「うわあ、まさか。」
「マジかよ。」
「ああ、やっぱりこうなるか。」
2018年7月3日。
ワールドカップロシア大会決勝トーナメント1回戦。
ロストフアリーナ。日本Xベルギー戦。
2対2の同点で迎えた後半アディッショナル・タイムのラスト14秒。
あの戦慄のベルギーの逆転ゴールの瞬間です。
悲鳴がため息になりましたね。
この「ロストフの14秒」は、去年のスポーツシーンの中で、僕にとっては、もっとも忘れがたい一瞬となりました。
世界中の誰もが、ベルギーの勝利を確信していたこの試合。
一次リーグ最後のポーランド戦で、決勝トーナメント進出のための時間稼ぎ戦術で、非難を浴びていた日本チームは、その汚名を晴らすかのように、後半早々の原口と乾のゴールでまさかの2点先制。
世界中のサッカーファンを驚かせました。
しかし結果論から言ってしまうと、この2点先制はちょっと早すぎた。
つまり、日本チームの誰もが、この展開を予想していなかったということ。
日本チームはここで明らかに、戸惑ってしまいます。
2点リードを守り抜く戦術で行くか。
それとも、あくまでも3点目を取りに行く攻めの姿勢で行くか。
このあたりの指示を、明確にしてやれなかったと、のちのインタビューで西野監督も言っていました。
そして、その戸惑いの中で起こった小さなミス。
それは、キャプテンの長谷部が蹴ったボールが、香川にダイレクトで当たり、相手ボールになってしまったという通常はありえないミス。
あの状況の中で、長谷部選手に気の緩みがあったとは思いませんが、それでもそのプレーは、余裕から生まれた明らかな無意識の油断。
これが何人かの選手にいやな予感を持たせ、最後には、あのラスト14秒のプレイの複線になります。
2点先制した直後は、明らかに試合の流れは、日本チーム。
3点目をとれるチャンスも確実に存在しました。
しかし、次のゴールを決めたのは、絶体絶命のベルギーチーム。
あの些細な日本のミスの直後のこと。
ゴール脇からヤン・フェルトンゲンの放ったループ気味のヘディングが、不幸にも、川島の頭上を越えてそのままゴール。
これでベルギーチームは、完全に息を吹き返します。
まだ、一点リードがあるにもかかわらず、日本チームの誰もが感じた恐怖感。
その恐怖は、5分後に現実のものとなりました。
フェライニの同点ゴールです。
一度は、負けも覚悟をしたベルギーチームに「勝てる」という自信が蘇ってきていました。
そして、迎えた後半90分終了後のアディッショナルタイム。
そこで日本はフリーキックという願ってもいないチャンスを迎えました。
キッカーは、途中交代で入っていた本田圭佑。
しかし、渾身の無回転シュートは、名手クルトワの手に弾かれコーナーキック。
そして、ここからのラストプレイで、痛恨の逆転劇が生まれます。
この場面で日本の選択は二つ。
ひとつは、ゴール前の昌子か吉田にヘディングで合わせるパスを送って決勝点を狙う。
そしてもうひとつは、パスを回して時間稼ぎをして、延長戦につなげる。
しかし、延長戦に入れば、地力で勝るベルギーチームには勝てないと判断した本田は、時間内に決着をつけることを選択します。
もちろんポーランド戦のような「時間稼ぎのプレイはもうしない。」という彼らの思いもあったでしょう。
本田は、一次リーグのコロンビア戦でも、コーナーキックを直接ゴールに決める決勝弾を放っていたので、日本チームの誰もがその再現のイメージを共有していたはずです。
しかしゴール前に上がった本田のコーナーキックは、199㎝の長身ゴールキーパー・クルトワがキャッチ。
この時、クルトワがボールをキャッチするよりもわずかに早く、ベルギーのMFデブルイネが、自陣に背を向け、日本ゴールに向かってダッシュしていました。
日本チームは、この切り替えの早さに、リアクションが、1秒にも満たないほんのワンテンポ遅れました。
しかし、このワンテンポが結局命取りになります。
クルトワは、走り出していたデブルイネの前にボールをパス。
ここから、ワールドカップ史上に残るベルギーチームの電撃のカウンターがスタート。
デブルイネは、スリータッチのドリブルで、一気に日本陣内へ。
この大きな間隔のドリブルを見て、ディフェンダーの山口蛍は、ボールを奪いにいく選択をします。
しかし、百戦錬磨のデブルイネは、これを待ち構えていました。
スリータッチ目の直後、デブルイネは、タッチの間隔を早めてドリブルを一気に超減速。
そして、タイミングをずらされた山口の右側のスペースに走り込んでいたムニエにボールをパス。
ここで、ルカクをマークをしていた長友は、ルカクを棄て、ムニエとゴールキーパーを結ぶ、この場面で最も怖いラインを消しにいきます。
これで、横パスしか出せなくなったムニエ。
日本チームも必死でゴール前に戻ります。
ムニエの出した横パスは、ゴール前に走り込んでいたルカクへ。
長友に変わってルカクに追いついていたのがキャプテン長谷部。
そして、ギリギリのタイミングで、ルカクのシュートコースは塞ぎます
しかし、エースストライカーのルカクは、この場面で、待っていたかのように、まさかのスルー。
自分よりも確実なシュートが打てると判断したシャドリに、シュートチャンスを譲ります。
ルカクは、のちのNHKの番組のインタビューで、「ボールが来たら、スルーすることは決めていた。後ろから来たシャドリが見えていたからね。」と言っていました。
自分に最大級のマークがつくことはわかっていたルカクは、最初からこの場面は、チームプレイに徹するということを決めていたというわけです。
そして、ほぼフリー状態でボールを受け取ったシャドリが劇的な決勝ゴール。
結局、最終的には、ルカクのこの判断が、ベルギーの奇跡的な逆転を決めたと言っても過言ではないでしょう。
勢いに乗ったベルギーは、この後のベスト8で、優勝候補のブラジルも撃破します。
長友が、のちのインタビューに答えてこういっていました。
「ピンチの後にチャンスありと言いますけど、この試合で思い知らされたのは、チャンスの後には、必ずピンチあるということ。」
かつて、日本サッカーの歴史の中には、忘れてならない「ドーハの悲劇」という事件がありました。
でもあれは、よくよく考えれば悲劇でもなんでもなかった。
残酷なようですが、あれは単なる日本チームの油断でした。
この「ロストフの14秒」も、心を鬼にして言えば、結果的に最終局面で、勝利への執念でベルギーが、日本に優っていたということでしょう。
ですから、このシーンを、ゆめゆめ「ロストフの悲劇」などとは謳わないでほしいところ。
先日のNHKの特番では、あの時、ロストフのピッチに立っていた日本選手の誰もが、口を揃えてこういっていました。
「できれば、あのシーンは見たくない。」
日本チームは、この敗戦から多くのことを学んだはず。
何が起こるかわからないワールドカップで、どんな展開になっても、揺れない強いメンタルを持つこと。
その敗戦を教訓にして、次回のW杯では、是非とも決勝トーナメント一回戦の壁を突き破ってベスト8、ベスト4へと駒を進めてほしいところです。
次回のワールドカップ開催地は、あのドーハのあるカタールです。
参考 NHKスペシャル「ロストフの14秒 日本vs.ベルギー 知られざる物語」
コメント