲気を肌で感じてもらおうと、あの昭和の大名人・5代目古今亭 志ん生をわざわざ撮影現場に呼んで一席聞かせたという、定番の古典落語ですね。
ご存知、「行き倒れ」から繰り広げられるあわてものの八っつぁんと、熊さんの珍妙なやりとりが抱腹絶倒のネタ。
まあしかし、このネタも、立川談志の手にかかると、自由自在にイメチェンですね。
立川談志の解釈によれば、この落語の登場人物は、主観性が余りに強すぎた為、自分自身が死亡しているかどうかも、正しく判断できなかったとして、彼はこのネタに、「主観長屋」などというタイトルをつけて、オリジナルアレンジ。
特に「下げ」いたるまでの、テンポはさすがの圧巻。
そして、クライマックスは、大ネタ「居残り佐平次」
立川談志は、この演目を、観客のいないNHKのスタジオで、文字通りの「独演」収録。
「居残り佐平次」は、品川の郭で金も持たずに、仲間と遊興三昧したあげく、開き直って「居残り」を決め込むというバイタリティあふれる男の物語。
そうそう、あの川島雄三監督の傑作「幕末太陽伝」で、フランキー境が、嬉々として演じていたあのキャラクターですね。
この主人公を、はたして今年73歳の立川談志がいかに演じるか。
見て感じたことがひとつ。
なにやら、彼は、この年齢になって、今までにも増して、ますます怖いものがなくなっているんじゃないかという気がしてしまいましたね。
タブーのしきたりも、そんなもの俺には関係ないぞと。
俺は、そんなもの関係なく、勝手にやらせてもらうから、そっちはそっちで好きに楽しんでくれよと。
まあ、老境にはいったこの名人は、本能のおもむくままに、この魅力的なキャラクターを演じて番組は終了。
まあ、落語は、市井に暮らす人たちの飾り気のない日常や、本当なら笑えないかもしれないスッタモンダを、承知の上で、笑い飛ばしてしまおうというエンターテイメント。
落語の中の八つぁん、熊さんたちとて、実際は「おかしい」だけではない、もっと、清濁おりまぜた人間臭いキャラなんだとおもいますね。
立川談志はこういいます。
「落語とは、人の業の肯定である」
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